第3話
文字数 14,020文字
アシンメトリー
出会いの朝
人生について書きたいなら、まず生きなくてはならない。
ヘミングウェイ
いつまで籠っているつもりなのだろうか。
閻魔が部屋に籠ると言ってから、もうどのくらい経っただろうか。
小魔が様子を見に部屋に行ってみても、誰かと連絡を取っているようで、小魔ともまともに話さない。
食事を摂っているのかも分からない。
コンコン、とドアをノックしてみるが、返事さえない。
「・・・・・・」
内側から鍵がかかっているのか、ドアノブを回してみても開かない。
小魔は諦めて踵を返そうとしたとき、部屋の中から物音が聞こえてきた。
それから少しして、久しぶりにドアが開いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ドアから出てきた張本人、閻魔と対面ししばらく黙っていた。
「何してんだ?行くぞ」
部屋に籠っていたのは誰だ、と言いたくはなったが、口を開く前にさっさと歩きだしてしまった閻魔の後を、大人しくついていくのだった。
そこにはすでに、一人の女性が待っていた。
表現するには難しいが、綺麗な女性だ。
何人もの男を誑かし、唆し、金を巻き上げ、さらには男同士で殺しあいをさせた女。
けれど、男たちを愛してきた女。
「よくもまあ、こんなに男を騙せたもんだな」
巻物を開きながら、閻魔が言う。
「騙してないわ」
「あ?」
「生涯をかけて、全員を愛したの。でも男って不思議なものね。私を自分だけのものにしたがるの。そしたら、頼まなくてもお金をくれたし、勝手に相手の男を殺したの。それって、私には罪はないわよね?」
女は愛柊楓という。
確かに、男たちを誑かしてきたとはいっても、詐欺などといったことではないようだ。
楓には、男を上手く利用していたという意識さえないらしい。
「なら、金なんかいらないって断れば良かっただろ。そもそも、全員の男を同じように愛したってのがな」
年下から年上まで、それも十も二十も三十も離れた男とだ。
愛があれば歳の差なんて、という人もいるだろうが、それにしても人数が多すぎだ。
「本当のことだもの。私は全員を愛していたし、同等に扱ってきたわ。なのに、勝手に特別だと思っていたのはあっちよ。バッグだって指輪だって洋服だって、欲しいなんて言ってないのに、私に似合うからとか言って、勝手に貢いできたのよ」
「お前にとって、愛ってなんだ?」
楓の言い分がいまいち理解出来ない閻魔は、ふと、聞いてみた。
閻魔の問いかけに対し、楓は可愛らしく首を傾げ、微笑んだ。
「愛は、夢よ」
「閻魔様、何かお調べになっていたんですか?」
やっと部屋から出てきた閻魔は、溜まった仕事を少しでも減らそうとしていた。
その頑張りがあってか、巻物はどんどん少なくなっていく。
「ああ、デスマッチに関してな。もうあの様子じゃ、遊佐からは何も聞けねぇだろうし、情報が遮断されてる気もしてよ」
「?どういうことです?」
「さっきの女も、参加者だったみてぇだしな」
しらっと言う閻魔に、小魔は閻魔を見て口を開けた。
「まあ、詳しいことは後でちゃんと話すからよ。とりあえず今はこの山を片づけねぇとな」
「わかりました」
閻魔の言葉を信じ、手渡された巻物を運び、出来るところは手伝った。
「あ」
「はい?」
「小魔に相談があったんだ」
「なんでしょう。嫌な予感しかしませんが」
小魔の方を見ると、にへらっと笑う閻魔。
「俺、下界に行ってくるわ」
「相談になってませんが」
まあまあ、とその場を宥められると、今は仕事を終わらせようと、手を動かす。
やはり閻魔は何を考えているのかと、小魔は首を傾げながらやっていた。
それから数日間、閻魔と小魔は部屋に籠って仕事を終わらせると、閻魔は小魔を連れて自室へと連れて行った。
徹夜続きだったためか、眠気を飛ばすためにコーヒーとレモンを用意する。
閻魔はベッドにどかっと座ってしまい、小魔は佇んでいると、閻魔が本棚の奥の方を指差した。
「あそこに椅子あるぞ」
言われた通り行ってみると、折り畳み式の椅子があり、それを本棚の前あたりに置き、そこに座った。
「デスマッチだがな」
「はい」
「ゲーム化してるらしい」
