第四話

文字数 952文字

 当然、そんな格好の獲物を彼が見逃してくれる筈も無かった。
「俺たちの演奏聞いてくれてありがとう――もしかして、何か嫌な事でもあった?」
 良ければ聞かせてよ、と微笑む白夜に、私は心中を全て告白した。一度堰を切ってしまった感情を、如何して途中で塞き止める事が出来ようか?
 ――何故私ばかり幸せになれないのだろう。あのマユミでさえ結婚できたのに。美しくも賢くも無いと分かってはいるけれど、でも私は不細工でも馬鹿でもない筈なのに。
 ――そうだね、分かるよ。僕と同じ。周りが理解してくれないんだね。君は綺麗だ。他の奴らに見る目が無い。僕だったら君を放っておかないのに。
 私の怨嗟に同調する甘い言葉の音色が堪らなく心地良かった。その優しい言葉が彼の本心から与えられた物だと信じられる程幼くも無かったが、それでも私は心の底からその言葉達を欲していた。
 そして私は感情の赴くまま、彼と夜を共にした。
 白夜からすれば何の文句を言われる筋合いも無い。手持ちの女に飽きが来ていた頃に手頃な獲物を見つけた。ただそれだけ。
 それでも。それでも私にとっては輝きだったのだ。

 そんな一度きりの輝きが、今でも私を縛り付けて離さない。
 彼からの呼び出しがあれば何処へでも行く。と言っても、逢瀬の半分はライブハウスと彼の手狭な安アパート、もう半分は私の家でしか無いのだけれど。
 帰れと言われれば何時でも素直に立ち去る。終電もタクシーも無ければ駅前の繁華街をぶらつく。少し隙を見せれば飢えた男達が言い寄ってくるのでさして退屈はしなかった。
 私のような都合の良い女を、彼は「愚かで賢い女」と呼んだ。恋に盲目になれる愚かさと、立場と距離感を弁える賢さを持ち合わせる女。適当にあしらわれる事に悦びすら覚えてしまえるような女で無ければ、彼の恋人候補、セックスフレンドにはなり得ないのだ。
 それでも私も彼を利用しているのだから文句など無い、と言い聞かせる。
 誰かに必要とされたい。自分の価値を証明したい。そんな薄汚れた自身の承認欲求が叶う場が白夜との関係の中にあるというだけだ。私は彼に自己犠牲を捧げ、その対価として存在を承認されている。それだけだ。
 そんな紛れも無い事実が、私を更に甘く暗い憂鬱へと叩き落とすのだった。二度と逃れ得ない深い沼の中へと。
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