第一節 2

文字数 1,868文字

 二人の間に短い沈黙が落ちる。やがてホセが苦々しげに口を開いた。
「腹立たしいほど姑息な手だな。お前が報せてくれなかったら手遅れになってたかもしれん。ともかくソムフェールのどの分派が仕掛けてきてるのかを突き止めないと」
「内通者を見つけ出して、そこから探った方が早い。協力してくれ、ホセ」
「お前、俺と二人だけでやるつもりか」
 ホセが呆れたようにウィルフレドに目を遣った。話に熱中し、飲むのを忘れて温くなり始めたエールを口に運ぶ。ウィルフレドもつられて思い出したようにエールを呷り、口を開いた。
「俺が戻ったことをトリスタンに知られたくない」
「知られたくないと言っても、無理だろう。あいつは今でもお前のことを探し回ってるんだぞ。誰かがお前の姿を目にすれば、すぐにトリスタンに報告が行く」
 ウィルフレドはふーっと大きく嘆息し、両手でこめかみを押さえた。
「そうやってお前が逃げ回るから、トリスタンは益々お前に執着するんじゃないのか。手に入らないものほど貴重に見えるのが、人間の(さが)ってもんだ」
 軽い調子で諭してくるホセに向け、ウィルフレドは顔を(しか)めてみせる。
「あいつは結婚して、子供が三人もいるんだぞ。いい加減、俺なんかに(こだわ)るのは()めるべきだ。お前もそうやって面白がってないで、あいつを(いさ)めるべきじゃないのか」
「トリスタンとミレイアなら別れたぞ」
「なんだって」
「お前がいなくなって以来、トリスタンは抜け殻だ。頭領としての仕事はちゃんとこなしてるが、分かる奴が見れば覇気がないのは一目瞭然だ。色々と限界だったんだろう。ミレイアの方から離婚を切り出したって話だ」
 衝撃のあまり、ウィルフレドは暫くのあいだ口を利けなかった。どう答えて良いのか分からず、彼は先ほどと同じことをもう一度繰り返した。
「ともかく、トリスタンに俺の存在を気付かれたくない。この件はあいつには黙っておいてくれ」
 ホセが呆れた目でウィルフレドを見る。
「無理に決まってる。ソムフェールが再びヘルミナシオンに攻撃を仕掛けてきた。その上、組織内に裏切り者がいる。そんな話をトリスタンに黙っておけると思うのか。あいつはヘルミナシオンの頭領なんだぞ」
「せめて内通者を見つけ出すまで、秘密にしておいてくれないか。内通者さえ見つかれば、俺は黙ってニエベス自治区を去る」
 はっきりと首を振って、ホセが拒絶の意を示す。
「お前のことは黙っておいてやる。だが、それ以外はトリスタンに報せない訳にはいかん。そのくらい、お前にだって分かるだろう」
 ウィルフレドはホセから目を逸らし、ぐっと拳を握りしめた。
「そんなにトリスタンに会うのが嫌なら、情報だけ置いて、お前は出て行ってもいいんだぞ。後は俺がやっておく」
 唇を噛み締めたまま返事をしないウィルフレドを眺め、ホセは諭すように言った。
「そんなに心配するくらいなら、いい加減、意地を張るのを止めてトリスタンを受け容れてやったらどうだ」
「トリスタンの心配なんかしていない。俺が心配してるのは組織とカレンドゥラのことだ」
「ここにはもうお前の家族もいない。ヘルミナシオンやニエベス自治区がどうなろうと、お前に何の関係がある。トリスタン以外に、お前が心配する相手が誰かここにいるか」
 再び黙り込んでしまったウィルフレドに、ホセが畳み掛ける。
「組織の中に裏切り者がいると知って、トリスタンのことが心配になったから戻ってきたんだろう。裏切り者を探し出してトリスタンは安全だと確信できるまで安心できないから、お前はここから離れられないんだ」
「違う、そんなんじゃない。それに、あいつが俺を探してるのは俺に復讐するためだ」
 強情な調子にホセは呆れたように溜息を吐き、それ以上の追求を止めて立ち上がった。
「ともかく俺は今の話をトリスタンに報告しに行く。お前はどうする」
「地下栽培場に水を採取しに行くつもりだ」
「その後は」
「ヘルミナシオンの息が掛かってない宿を探す」
 この自治区にそんなものは存在しない、という指摘をホセはしなかった。ウィルフレドも十分に承知した上で言っているのだ。個人用の小型通信機を取り出し、ウィルフレドを放って会話を始める。
「トリスタン。遅くにすまん。急いで内密に話したいことがある。今からそっちに向かって良いか」
 夜遅い時間だが、向こうが気を悪くした様子はない。ホセとトリスタンは従兄弟同士であり、組織の頭領と幹部という関係を超えた気安さがある。
 二人は一緒にフラットを出た。小型動力機に跨がって飛び立ったホセを見送り、ウィルフレドも徒歩で暗がりへと消えて行く。
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