第1話

文字数 963文字

「おい、なんだよ、この半(はん)食い選手権ってのは。パン食い競争の間違いじゃないのか」
 お笑い芸人の段田フミヒロは、目の前の机に置かれた企画書の表紙を指でトントン叩きながら、マネージャーの小林美紀に質問を投げかけた。
「それね、さっきサンサンテレビの金井さんが置いていったのよ。ほら大食い大会ってあるでしょ? あれだと大食いに自信のある人しか出られないじゃない? それに以前、大食い特番を見た小学生が真似して、喉を詰まらせて窒息死する事件があったでしょう?」
 その事件なら覚えている。おかげで一つレギュラーを逃したのだから。喉を詰まらせた小学生を責める訳にはいかないが、気持ちとしてはしっくりこなくて、当時、小林に散々毒ついていた。
「だから今回は半分食べることをテーマに番組を制作するんですって」
 なるほど、と段田はうなずく。
「最近はコンプライアンスがやたら厳しくなってきたからな。……で、具体的には何をするんだ?」
「私も詳しくは知らないわ。内容は本番まで秘密ですって。でも大食いじゃないから事前の食事とかは自由だそうよ」
「ふうん」
 段田は気もそぞろに、手にした企画書をパラパラとめくり、製作スタッフや出演メンバーをチェックしていった。
 番組の司会者が先輩芸人であるコガネムシ宮田だということが判ると、少し安堵を憶える。彼ならば自分をオイシクしてくれることを知っているからだ。
「それに賞金も出るらしいわよ」
「賞金?」段田の声が一オクターブ上がる。
「スポンサーがこの企画をやたら気に入ったらしくて。いくらかまでは知らないけど、結構な額らしいわよ」
「よっしゃ、俄然やる気が出たぞ。何をやるか知らないが、一応、腹を空かせておこう」
「凄い乗り気。まあ、あんな事があったからね」
 あんな事とは五か月前、段田の家が火事の被害にあった時の事だ。
 段田はその時、ドッキリ番組の収録中で、連絡を受けた時もその一部と思って軽く受け流していた。そしたら本当に火事だったという漫画のような目に合っていたのだった。幸いボヤ程度で済んだが、火災保険に入っていなかったため、その時の借金で未だに苦労している。前年のお笑いコンクールで優勝して以来、仕事は徐々に増えてはいたが、しょせん芸人のギャラなんてたかが知れている。今回の仕事は願っても無いチャンスだった。
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