2杯め

文字数 1,093文字

 仁美と柚月は、コーヒーカップやスプーンなどを手分けして洗い終え、部屋に戻ってきた。柚月は、自分のバッグからインスタントのスティックコーヒーの箱を取り出して『ドリンクコーナー』に添えた。お湯はもう、電気ポットで沸かしてあった。仁美が来る前からすでに、香織が用意していたのである。

 おつかれさま、と二人。ひとしごと終え、仁美は元の席に戻った。ほかの参加者たちもやって来て、室内が少し賑やかな雰囲気になり始めた。
 時間はまだまだある。暇だ。落ち着かない。少し独りになって一息つきたいと思った仁美は、部屋を出た。館内に自販機があったから、ここでもコーヒーを買って飲んだ。
 戻ってきた仁美は、この場には似つかわしくないほど派手な女性がいて、ちょっと驚かされた。ずいぶんとフェミニンな姿で来た彼女の名は、マコトという。あざとすぎてかえって不自然なのではないかと思った仁美だったが、彼女のこの格好はいつものことなので誰も驚かず普通に接している。香織とマコトは談笑していた。

 ようやく時間が来てミーティングが始められた。平日の午前のグループにしては参加者は多い。
 香織が冒頭のあいさつをして、司会の希望者を募ったが、やはり誰もいない。香織が司会を務めることになった。こういうことはじつに多いのだ。よそのほとんどのグループでも、取りしきるリーダー役とでもいう人が、事実上で固定されてしまう。お節介で放っておけない人が、リーダーシップをとらざるをえなくなってしまうのである。そして、わるくいえば、ほかのメンバーたちがこのリーダーシップにあまえてしまうのだ。

 * * *

 こうしたグループに参加するには、そのグループの趣旨にみあう条件を満たした当人つまり『当事者』であればいい。それだけでメンバーになれる。誰をも拒まない。
 例えば、アルコール依存症者向けのグルーブなら、アルコール依存症者なら誰でも入れる。世の中には、さまざまなグループがある。各種依存症に限ったものではなく、裾野は広い。
 しかも、事前の申請もなにも要らないで、当日飛び込めばいいのが一般的だ。
 実名を名乗らなくていい。むしろ実名を名乗ったら話しにくくなるし、外の社会のしがらみが持ち込まれてしまいがちである。職業や経歴など社会身分が判れば先入観や偏見も入り込むかもしれない。匿名だからこそよいのだ。
 メンバーに上下関係はない。フラットだ。先輩後輩とか、古参とか新規とか、そういう上下関係もない。事実上で、外部に対して『代表者』を設定する必要があったり、取りまとめ役になっていたりすることがあったとしても、偉いわけではない。ボランティアだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み