ケンカした日
文字数 2,066文字
「え~。あれだけ、言っといたのに仕事入っちゃったの?」
拓海くんは、自宅マンションに帰るなり、私に予定変更を言ってきた。
「ごめん、美桂ちゃん。どうしても取引先の人と会わないといけなくなって」
本当に申し訳ないって感じで、両手を合わせ頭を下げている。
拓海くんだって、楽しみにしてたに違いないのに……それは、わかっていたのに。
拓海くんと私は、一年も前から屋形船の予約を取っていた。
屋形船自体はいつでも出ているが、夏の花火大会に出る屋形船は年に一度。
大学生時代から予約を入れてるのに毎回取れなくて、今年ようやく予約が取れた。
それなのに……。
「ねぇ、それどうしてもその日じゃないとダメなの?」
「うん。こっちのミスで先方に迷惑かけているからね。
お祭りの日でもないと、先方も都合がつかないらしくって……」
わかってる。わかってる、仕事だって。仕方ないって……。だけど……。
私は拓海くんの服を掴んで下を向いていた。
「ああ、そうだ。美桂ちゃん、行っておいでよ。お義母さん誘ってさ。
楽しんでおいで……ね」
拓海くんの、あやすような機嫌を取るような、そんな言葉にカチンときてしまった。
「楽しめるわけないでしょ? こんな気分で」
「み……美桂ちゃん?」
拓海くんが戸惑っている。
「だって、一年も前から拓海くんと行くのを楽しみにしてたんだよ?
なのに仕事入れたりして、少しくらい私を優先してくれても……」
言った瞬間、私はハッとしてしまった。
今、何を言った? 拓海くんに……。
やらかしたどころじゃない。下を向いててもわかる、馬鹿なの? 私。
「美桂ちゃん。それってルール違反だよね」
拓海くんの服を掴んでいた私の手が外される。
「ごめっ。ごめんなさい」
「屋形船の事は悪かったよ。仕事入れてごめん」
拓海くんの冷たい声、初めて聞いた。
「あのっ、拓海くん。私、さっきの本心じゃ無くて」
「……わかってる。つい、言っちゃったんだよね、美桂ちゃんは。
だけどごめん。ちょっと、外出てくる」
表情のない顔、抑揚のない言い方をして、そのまま、拓海くんは外に出て行ってしまった。
馬鹿だ、私は。
いつだって拓海くんは、出来る限り私を優先してくれてるのに。
「お互いね。仕事は最優先って事で、良いよね。
子ども産むのは……そうね、30歳くらい?
私、仕事していきたいし。拓海くんだって好きな仕事に着けたんだから」
結婚して拓海くんの実家からここに越して来た時にそう言ったのは、私だ。
「うん、いいよ。美桂ちゃん、大変だものね。
僕もこの仕事好きだからわかるよ、その気持ち」
拓海くんが子どもを欲しがっているのを承知で、仕事を優先させてもらった。
拓海くんは、昔からたいていの我がままは聞いてくれる。
だから、つい油断して……いつもの我がままのつもりで、言ってしまったんだ。
逆の立場だったら、私だって怒ってる。
仕事に対してプライドを持っているのなら、なおさらだ。
まぁでも、逆は無い……か。拓海くんは、そんなこと言わなもの。
平日の夜。
明日はお互い仕事がある。拓海くんの仕事用のカバンはあるから、一度はここに戻ってくるだろう。
私もいつも通り、風呂に入ったり、明日の用意したりしなきゃ。
なんか、身体が重い。いつも通りになんかできない。
私はソファーに転がって、ボーっとしていた。何もしたくない。
あやまったら、許してくれるかな。
今まで、我慢していたことが一気にきてたりして……。
このまま離婚……とかなったら、どうしよう。
そのまま、ソファーで寝てしまったのだと思う。
拓海くんが、帰って来たのも気が付かなかった。
「おはよう、美桂ちゃん。
昨日はごめんね。さっ、シャワー浴びてね。昨日そのままで寝てたでしょ?」
朝起きたら、私はベッドの上で寝てた。
夜中に帰って来た拓海くんが、連れてきてくれたんだと思う。
ぼ~っとした頭で、シャワーを浴びて……今日の仕事の段取りは……じゃ、無いでしょ。
拓海くんに謝らなきゃ。
「ごめんなさい、拓海くん。
私、あんなこと言うつもりじゃ」
拓海くんは、きょとんとしている。
「あんなこと、言わせてしまってごめんね。
約束を破ってしまった僕が悪かったのにね。僕と行きたかったのに、他の人と行ってなんて、最悪だよね」
「でも……」
仕事を最優先にって私が言って、拓海くんは我慢してくれてるのに。
「仕事は、ずらせないんだ。
先方の担当の人も、プライベート削ってまでその日に出てくる予定だから……。
だから、ごめんなさい」
「仕方ないよ、仕事だもん。私が同じ立場でも、仕事優先するから。
だから、ごめんなさい」
二人で同じ謝り方をして、笑い合った。
仕方ないよね、これが私たち夫婦なのだから……と思って。
拓海くんは、自宅マンションに帰るなり、私に予定変更を言ってきた。
「ごめん、美桂ちゃん。どうしても取引先の人と会わないといけなくなって」
本当に申し訳ないって感じで、両手を合わせ頭を下げている。
拓海くんだって、楽しみにしてたに違いないのに……それは、わかっていたのに。
拓海くんと私は、一年も前から屋形船の予約を取っていた。
屋形船自体はいつでも出ているが、夏の花火大会に出る屋形船は年に一度。
大学生時代から予約を入れてるのに毎回取れなくて、今年ようやく予約が取れた。
それなのに……。
「ねぇ、それどうしてもその日じゃないとダメなの?」
「うん。こっちのミスで先方に迷惑かけているからね。
お祭りの日でもないと、先方も都合がつかないらしくって……」
わかってる。わかってる、仕事だって。仕方ないって……。だけど……。
私は拓海くんの服を掴んで下を向いていた。
「ああ、そうだ。美桂ちゃん、行っておいでよ。お義母さん誘ってさ。
楽しんでおいで……ね」
拓海くんの、あやすような機嫌を取るような、そんな言葉にカチンときてしまった。
「楽しめるわけないでしょ? こんな気分で」
「み……美桂ちゃん?」
拓海くんが戸惑っている。
「だって、一年も前から拓海くんと行くのを楽しみにしてたんだよ?
