第1話 日本の桜

文字数 709文字

 吹く風に肌を刺すような冷たさが和らいで、温もりが実感できるようになってきた。
 先日、3月20日に東京の桜の開花が発表された。
 日本列島の多くで、卒業の季節を終え、入学、新学期、新年度を迎える頃に桜は咲く。
 この季節の変わり目を記す美しい樹木が、風景に瞬時の彩りを与えることで、日本特有の美しい風景の国土が演出される。
 毎年、この時期に桜や春を告げる歌があちこちで歌われ、人々は風景の彩に呼応する。
 それは寒さから温もりへ、厳しさから和らぎへ、昨日から明日への変化を愛でるかのようだ。

 桜が歌の素材になりやすいのは、もちろん圧倒するような数の花が満開になる姿の美しさもあるが、桜の季節が日本人にとって出会いや別れの季節と一致していたり、花びらの散りゆく姿が別れや旅立ちを連想したり、逆に新しいものが生まれる期待につながるからだろう。
 もっとも桜をめでる心は、現代的な行事のない古い時代からある。
 在原業平(825~880)の句は有名だ。

「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」

 伊勢大輔(いせのたいふ)も詠んでいる。

「古へのならの都の八重桜 今日九重に匂ひぬるかな」

 豊臣秀吉は吉野山に山桜を一面に植込み、盛大な花見を催して、桃山文化を彩った。
 京都や奈良や東京に限らず全国各地にたいてい桜が見られる。その土地固有の桜もある。
 桜は春の訪れを告げる花であり、それは農耕の開始時期を知らせる鐘ともなる。
 人々の生活の節目と重なって、桜に特別の思いが寄せられる。
 そこに現代の若者と古代以来の人々とに通ずるフィーリングがあるのかもしれない。
 四季のある風土に順応して生活を形成した日本人のDNAの一つと呼んでも言いだろう。
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