第3話

文字数 14,020文字


アシンメトリー
出会いの朝


人生について書きたいなら、まず生きなくてはならない。

          ヘミングウェイ









 いつまで籠っているつもりなのだろうか。

 閻魔が部屋に籠ると言ってから、もうどのくらい経っただろうか。

 小魔が様子を見に部屋に行ってみても、誰かと連絡を取っているようで、小魔ともまともに話さない。

 食事を摂っているのかも分からない。

 コンコン、とドアをノックしてみるが、返事さえない。

 「・・・・・・」

 内側から鍵がかかっているのか、ドアノブを回してみても開かない。

 小魔は諦めて踵を返そうとしたとき、部屋の中から物音が聞こえてきた。

 それから少しして、久しぶりにドアが開いた。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 ドアから出てきた張本人、閻魔と対面ししばらく黙っていた。

 「何してんだ?行くぞ」

 部屋に籠っていたのは誰だ、と言いたくはなったが、口を開く前にさっさと歩きだしてしまった閻魔の後を、大人しくついていくのだった。

 そこにはすでに、一人の女性が待っていた。

 表現するには難しいが、綺麗な女性だ。

 何人もの男を誑かし、唆し、金を巻き上げ、さらには男同士で殺しあいをさせた女。

 けれど、男たちを愛してきた女。

 「よくもまあ、こんなに男を騙せたもんだな」

 巻物を開きながら、閻魔が言う。

 「騙してないわ」

 「あ?」

 「生涯をかけて、全員を愛したの。でも男って不思議なものね。私を自分だけのものにしたがるの。そしたら、頼まなくてもお金をくれたし、勝手に相手の男を殺したの。それって、私には罪はないわよね?」

 女は愛柊楓という。

 確かに、男たちを誑かしてきたとはいっても、詐欺などといったことではないようだ。

 楓には、男を上手く利用していたという意識さえないらしい。

 「なら、金なんかいらないって断れば良かっただろ。そもそも、全員の男を同じように愛したってのがな」

 年下から年上まで、それも十も二十も三十も離れた男とだ。

 愛があれば歳の差なんて、という人もいるだろうが、それにしても人数が多すぎだ。

 「本当のことだもの。私は全員を愛していたし、同等に扱ってきたわ。なのに、勝手に特別だと思っていたのはあっちよ。バッグだって指輪だって洋服だって、欲しいなんて言ってないのに、私に似合うからとか言って、勝手に貢いできたのよ」