「ゲーム化、ですか?」
コーヒーを口に含むと、苦いのか、閻魔は眉間にシワを寄せ、唇を強く閉じた。
「世界中の至るところで、遊び半分に初める輩が多くて、気付いたときにはもう、逃げられないデスマッチになってる。さっきの女も参加してたが、負けた」
「負けたから、死んだということですか」
「多分な。勝ったからって何があるのか、まだそこまではわかってねぇんだ。そこで、俺が実際に下界に行って、調べてこようと思う」
「しかし、閻魔様がいないとなっては」
「また部屋にでも籠ってることにしとけばいいだろ。いつでもどこでもやってるらしいからな、そのデスマッチは。そんなに時間はかからねぇと思うんだ」
「ダメと言っても行くんでしょうから、引きとめはしません」
「お前もいるしな、浮幻も雲幻もいれば大丈夫だろ」
楽観的というのか、信頼されているというのか。
だが、こうすると決めた以上、閻魔は引かないことを知っている小魔の方が、折れるしかなかった。
「生死とゲームにするなんて奴の顔、いっぺん見ておかねぇといけねぇしな」
そう言う閻魔の顔は、いつもとは違っていたように感じる。
そして翌日、閻魔は目立たないように出かけて行った。
「じゃ、すぐ戻ってくるが、それまで頼んだぞ」
「仕事が溜まりますので、お早めに」
「ああ、そっちな」
閻魔を見送ったあと、小魔は、さて、これからどうやってみんなを誤魔化そうかと考えるのだった。
「ここが下界かー」
下界に着いた閻魔は、フード付きのマントのようなものを身につけていた。
「さてと、どこでやってっかなー」
特に行き先を決めるわけでもなく訪れた閻魔は、うろうろと街を徘徊していた。
情報を得るにしても、こんな街中で堂々とは行われていないだろう。
そこで、閻魔はネットカフェに向かった。
どうやって入ったのか、そこはひとまず置いておき、閻魔はとあるページを開く。
「これか?」
【一攫千金も夢じゃない!あなたもこれで億万長者!】
なんとも怪しいページを見つけると、閻魔はそこをクリックする。
だが、それはデスマッチではなく、ただ怪しい勧誘のページだった。
そこで、思い切ってこう調べた。
【デスマッチ】
すると、思ったよりも多くの検索結果が出てきた。
一番上をクリックすれば、そこにはデスマッチの噂に関する内容が多く書かれていた。
「えっと」
現在進行形で行われているデスマッチだが、本当に世界規模にまで発展しているようだ。
参加者はお金を払う必要はないが、登録はしなければならないようだ。
本名に年齢、住所などといった個人情報が溢れていることだろう。
申し込んだ者には、メールが届くらしい。
そこには、世界各国で参加している人間の情報が載っている。
それを印刷するなり携帯に送るなりして、みな自分の敵を手にかけていくのか。
勝者が生き、敗者が死ぬ。
単純なルールだけがそこに書かれているが、一緒に載っている絵は、まるで子供が描いたもののように、緊張感の欠片もない。
きっとなにより、参加する理由としては、優勝者は“神”なる者と対戦出来るという理由だろうか。
いや、それにしても馬鹿げてはいるが、単にゲームだと思って参加してしまった者は、自分がいかに恐ろしいものに参加してしまったか、後に知ることだろう。
「参加しねぇと、詳しいことはわからねぇか」
ここで、普通ならば少し躊躇するところなのだろうが、閻魔のすごいところは、ここで一切の躊躇を見せないということだ。
「参加参加」
参加する人はこちら。
そう書かれた下の部分をクリックし、本名ではないが、実在はする人間の名前を載せ、参加のボタンを押す。
どこでどうやって本名かどうか調べているのか、それはどうでもよいとしよう。
パソコンからゴゴゴ・・・という効果音が聞こえてきたかと思うと、ページは新しいページへと飛んだ。
「神殺し?」
赤い文字で血のように書かれている文字には、そう記されていた。
下の方にスクロールしていくと、これまでに参加した人、現在の状況、そして、表が載っていた。
それはまるで、試合のトーナメント表だ。
自分の名前だけは赤文字で記されており、他は黒字になっている。
×をつけられた人は負け、つまりは死んだとうことだろう。
「なんちゅー人数だ」