なのに仕事入れたりして、少しくらい私を優先してくれても……」
言った瞬間、私はハッとしてしまった。
今、何を言った? 拓海くんに……。
やらかしたどころじゃない。下を向いててもわかる、馬鹿なの? 私。
「美桂ちゃん。それってルール違反だよね」
拓海くんの服を掴んでいた私の手が外される。
「ごめっ。ごめんなさい」
「屋形船の事は悪かったよ。仕事入れてごめん」
拓海くんの冷たい声、初めて聞いた。
「あのっ、拓海くん。私、さっきの本心じゃ無くて」
「……わかってる。つい、言っちゃったんだよね、美桂ちゃんは。
だけどごめん。ちょっと、外出てくる」
表情のない顔、抑揚のない言い方をして、そのまま、拓海くんは外に出て行ってしまった。
馬鹿だ、私は。
いつだって拓海くんは、出来る限り私を優先してくれてるのに。
「お互いね。仕事は最優先って事で、良いよね。
子ども産むのは……そうね、30歳くらい?
私、仕事していきたいし。拓海くんだって好きな仕事に着けたんだから」
結婚して拓海くんの実家からここに越して来た時にそう言ったのは、私だ。
「うん、いいよ。美桂ちゃん、大変だものね。
僕もこの仕事好きだからわかるよ、その気持ち」
拓海くんが子どもを欲しがっているのを承知で、仕事を優先させてもらった。
拓海くんは、昔からたいていの我がままは聞いてくれる。
だから、つい油断して……いつもの我がままのつもりで、言ってしまったんだ。
逆の立場だったら、私だって怒ってる。
仕事に対してプライドを持っているのなら、なおさらだ。
まぁでも、逆は無い……か。拓海くんは、そんなこと言わなもの。
平日の夜。
明日はお互い仕事がある。拓海くんの仕事用のカバンはあるから、一度はここに戻ってくるだろう。
私もいつも通り、風呂に入ったり、明日の用意したりしなきゃ。
なんか、身体が重い。いつも通りになんかできない。
私はソファーに転がって、ボーっとしていた。何もしたくない。
あやまったら、許してくれるかな。
今まで、我慢していたことが一気にきてたりして……。
このまま離婚……とかなったら、どうしよう。
そのまま、ソファーで寝てしまったのだと思う。
拓海くんが、帰って来たのも気が付かなかった。
「おはよう、美桂ちゃん。
昨日はごめんね。さっ、シャワー浴びてね。昨日そのままで寝てたでしょ?」
朝起きたら、私はベッドの上で寝てた。
夜中に帰って来た拓海くんが、連れてきてくれたんだと思う。
ぼ~っとした頭で、シャワーを浴びて……今日の仕事の段取りは……じゃ、無いでしょ。
拓海くんに謝らなきゃ。
「ごめんなさい、拓海くん。
私、あんなこと言うつもりじゃ」
拓海くんは、きょとんとしている。
「あんなこと、言わせてしまってごめんね。
約束を破ってしまった僕が悪かったのにね。僕と行きたかったのに、他の人と行ってなんて、最悪だよね」
「でも……」
仕事を最優先にって私が言って、拓海くんは我慢してくれてるのに。
「仕事は、ずらせないんだ。
先方の担当の人も、プライベート削ってまでその日に出てくる予定だから……。
だから、ごめんなさい」
「仕方ないよ、仕事だもん。私が同じ立場でも、仕事優先するから。
だから、ごめんなさい」
二人で同じ謝り方をして、笑い合った。
仕方ないよね、これが私たち夫婦なのだから……と思って。