当たり前なんて、無いのにね

文字数 2,124文字

 拓海くんのいない休日、私は怠惰にベッドに転がっていた。
 いつもなら、二人で出かけるのに仕事がらみの用事なら仕方がない。

 ピロン。

 私は、サイドテーブルにあるスマホを布団から手だけ出して探る。
 メッセージは拓海くんから

『お土産、何が良い? 今デパ地下』
『和菓子。餡子たっぷりだったら、何でも良い。お任せで』
『了解』

 まだ、私はボーっとしてた。

 そろそろ、帰ってくるころだからお茶の用意でもしておくかな……。
 和菓子だから、渋めの番茶でも良いかな? なんて、考えながら何気なくテレビを付けた。
 休日の昼間なんてたいした番組無いよな……って、思いながら。
 
 最初にテレビ画面に映ったのは炎。
 
「やだ、火事? どっか燃えてる?」 
 思わずそう呟いて画面を見ていると、テレビカメラが引き気味に全体を映し始めた。

 デパート? うそ。デパートって燃えるの?
 昔は結構火災があったらしいけど、でもこれって……。
 私は、嫌な予感がした。
 さっき拓海くん、なんて連絡してきた?

『お土産、何が良い? 今デパ地下』

 スマホの画面には、そう書いてある。
 私は慌てて電話した。出ない。
 いつもだったら、ワンコール待たずに出てくれるのに……。
 何度かけても出ないから、メッセージだけ残して、出かける用意をする。

 用意してる間に、ひょっこり「ただいま~」なんて、帰ってくるかもしれない。
 私が、こんな気持ちで出かける用意をしていることも、笑い話になるかもしれない。

『ばかだねぇ。僕が、そんなことに巻き込まれるはずないじゃない』
 って、いつもの優しい顔で笑ってよ。

 私の願いは、むなしく。
 お出かけ用のバッグとスマホを持って、火災現場のデパートに急いでいった。

 火災現場は、騒然としていた。
 消防車、警察、救急車が入り交じり、邪魔者扱いされながら報道陣が報道するために頑張っている。

 私はとりあえず、警察の人を捕まえた。
「拓海……夫が、この中にいるかもしれないんです」
 一瞬、警察の人は、怪訝そうな顔をしたが、ああって感じで
「けが人は、病院に収容されているから……」
 病院とその連絡先を教えてくれた。
「けが人は、後からでもその病院に収容されるから、そちらで待たれてはいかがですか」
 最近の警官は意外と親切だ。丁寧にそう言ってくれた。
 邪魔なだけだったのかもしれないけど……。

 タクシーを拾って、教えられた病院に向かう。
 救急車のサイレンが頻繁に鳴っていた。

 病院の入り口付近は、救急車でいっぱいになっているから、手前で降ろしてもらった。
 私は、病院内に駆け込む。もう、本当に嫌な予感しかしない。
 いなかったらどうしよう。いたとしても……。
 そんな気持ちを抑えて受付で、訪ねる。

「相沢拓海という者が、こちらに運ばれてきてないでしょうか。
 あの、デパートの火災の負傷者で……」
 慌ててしまっている私に、受付の人がやけに落ち着いた態度で接してくる。
「ああ、少々お待ちください。まだ、お名前のわかっていない方もいらっしゃいますので」
 カタカタと、パソコンのキーを打ち込んでいる。
 その時間が、やけに長く感じる。



「あれ? 美桂ちゃん。来てくれたんだ。
 家に電話してもいないし、スマホの番号忘れてしまって」
「拓海くん?」
 私は驚いて振り向く。
 腕に包帯を巻かれている。顔にも湿布みたいなものを張られていた。
 服は少し汚れているけど、一応ちゃんと立って私の後ろに来ていた。

「ああ。この方ですね。もうすぐ、会計で呼ばれますのでお待ちくださいね」
 そう言って、受付の人は通常業務に戻っていった。

 私は、その場にへたり込む。涙が出ているのが分かった。
「なんで。なんで、電話に出ないのよ。何度も鳴らしたのに……」
 へたり込んでる私に合わせて拓海くんもしゃがむ。「いてて」とか言いながら。
「ごめんね、心配かけて。スマホ、人ごみに揉まれたときに落としたみたいで」
 私は、拓海くんにしがみついて泣いた。
 だって、怖かった。拓海くんに万が一何かあったらと思うと、もう二度と会えないのかと思うと……本当に、怖かった。

「ごめんね、美桂ちゃん。本当に、ごめん」
 拓海くんは謝りながら抱きしめ返してくれていた。
「良かった。無事で……」
「うん」
 拓海くんは、私を立たせて待合室の椅子に座らせてくれた。
 受付の真ん前で、へたり込んで抱き合ってたら確かに邪魔だ。

「地下からちょうど上がったところで、火災報知機が鳴って……。
 少しケガはしたけど無事だよ。美桂ちゃんが一緒じゃなくて良かったよ」
 拓海くんは、火災現場から逃げてきて、ケガまでしているのにそんな事を言ってくる。だけど……。
「拓海くんが死んじゃったら、何で一緒にいなかったんだろうって、一生後悔してたよ、私」
「うん。ごめんね」
 拓海くんが無事に帰ってくるのが、当たり前の日常だと思っていた。
 
 そんな、当たり前の日常が壊れることもあるんだと思い知った日。

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