全員を見つけるにも、海を渡っていく必要もあるだろう。
ましてや、自分の国で自分が勝ち続けなければ、海を渡ることも出来ないが。
「トーナメントを勝ち進め。さすればあなたは神と戦う権利が与えられる・・・?はあ?何だこれ?」
こうも毎日参加者が増えては、優勝者が決まるのはいつになることだろう。
「・・・・・・」
足を組み、閻魔はその画面をじーっと見つめていた。
「そもそも神と戦わせるつもりがないか、それとも、本当に戦わせるつもりで、強い奴を探してる?いや、それよりも、神と戦えるなんて信じてるのか?・・・戦わざるを得ない状況ってことか」
こんなページを作った野郎はどこのどいつだと、閻魔は調べ始めた。
だが、どこから発信しているのかも、どんな人間がやっているのかも、何もわからなかった。
参加者となった閻魔だが、ネットカフェを出て街を歩いていた。
「こんな昼間っから襲われることなんてあるかね」
個人情報の中には、顔写真まであった。
閻魔も送ったつもりも撮られた記憶もないのだが、そこには確かに閻魔の顔があった。
すると、誰かが後ろをついてくる気配を感じた。
「(早速きたってか)」
閻魔は狙われやすいように、路地裏を選んでその道を歩く。
後ろから聞こえてくる、自分以外の足音は、一つではないようだ。
ぴた、と足を止めて振り返ってみると、そこには五人の男がいた。
ナイフでも隠し持っているのか、まさか銃は持っていないだろうが。
「何か用?」
そう尋ねれば、男たちは一斉に閻魔に向かってきた。
「おらあぁぁぁぁぁ!」
威勢よく襲いかかってきた男たちだが、あっという間に、閻魔の尻の下に倒れていた。
「ふう。若いってのはいいねー」
「てめ・・・殺さねぇと、勝ったことにはならねぇんだぞ」
閻魔がのんびりと空を見ていると、顔に痣をつくった男が口を開いてそう言った。
「ああ、俺別に優勝するつもりはないんだ。ただ、ちょいと話を聞かせてもらえればなと思ったんだけどよ」
倒れている男たちを一列に並べて正座をさせると、閻魔は男たちの携帯を手にする。
そこには、閻魔と、きっと男たちの名前であろうところが“大戦中”となっていた。
「これを作った人、知ってるか?」
「し、知るわけねぇだろ!こっちだって、騙されたんだ!賭け金もないゲームだと思ったら、こんなことになってて・・・!」
「殺さねぇと、こっちが殺されるんだよ!」
「俺たちみたいにグル―プになってる奴らもいるみたいだし」
「前、ニュースで警察官がこれに参加してて、民間人を殺したってやってて・・・。怖くなったんだよ!」
男たちは半泣き状態で閻魔に説明をした。
男たちを解放した後、閻魔はもう天界に帰ろうかと思っていた。
参加者も互いのことを知らず、ただ殺し合いをさせられている。
許せる行為ではないが、止めるにはどうしたら良いのか。
その頃、天界では小魔が閻魔の代わりに仕事をしていた。
量も速さも、閻魔には敵わないが。
「・・・・・・」
横をちらっと見てみると、そこにはもう笑ってしまうほど積まれた巻物が。
そんなとき、珍客が現れた。
「お、お久しぶりです」
「おう。閻魔いるか?」
その人物は、金色の髪に金色の目をした、とても目立つ人だった。
ここにいる者は、ほとんどが黒髪のためか、なんというか、浮いている。
「閻魔様は、今下界に行っています」
「あ?下界?なんで」
「なんでと言われましても」
「小魔なら理由くらい知ってんだろ?どうせ口止めでもされてんだろうけどよ。それとも何か?俺が信用出来ないってか」
「いえ、そういうわけでは」
「なら話せ」
「・・・では、コーヒーでも淹れてきます」
その人物を客間と呼ぶべきか、仕事場よりは綺麗な部屋へと案内すると、小魔は自分用のとふたつ、コーヒーを用意した。
そして部屋に戻ってみると、その男は部屋にある大きな柱時計を眺めていた。
「どうぞ」
「サンキュ」
苦いのが苦手なのか、男はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れた。
「で、閻魔は何しに行ったんだ?」
「それが・・・」
小魔はだいたいの事情を説明すると、男は砂糖を掴み、そのまま舐めとった。
