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 信じられないかもしれないが僕はあゆみちゃんと連絡先を交換していなかった。と言うかそういった類の話をしようとするとあゆみちゃんはいつも話をはぐらかすからとうとう聞けなかった。僕はもしかするとあゆみちゃんにいいように使われたのかもしれないと薄々感じながらも「いや、あんな可愛い娘がそんなことをするはずない。それにあんな夜中にあんな山の中で人形を探すくらいだからきっと何か特別な事情があるんだ」と自分に言い聞かせていた。
 あゆみちゃんと会えなくなってからというもの、日々の生活が退屈でしょうがなくなった。僕は大学の友人にも松本あゆみという娘を知らないか聞いてみたが僕の大学にはそんな娘はいなかった。他の大学に行っている何人かの友人にも尋ねてみたがとうとうあゆみちゃんを見つけることはできなかった。それでも僕は勝手にいつかまたあゆみちゃんに会えると思っていた。あゆみちゃんが最後に言った言葉が「さようなら」とか「バイバイ」ではなく「またね」だったからだ。もちろん「またね」なんて言葉は次に会う予定が必ずしも無くても言う言葉であるが、僕はまたどこかであゆみちゃんに会えると思いたかったのだ。
 夜中の人形探しという非日常が終わってから一月位経った頃だろうか、僕は大学の飲み会に行く為タクシーに乗った。店に向かう途中運転手が妙な話を始めた。「お客さんは幽霊を信じますか?」「え、いや、信じませんが」「そうですか、実はこの前ね、夜中の十時頃だったかな、隣町に向かう途中のトンネルの中で一人のお客さんをひろったんですがね。それが若い女の子だったんですよ。こんな時間にこんな山奥でおかしいなと思ったんですけど、とにかく乗せたんですよ。そしたら山の中に向かえって言うんですよ。それでその娘の言う通りに山奥に行ったんですけど、突然『ここでいい』なんて言うんですよ。それで降りたかと思ったらもう居ないんですよ。いやぁ、長年タクシーの運転手やってますけど、今回ばかりは肝を潰しましたよ」。
 スマホでインターネットの掲示板を見るとトンネルの女の子の幽霊の新着情報がいくつか上がっていた。僕は運転手に直ぐに僕の家に向かうように言った。家に着くなり車に乗って大急ぎで隣町との間のトンネルに向かった。僕はトンネルの中を注意深くゆっくり走った。だが特別何も起きずにトンネルを抜け諦めかけた時、カーブの陰から白い服の女の子が見えた。僕は車を停めその娘の元に走った。
 「あ、浩一君。こんなところで何してるの?まさかお花探し手伝いに来てくれたの?」それは紛れもなくあゆみちゃんだった。「え?お花?今度は花を探してるの?」「うん、白くて小さい花なの。この辺りの山に生えているはずなの」「も、もちろん探すよ」。あゆみちゃんはこれまた目を輝かせて喜んだ。僕も僕で久しぶりにあゆみちゃんの笑顔が見れてとても嬉しかったので目を輝かせて喜んだ。こうして再び僕とあゆみちゃんの摩訶不思議な夜中の探し物が始まった。
 今回あゆみちゃんが探しているのは図鑑にも載っていない白い小さな花びらが沢山付く花なんだそうだ。「えっと、あゆみちゃんさ、図鑑にも載っていない花がここにあるって、その、何で分かるの?」「ううん、まぁ根拠は無いんだけど、兎に角この辺りにある気がするの」「え、あ、そうなんだ」「あ、やっぱりそんな話信用できないよね」「ええ、いや、そんなことないよ。信じるよ。それにあゆみちゃんとまたこうやって一緒に探し物できて本当にうれしいよ」僕は正直花があろうが無かろうがあゆみちゃんと会えればそれで良かった。花が見つかってしまえばまたあゆみちゃんと会えなくなると思うと、むしろ花なんて見つからなければ良いとさえ思っていた。
 あゆみちゃんは例によって懐中電灯も持たず山の中をがさがさと探っていた。僕は白い花を見つける度にあゆみちゃんに確認した。「これなんかはどう?」「ううん、違うなぁ、もっと小さいの」「じゃあ、これなんかは?」「それも違うね。花びらがもっと沢山付いてるの」。変な話だが僕は白い花をあゆみちゃんに見せる度に「そう、それよ」という答えが今にも返って来るのでは無いかと心配していた。しかし僕の心配とは裏腹に中々目的の白い花は見つからなかった。
 あゆみちゃんとの夜中のお花探しが始まって一ヶ月程経ったある日、僕達は一端駐車場で休憩していた。「お星さま綺麗だね・・・中々お花見つからないね」あゆみちゃんの言葉に僕はつい本音を言ってしまった。「正直このまま花が見つからなければいいのにな」「え?」「夜中だけでもこうやって毎日二人の時間が続くなら花が見つからなくてもいいかなって・・・あ、ごめんね、あゆみちゃんがせっかく毎日こんな夜中に一生懸命探してるのに見つからない方が良いなんて」「ううん、いいの・・・でもそうはいかないんだ。早く探さなきゃ」僕が変なことを言ってしまったせいかあゆみちゃんはなんだか悲しそうだった。僕は気合を入れ直して花を探した。
 しかし図鑑にも載っていないような花がそう簡単に見つかるはずも無く、僕とあゆみちゃんの花探しは長期戦になった。僕は何度か風邪をひいて熱も出たが、あゆみちゃんとは夜直接会って話す以外の連絡手段が無かったので、僕が来ないことであゆみちゃんが悲しむのではと思うと、とてもじゃないが家でじっとはして居られなかった。
 あゆみちゃんは今回花を探している理由を教えてくれなかった。「それは内緒」の一点張りだった。そしてとうとう僕とあゆみちゃんが花を探し初めて二ヶ月が経った。その日ももう夜の十一時になろうかという時、大きな三本の木に囲まれるように白い花が咲いているのを見つけた。「あ、あゆみちゃん、これは?これは違う?」「あああ、そうそう、これよ。これ。良かったぁ。もう正直ちょっとだけ駄目かと思ったよ」そう言うとあゆみちゃんはその花を丁寧に周りの土ごと掘り返した。そして「ホンットにありがとう。人形もお花も。こんな夜中にこんなに長い時間理由も分からないのに手伝ってくれて」僕はまたあゆみちゃんが何処かにいなくなってしまうのではないかと思い落ち着いて話を聞いていられなかった。ところが次のあゆみちゃんの言葉に僕は完全に動揺してしまった。「浩一君のこと本当に大好き・・・またね」彼女はまた山の中に走って行ってしまった。僕は動揺のあまりその場で動けなくなり案の定彼女を見失ってしまった。
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