光が満ちる国

文字数 2,000文字



「そこ! 駄目よ!」
 叫ぶ声に少年が振り返ると、見るからに利発そうな少女が眉を吊り上げて少年を見つめていた。
「何か?」と少年が惚けると、「その鳥よ!」と少女の声に怒りが滲む。
 少年は右肩に留まる二羽の鳥を見つめ、「これが?」と、首を傾げた。しかし少女が顔を赤
くして「それは駄目なの!」と声を荒らげるので、少年は「まあまあ」と柔らかい声で相手を宥め、問いかけた。
「この子たちの何が駄目なんだい?」
「君、知らないの?」少女は不満な顔をする。「それは光鳥(ヒカリドリ)幸鳥(サイワイドリ)
「知ってるよ」
「この国では飼ってはいけないの。それだけじゃない、見つけ次第処分するの」
 少年は目を見開き、大仰に驚いて見せた。「処分とは穏やかじゃないね」
「決まりなのよ」
「それはなぜ?」
 無知な顔して問いかける少年に、少女は怪訝そうな顔を向けた。「君は旅人なの?」
 しかし少年が答えるより早く、「なら知らないか」と納得したように少女は呟いた。
「何やら事情があるようだね?」と、少年は言った。
「そうなのよ」
 少女は頷き、語り始めた。

 昔、この国では光の消失が相次いだ。最初の頃は夜に人が灯した明かりが唐突に、おかしいおかしいと人々が噂しているうちにチカチカと星が、月が、ついには昼の太陽までが。
「月も太陽もすぐに元に戻ったけれど」と少女は言った。「また同じことが起こらないとも限らない」
 一日がずっと真っ暗になったらどうしようか。暗闇が永遠に続いたら人も植物も動物も生きてはいけないだろう。人々は心配して、どうにか光が消えない方法はないものかと悩んでいた。
「そんな時、この国に旅の賢者がやってきたの」
 そしてその賢者は言った。「光が消えてしまうのは、光鳥(ヒカリドリ)がそれを食べているからだ」
 それから賢者は続けた。「だから光鳥(ヒカリドリ)を残さず捕まえて、殺してしまいなさい」
「それで?」と、話を聞いていた少年は問う。「この国の人たちは光鳥(ヒカリドリ)をみんな殺してしまったの?」
「中には、しぶとく生きている鳥もいるかもだけど」と、少女は答えた。「今ではずっと少なくなったと思うわよ」
「ほうほう、なるほど」と少年は頷いた。「それでその後はどうなったんだい? 光は消えなくなったのかい?」
「見ての通りよ」と、少女は空を示した。「この国ではいつでも太陽が明るく、夜が訪れることはほとんどないの」
「確かにこの国では、夜がなかなか来ないと不思議に思っていた」と、少年も空を見た。「それで? 光鳥(ヒカリドリ)のことはわかったけど、幸鳥(サイワイドリ)はどうして処分する必要があるんだい?」
「せっかく世界が光で満ちたのに、私たちどうしてか気持ちが悲しくなってきたからよ」少女は答えた。「植物も動物も元気がなくて、食べる物に困りだしたの」
「言われてみれば」と少年は言った。「この国ではなんでも値段が高いよね」
「そうよ。だってずっと凶作が続いているんだもの」
「まさか」と、少年は言う。「その原因が幸鳥(サイワイドリ)だってこと?」
「その通り」と、少女は頷いた。「あの旅の賢者がそう言ったの」
 この国が今悲しい気持ちに覆われてしまったのは、幸鳥(サイワイドリ)がみんなの幸せを食べてしまったからだ。だから全部がうまくいかないのだ。
「それで今度は幸鳥(サイワイドリ)を殺してしまおうと言うんだね?」
 少年は皮肉るように笑った。少女はまたしても怒り出す。
「何がおかしいの?」
「だって、おかしいよ」と少年は言う。「幸鳥(サイワイドリ)は幸せを食べて生きる鳥だけど、世界にある幸せの全部を食べることなんてできないはずだ。もしもそんなことが本当に起きているなら、どこかで何かの均衡が壊れてしまったからに違いないんだよ」
「どういうこと?」と少女が首を傾げると、「簡単なことだよ」と少年は囁いた。
 それから少年は肩に留まった光鳥(ヒカリドリ)の喉を優しく撫でて、苦笑した。
光鳥(ヒカリドリ)が光を食べて幸せを撒く鳥だってこと、君は知っていた?」
 言われて少女は大きく目を見開いた。「知らなかったわ」
「それなら」と少年は言う。「幸鳥(サイワイドリ)が幸せを食べて光を撒く鳥だということは?」
 少女はさらに大きく目を見開いた。少年は憫笑を浮かべ、今度は幸鳥(サイワイドリ)の喉を撫でた。
「今この国が光で満ち溢れているのは、幸鳥(サイワイドリ)が幸せを光に変えているからさ。でもね」と、少年は言う。「光が幸せに変わらないこの国では、幸鳥(サイワイドリ)ももう長くは生きられない。放っておいてもいずれは飢えで滅んでしまうだろう」
「そんな!」と少女は喉を詰まらせた。
「残念だね」と少年は言った。「この国はもうお終いだ」
「あの賢者は嘘を言ったの?」
 少女が涙を零すと、少年はその手で少女の涙を拭いながら囁いた。「唆す言葉は危険を孕む」
 さあ、もう泣かないで。「それなら君に、ぼくは希望を託そうか」
 少年は言いながら右肩に留まった二羽の鳥を少女の肩に乗せた。「この鳥たちをどう使うか、それは君次第だよ」
 そうして立ち去ろうとする少年に少女は問うた。
「あなたは誰なの?」
 少年は答えた。
「君には、どう見える?」
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