さすがに甘すぎるのではないかと思って見ていた小魔だが、男は気にした様子もなく、もう一口砂糖を舐める。
「初耳、ってわけじゃねぇけど」
「そうなんですか」
「ああ。ま、とはいえ、そういうのがあるらしいよ、くらいにしか聞いてなかったけどな」
「天界の者が関係しているのですか?」
「・・・どうしてそう思う?閻魔が何か言ってたか?」
小魔が持ってきたお菓子を遠慮なしに貪りながら、男は喋る。
クラッカーもチョコも和菓子も、男は口に一緒にしていく。
「いえ。ただ、なんとなくといいますか」
「小魔、お前も閻魔に似てきたな」
「え」
思わぬ言葉に、小魔は嫌そうな声を出してしまった。
閻魔が嫌いとかそういうわけではないが、閻魔に似ていると言われて、喜んで良いものか、それは分からない。
「本に書いてあることを一から十まで覚えるだけなら、誰にでも出来る。だがな、それを扱う人間は、一から十だけじゃ足りねえんだよ」
「はあ・・・」
「知識は小魔、お前の方が高いかもしれないが、知恵や経験ってのは、まだまだ閻魔の方が上ってこったよ」
そう言って、残っていたコーヒーを全て啜り終えると、男は笑いながら去って行った。
まるで嵐のようだったと、小魔は空になったカップを片づけた。
「ったく。俺そんなに目立つか!?」
閻魔は、次々に狙われていた。
なぜかと聞かれると、背が高いからかもしれない。
喧嘩も戦うのも面倒で、閻魔は逃げるに逃げていた。
「そうか。携帯のGPSで居場所もばれてるってことか」
いや、閻魔は持っていないが。
「恐ろしい世の中になったもんだ」
ぶつぶつ文句を言いながら街を歩いていた閻魔だが、誰が開催しているかも分からない、このデスマッチ。
もう少し調べてから帰ろうと考えた。
先程の場所から離れた別のネットカフェに入ると、また閻魔はサイトを開いた。
「あれ」
トーナメント表は、いつの間にか総当たり戦へと変わっていた。
だが、一つのリーグ戦にするには、あまりに人が多かったのか、国ごとに作られていた。
それから、国で勝ち残った者同士でのトーナメントになっていたのだ。
「俺は、これか」
総当たりとは言っても、負け=死なのだから、一回負ければそこで終わりだ。
だが、同じ国にいる中の誰かを狙えば良いということになれば、きっと探すのも楽にはなるのだろう。
まあ、正直言うと、どちらでもやっていることは同じであって、どっちが良い悪いはないが。
「さて、俺の居場所もそろそろバレてるかな?てか従業員が参加してたらどうしよ。あ、それ考えてなかった」
じーっとパソコンの画面を見つめていると、隣の部屋から声が聞こえてきた。
なにやら小言で言っているが、気になった閻魔は壁に耳をつける。
「あ、ど、どうしよ・・・。こんな、こんなことになるなんて・・・。やばい。まじやばい。殺される!」
直観的に、ああ、こいつも参加しちゃったのか、と分かった。
すごく動揺しているのが、聞いているだけでも分かるほどだ。
「も、もしもし、俺だけど・・・うん。やべえって。今どこにいる?え?いや、そうじゃなくて。俺、狙われてるんだよ!助けてくれよ!」
ひそひそと話してはいるが、近くの部屋の者には聞こえているだろう。
誰かに連絡をしたらしいその男は、助けを求めているようだが、電話の相手は信じてくれていないらしい。
参加している者からしてみれば、絶望的な状況なのだろうが、知らない人からしれみれば、そんなことあるわけないと思うだろう。
「もしもし!俺だけど、ちょっと相談があって・・・え?いや、違うって!」
次、また次と、男は携帯に入っている名前に電話をかけ続けるが、誰も信じてはくれていない。
「くそ!どうすればいいんだよ!棄権とかリタイアとか、何かあってもいいじゃねーか!」
そんな都合の良いものがあるはずがない。
そういう逃げ道を用意してくれているなら、そもそもこんなことをしようなんて考えないだろう。
ガタン、と大きな音がしたかと思うと、隣の男は急に静かになった。
「?」
どうかしたのかと思い、ちょっとだけ隣を覗いてみようとした閻魔だったが、個室のドアを開けた瞬間、見知らぬ女性がナイフを持って襲ってきた。
「!」
思わず、反射的に避けると、閻魔は女性のお腹に軽く拳を入れた。
こてん、と倒れた女性は、きっと参加者なのだろう。
近づきやすいようにするためか、女性らしいヒールではなく、パンプスを履いていた。
女性を床に置いたまま、閻魔は隣の部屋をちらっと見てみると、そこには血を流して倒れている男がいた。
脈を取ってみるとまだ微かに動いていたため、閻魔は店から出て、男の携帯から救急車を呼んだ。
「こりゃ、おちおち寝ていられねぇな」
信用できない従業員に連絡は頼めず、自分で連絡をしたのは良いが、その中にも参加者がいたらと思うとぞっとする。
負ける要素はないが、顔を見られるのは後後面倒になるから、出来るだけ避けたい。
「どいつもこいつも」
チッ、と小さく舌打ちをすると、閻魔は人混みに紛れて消えて行く。
「愛柊楓と少し話がしたいんだ」
「え?珍しいね」
「時間はかからない。頼む」
「ダメなんて言わないよ。ダメって言っても入る気でしょ?」
小魔は、雲幻のところに来ていた。
閻魔が、楓もデスマッチの参加者だと言っていた。
何か分かるかもしれないと、小魔は地獄の門に入って行く。
「熱い・・・」
髪が長い小魔は、後ろで一つに縛ると、目的の人物を探し出す。
拷問器具に磔にされた干上がった男、逆さまに吊るされたまま、頭を喰われそうになっている女。
そんな中、身体を焼かれながらも目を瞑って瞑想にふけっている女が見えた。
「愛柊楓」
「・・・あら、何か御用?」
「少し聞きたいことがある」
「何かしら?」
痛みに耐えているのか、楓は顔をしかめながらも、答える。
「デスマッチに関して、知っていることがあれば、教えて欲しい」
「・・・・・・」
目を瞑ったままだった楓は、ゆっくりと目を開けると、小魔の方を見て微笑んだ。
汗ばんだ楓の表情は艶めかしく、どこか一点を見つめ始める。
「一人の男に、誘われたのよ」
「男に?」
「私が愛していた人のうち一人よ」
ふふ、と笑うと、楓はまた目を閉じた。
「『面白いゲームがある。そのゲームに優勝すれば、私達は富を手に入れ、永遠に一緒にいられる』ってね。最初はもちろん、その話に乗るつもりなんてなかったわ。そんなわけのわからないゲームなんて。・・・でもね、先にゲームに参加していた彼が、死んでしまったの。警察は事故だって言っていたわ。納得なんて出来なかった。だから、私は彼の言っていたゲームに参加することにしたの。弔い合戦ってわけじゃないけどね」
ふう、と息を吐きながら、楓はその場にぁ立ち上がり、続いての拷問を受けに行く。
小魔が一度止め、話しを聞く。
「けど、それは単なるゲームじゃなかった。私は狙われる立場になり、狙う立場にもなった。人間って不思議なものね。第三者として見た時には、平和的に終わればいいとか、みんなが殺し合いなんかしなければいいって思うのに、いざ当事者になると、早く殺さなきゃ、って思うの」
楓は首を動かして小魔の方を見ると、少し寂しそうな顔をする。
「手ぶらでいれば、ナイフや刃物には敵わない。ナイフを持っていても、銃には敵わない。私はネットで毒を手に入れて、私を狙ってきた人に刃物を持っていないと油断させ、部屋に招き入れて殺したの。けど、最後には背中を一突きにされて終わり。あっけなかったわ」
「開催者と会ったことは」
「あるわけないじゃない。きっとみんなないわ」
「?」
楓は、次の拷問の準備を始めた。
「私も聞いただけで、しかも噂だから何とも言えないけど」
手首と首を固定されると、楓はまた目を瞑り、少しだけ上を向いた。
「このゲームを始めたのは、他でもない、“神様”って話よ」
それ以上は、拷問が始まってしまい、聞くことが出来なかった。
小魔は門を出ると、雲幻にかけられた声にも気付かなかった。
「あちゃー。なんか考えこんでるよ」
縛っていた髪の毛を解くと、小魔は下界にいる閻魔との連絡を取ろうとする。
最初はノイズが響き、なかなか通信出来なかったが、少しするとノイズも収まってきた。
「閻魔様、気になることを聞きまして」
「・・・・・・わかった。ああ」
小魔からの連絡を受け取った閻魔は、男女に囲まれていた。
「おいおい兄ちゃん、随分と余裕だな」
「ちょっとイケメンじゃない?」
「お前等は下がってろ」
「なによー、私たちは参加してないのに、協力してあげてるんじゃない」
「こんだけ人数がいれば、負けるわけねぇって」
どうしてこうも見つかってしまうのだろう。
もしかすると、自分はかくれんぼで負ける体質なのだろうか。
それとも、こいつらが探し上手なのか。
そんなどうでも良いことを考えていると、背後から一人の男が鉄パイプを持って、閻魔に殴りかかってきた。
振りかぶってきた鉄パイプを素手で受けとめると、右足で男の顔を蹴り飛ばす。
軽い蹴りに見えたのだが、男は鼻から血を出して、そのまま壁にもたれかかるようにして倒れてしまった。
「あ・・・あ・・・」
呆然と見ていた男たちだが、女性の鞄を奪い、そこからナイフを取り出す。
「おおおおおおお!」
折り畳み式だったナイフの刃を出し、閻魔に向かって走って行く。
玉砕覚悟なのだろうか、男の顔は青くなっていた。
身体を捻ってナイフを避けると、ナイフを持っている手首を掴み、男の腕を蹴る。
するとナイフが地面に落ちて行き、続けざまに男のお腹を膝で蹴った。
「ぐうっ・・・!」
丸くなってしまった男を見ると、他の男たちはずりずりと後ずさる。
男が落とした鉄パイプを拾い上げ、肩でぽんぽんしながら近づいていく。
「ひっ・・・!」
男たちが一斉に走り去って行くと、女性もその後を追って行ってしまった。
「ったく。俺に構うなっつの」
鉄パイプを適当にその辺に放り投げると、閻魔はまた街を歩く。
世界中にまで広がってしまっているこのゲームに、終わりなどくるのだろうか。
きっと、ネットの無い環境の方が、幸せなのかもしれない。
「一回戻った方が良いかな?」
そんなことを考えていると、急に背後に人の気配を感じた。
「!?」
まさか、普通の人間に背中をとられるなんて、と思った閻魔が勢いよく振り返ってみると、そこには見知った顔がいた。
あまりにも目立つ格好の、金髪に金目の男。
真っ赤に熟れたリンゴを頬張っているその姿は、誰が見ても異形。
閻魔が言えたことではないが。
「びっくりさせるなよ」
顔を顰めて、閻魔は自分の手を心臓部分に当てて、ふう、と息を吐いた。
それを見て、男はけらけらと楽しそうに笑っている。
「こんくらいでビビるなよ」
「ビビってはいねぇよ」
「ビビってたじゃねぇか」
「ビビってねぇって」
「いや、完全にビビってた」
「俺を誰だと思ってんだよ。絶対にビビってねぇよ」
「誰だっけ?」
「俺は基本的に穏やかな性格をしてるが、なんだがちょっと感情が高ぶりそうだ」
「怖い怖い。で、大体は小魔に聞いてここに来たんだけどよ」
「ああ、それな」
とにかく、目立ってしまうその男を連れて、どこかのビルの屋上へと行った。
カフェなどに入っても良かったのだが、狙われたら面倒なので、屋上にした。
しゃり、とリンゴを齧り、男は屋上にある柵に背を向けて両肘をかける。
真っ青な空を仰ぎ見ていた。
「確かに、ここ最近の生死に関して、異常だったのは分かってた」
男が口を開いた。
「誰が仕掛けたのか知らねぇけど、傍迷惑なこった」
「それだけどな」
閻魔は、ついさっき小魔から連絡がきた内容について話す。
すると、男が手に持っていたリンゴを落とした。
「・・・・・・」
齧りかけのリンゴは、誰かが見つけた重力というものに引っ張られ、地面へと吸い込まれていく。
下に誰もいなくて良かったなんて、そんなこと言えなかった。
「ロゼ?」
どうやら、男はロゼという名らしい。
ロゼは自分を落ち着かせようと、新しいリンゴを取り出すが、今度はそのリンゴを片手でぐしゃっと潰した。
リンゴジュースになってしまったソレは、またしても地面に向かって滴り落ちて行く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらく、二人して黙っていた。
触らぬ仏に祟りなし。
閻魔は大人しくしていようと、何も言わずにロゼが幾つもリンゴを潰していくのを、ただ眺めていた。
だが、いよいよロゼの手の色が変化してきたため、肩をぽん、と叩いた。
「まあまあ」
宥めてはみたが、次の瞬間、ロゼは柵の一部を取り外し、向かいのビルに投げた。
「ああああん!?」
「ロゼ、警察に捕まるぞ」
「俺を捕まえるってか。はっ。随分な御身分なんだな」
「いや、そういうことじゃなくてな」
「おい閻魔。行くぞ」
「え?どこに?俺は待機とかじゃダメ?」
ずんずんと歩いていくロゼの後をついていくと、閻魔を見つけた参加者は後をついてくる。
まるでハーメルンの笛吹きのようだ。
身体から炎が出ているような怒りを発しながら、ロゼは舌打ちを続ける。
「ロゼ、どこ行くんだ?」
「メンドクせえメンドクせえ、ああ!めんどくせぇなア!!」
いきなり大きな声を出すと、ロゼはくるっと身体を反転させた。
二人の後をついてきた参加者は、一斉に閻魔を狙ってくる。
だが、閻魔の前に、ロゼが立ちはだかった。
「おい!てめぇ邪魔だ!てか誰だよ!お前も参加してんのか!?」
「なんだこいつ、載ってねぇぞ」
「どけよ!どかねぇなら、そいつと一緒にぶっ殺すぞ!」
いや、止めといた方がいいよ。
なんて、親切なことを教えてあげる閻魔ではない。
「勝手に俺の名前使いやがって」
「はあ?なにいってんの、お兄さんー?」
「勝手に俺を参加させやがって」
「なにこいつ。さっきからブツブツブツブツ」
「いかれちゃってる?」
「勝手に死にやがって」
「おい、ロゼ・・・」
次の瞬間、参加者たちは泡を吹いてバタバタと倒れてしまった。
止めようとした閻魔も、ロゼの肩に置こうとしていた手の行き場を失い、宙に浮いたままにしている。
「あーあ。どうすんだ、これ」
ふう、と息を吐いて、倒れてしまった人達を足でちょん、と動かしてみる。
気絶しているだけで、死んではいないようだが、これではしばらく起き上がらないだろう。
「こいつらが悪い」
「いや、悪いのはこいつらじゃねぇからな。ひとまずお前は頭を冷やせ」
「何の為にこいつら人間に言語を与えたと思ってる。理性をもっていても尚、こんな馬鹿げたことをするなら、一掃してやる」
「いや、俺の仕事が増えるから止めてくれる?」
「それに、俺の仕業っていうのは、どういうことだ?それについて、ちゃんと説明出来るんだろうな?」
「え、俺が説明するの?俺もそれを調べにきたのに、俺が説明するの?」
「出来無いなら、人間なんか滅ぼしてやる」
「それ、神様の言うことじゃねえよ」
げしげし、と倒れている男たちを蹴りながら、ロゼは髪をかきあげた。
「ふん。こんな馬鹿なことに、俺の名を使うから悪いんだ。当然の報いだな」
「だから、こいつらが使ったわけじゃ」
「よし、やるぞ」
閻魔の話など聞かず、ロゼは空に手をかざす。
すると、空が急に曇り始め、風が強く吹きだした。
「カツラ飛ばないように、しっかり押さえとけよ」
「誰がカツラだ。立派な地毛だ」
雷まで鳴りだしたかと思うと、ロゼは目を閉じ、次に開けたときには、赤い目になっていた。
そして指を動かすと、雷があちこちに落ち出す。
だが、しばらくするとすぐに雷は止み、風も止まって空も明るくなってきた。
「・・・・・・何したんだ?」
「記憶を消した」
「・・・記憶消したって、元のあのサイト消さないと、また同じような奴らが出てくるぞ?」
「それも全部、消した」
「どうやって?」
「説明するのが面倒だ。これ以上俺に迷惑をかけるようなら、本当に全人類を滅ぼしてやってもいいんだ」
その後、閻魔とロゼは二人して天界へと帰って行く。
すぐに仕事に取りかかろうとした閻魔だが、ロゼに止められた。
「もし、俺のことを知ったうえで、あんな喧嘩吹っ掛けてきた奴がいるなら、すぐに教えろ。いいな」
「わかってるよ」
「あ、小魔にもよろしくな」
「どいつもこいつも。俺には何も言わねえくせに」
唇を尖らせ、拗ねる様な仕草を見せた閻魔に、ロゼはまたリンゴを出した。
喉の奥で笑うような声を出すと、リンゴを閻魔に向かって投げてきた。
それをキャッチすると、閻魔は渋い顔をする。
「本当、お前等良く似てきたな」
「はあ?」
「信じれば救われるなんて、運まかせとしか言いようがねぇよな」
「?」
「そんな馬鹿を産み出したのは、俺の責任だ。だから、しっかりと裁いてくれよ」
「・・・ああ。任せとけ」
「ほんじゃぁまあ、俺は帰るけど、油断するなよ?」
「・・・わかってる」
ロゼが最後に閻魔に言ったことは、きっと二人にしか分からない。
小魔が仮眠を取って帰ってきたときには、もうすでに閻魔が仕事をしていた。
「おかえりなさい」
「おう、ただいま」
「いつお戻りになったんですか?」
「んー、二十分くらい前か?ロゼと一緒にな」
終わった巻物を、いつも閻魔は床に置いていく。
その巻物がもう十はあった。
「ご一緒でしたか。お茶くらい出したんですけど」
「ああ、んな気を遣う相手じゃねぇよ。それよりほら」
「?」
閻魔がひょいっと投げてきたのは、先程ロゼに貰ったリンゴだった。
「あいつに貰ったけど、なんか怪しいからいらねぇ。やる」
「怪しいと思ってるものを渡す、その度胸は認めましょう」
小魔はリンゴを持ってどこかに行くと、少ししてカットしたリンゴと紅茶を持って戻ってきた。
「俺煮リンゴの方が好き」
「なら食べなくて結構です」
「いや、食べるけど」
巻物を読みながら、片手間にリンゴを食べ、紅茶も飲む。
何往復も巻物を運んだころ、ふと小魔は思い出した。
「そういえば、解決したんですか」
「ああ?ああ、あれな。ロゼがキレて、参加者の記憶消すわ、サイトも全部消すわで、すぐ解決しちまった」
「キレた?」
「なんか、勝手に自分の名前を使われたのが嫌だったみたいだ。んでもって、優勝者には神と対決、なんてあったもんだから、余計だろ」
そう言われ、なんとなく納得した。
「似てきたと言われました」
「は?誰に?誰が?」
「俺が、閻魔様に」
「・・・俺も言われた気がするな」
「似ていると思いますか?」
「いや、全然。むしろロゼに似てんじゃねぇか?」
「いえ、似ていません」
巻物から顔を上げ、じーっと小魔のことを見ていた閻魔だが、またすぐに巻物に視線を戻す。
「小魔」
「はい」
「あの資料持ってきて」
「わかりました」
来たばかりの頃は、閻魔が言う、アレコレソレなんて、ドレ?と思っていた小魔。
だが、しばらく一緒にいると、何を求めているのか、何を欲しているのか、分かる様になるものだ。
こんな男の下で働くのか、とも思った時期だって勿論あった小魔だが、今ではどうだろうか。
ある日、わかったんだ。
この男は、巻物なんかでは語れない、そんな部分を見ようとしているのだと。
無駄に思えるような言動も、一字一句見逃さないようにしている姿勢も、人としての感情も考えも。
単に閻魔としての仕事をするだけなら、決して必要とはいえないそれらを、この男はきっと生まれながらに持っているのだ。
部下に馬鹿にされても、白い目で見られても、変人だと言われても、気にしない。
「持ってきました」
「さんきゅ。あ、小魔」
「はい」
名前を呼ばれ、小魔はまた何か持ってくるのかと思っていると、閻魔と目があった。
「これ」
「はい?」
差し出されたのは、閻魔が見ている巻物と同じ物。
「俺が下界に行ってる間、やってたんだろ?」
「いえ、あの、嫌です」
「嫌ですじゃねぇって。お前だっていつか閻魔を継ぐかもしれねぇし、俺がいないときお前が仕事やってくれんなら万万歳だ」
「嫌です。時間かかりますし」
「いいんだよ、時間なんてそのうち速くなっから」
そう言われ、小魔は渋々その巻物を手にする。
「んな顔すんなって。零から教えてやっから」
「一からでいいです」
「あんま変わんねぇよ」
夜も更け、閻魔は自分の部屋に戻ろうとしていた。
廊下を歩いていると、二人の顔を持った男がやってきた。
「顔が死んでるぞ」
クク、と笑っている夜焔に、閻魔はやれやれと言った顔をする。
適当に切り返し、すぐにベッドに横になろうと思っていた閻魔だったが、夜焔の横を通り過ぎるとき、耳打ちをされた。
「ロゼが余計な真似をしてくれたな」
「・・・・・・やっぱ、お前か」
「まあいいさ。また同じようなことが起こる。時代とはそういうものだろ?」
「・・・ああ、そうだな。けど、ロゼは怒らせるんじゃねえよ。天地がひっくり返っちまう」
「御忠告ありがとう」
去って行った夜焔のことを見ることなく、閻魔は部屋に戻って行った。
部屋に戻って鍵をかけると、本棚の奥に隠してある、一枚の写真を眺める。
「・・・・・・」
運命の砂時計に導かれ、今日もまた、生命が誕生し、失われていく。
「人間てのは、気楽でいいもんだ」
写真をもとの位置に戻すと、閻魔はベッドに仰向けに寝る。
天井をじーっと見つめ、呟いた。
「神も仏もいやしねぇよ」