 「お前にとって、愛ってなんだ?」

 楓の言い分がいまいち理解出来ない閻魔は、ふと、聞いてみた。

 閻魔の問いかけに対し、楓は可愛らしく首を傾げ、微笑んだ。

 「愛は、夢よ」







 「閻魔様、何かお調べになっていたんですか?」

 やっと部屋から出てきた閻魔は、溜まった仕事を少しでも減らそうとしていた。

 その頑張りがあってか、巻物はどんどん少なくなっていく。

 「ああ、デスマッチに関してな。もうあの様子じゃ、遊佐からは何も聞けねぇだろうし、情報が遮断されてる気もしてよ」

 「?どういうことです?」

 「さっきの女も、参加者だったみてぇだしな」

 しらっと言う閻魔に、小魔は閻魔を見て口を開けた。

 「まあ、詳しいことは後でちゃんと話すからよ。とりあえず今はこの山を片づけねぇとな」

 「わかりました」

 閻魔の言葉を信じ、手渡された巻物を運び、出来るところは手伝った。

 「あ」

 「はい?」

 「小魔に相談があったんだ」

 「なんでしょう。嫌な予感しかしませんが」

 小魔の方を見ると、にへらっと笑う閻魔。

 「俺、下界に行ってくるわ」

 「相談になってませんが」

 まあまあ、とその場を宥められると、今は仕事を終わらせようと、手を動かす。

 やはり閻魔は何を考えているのかと、小魔は首を傾げながらやっていた。

 それから数日間、閻魔と小魔は部屋に籠って仕事を終わらせると、閻魔は小魔を連れて自室へと連れて行った。

 徹夜続きだったためか、眠気を飛ばすためにコーヒーとレモンを用意する。

 閻魔はベッドにどかっと座ってしまい、小魔は佇んでいると、閻魔が本棚の奥の方を指差した。

 「あそこに椅子あるぞ」

 言われた通り行ってみると、折り畳み式の椅子があり、それを本棚の前あたりに置き、そこに座った。

 「デスマッチだがな」

 「はい」

 「ゲーム化してるらしい」

 「ゲーム化、ですか?」

 コーヒーを口に含むと、苦いのか、閻魔は眉間にシワを寄せ、唇を強く閉じた。

 「世界中の至るところで、遊び半分に初める輩が多くて、気付いたときにはもう、逃げられないデスマッチになってる。さっきの女も参加してたが、負けた」

 「負けたから、死んだということですか」

 「多分な。勝ったからって何があるのか、まだそこまではわかってねぇんだ。そこで、俺が実際に下界に行って、調べてこようと思う」

 「しかし、閻魔様がいないとなっては」

 「また部屋にでも籠ってることにしとけばいいだろ。いつでもどこでもやってるらしいからな、そのデスマッチは。そんなに時間はかからねぇと思うんだ」

 「ダメと言っても行くんでしょうから、引きとめはしません」

 「お前もいるしな、浮幻も雲幻もいれば大丈夫だろ」

 楽観的というのか、信頼されているというのか。

 だが、こうすると決めた以上、閻魔は引かないことを知っている小魔の方が、折れるしかなかった。

 「生死とゲームにするなんて奴の顔、いっぺん見ておかねぇといけねぇしな」

 そう言う閻魔の顔は、いつもとは違っていたように感じる。

 そして翌日、閻魔は目立たないように出かけて行った。

 「じゃ、すぐ戻ってくるが、それまで頼んだぞ」

 「仕事が溜まりますので、お早めに」

 「ああ、そっちな」

 閻魔を見送ったあと、小魔は、さて、これからどうやってみんなを誤魔化そうかと考えるのだった。







 「ここが下界かー」

 下界に着いた閻魔は、フード付きのマントのようなものを身につけていた。

 「さてと、どこでやってっかなー」

 特に行き先を決めるわけでもなく訪れた閻魔は、うろうろと街を徘徊していた。

 情報を得るにしても、こんな街中で堂々とは行われていないだろう。

 そこで、閻魔はネットカフェに向かった。

 どうやって入ったのか、そこはひとまず置いておき、閻魔はとあるページを開く。

 「これか?」

 【一攫千金も夢じゃない!あなたもこれで億万長者!】

 なんとも怪しいページを見つけると、閻魔はそこをクリックする。

 だが、それはデスマッチではなく、ただ怪しい勧誘のページだった。

 そこで、思い切ってこう調べた。

 【デスマッチ】

 すると、思ったよりも多くの検索結果が出てきた。

 一番上をクリックすれば、そこにはデスマッチの噂に関する内容が多く書かれていた。

 「えっと」

 現在進行形で行われているデスマッチだが、本当に世界規模にまで発展しているようだ。

 参加者はお金を払う必要はないが、登録はしなければならないようだ。

 本名に年齢、住所などといった個人情報が溢れていることだろう。

 申し込んだ者には、メールが届くらしい。

 そこには、世界各国で参加している人間の情報が載っている。

 それを印刷するなり携帯に送るなりして、みな自分の敵を手にかけていくのか。

 勝者が生き、敗者が死ぬ。

 単純なルールだけがそこに書かれているが、一緒に載っている絵は、まるで子供が描いたもののように、緊張感の欠片もない。

 きっとなにより、参加する理由としては、優勝者は“神”なる者と対戦出来るという理由だろうか。

 いや、それにしても馬鹿げてはいるが、単にゲームだと思って参加してしまった者は、自分がいかに恐ろしいものに参加してしまったか、後に知ることだろう。

 「参加しねぇと、詳しいことはわからねぇか」

 ここで、普通ならば少し躊躇するところなのだろうが、閻魔のすごいところは、ここで一切の躊躇を見せないということだ。

 「参加参加」

 参加する人はこちら。

 そう書かれた下の部分をクリックし、本名ではないが、実在はする人間の名前を載せ、参加のボタンを押す。

 どこでどうやって本名かどうか調べているのか、それはどうでもよいとしよう。

 パソコンからゴゴゴ・・・という効果音が聞こえてきたかと思うと、ページは新しいページへと飛んだ。

 「神殺し?」

 赤い文字で血のように書かれている文字には、そう記されていた。

 下の方にスクロールしていくと、これまでに参加した人、現在の状況、そして、表が載っていた。

 それはまるで、試合のトーナメント表だ。

 自分の名前だけは赤文字で記されており、他は黒字になっている。

 ×をつけられた人は負け、つまりは死んだとうことだろう。

 「なんちゅー人数だ」

 全員を見つけるにも、海を渡っていく必要もあるだろう。

 ましてや、自分の国で自分が勝ち続けなければ、海を渡ることも出来ないが。

 「トーナメントを勝ち進め。さすればあなたは神と戦う権利が与えられる・・・?はあ?何だこれ?」

 こうも毎日参加者が増えては、優勝者が決まるのはいつになることだろう。

 「・・・・・・」

 足を組み、閻魔はその画面をじーっと見つめていた。

 「そもそも神と戦わせるつもりがないか、それとも、本当に戦わせるつもりで、強い奴を探してる?いや、それよりも、神と戦えるなんて信じてるのか?・・・戦わざるを得ない状況ってことか」

 こんなページを作った野郎はどこのどいつだと、閻魔は調べ始めた。

 だが、どこから発信しているのかも、どんな人間がやっているのかも、何もわからなかった。

 参加者となった閻魔だが、ネットカフェを出て街を歩いていた。

 「こんな昼間っから襲われることなんてあるかね」

 個人情報の中には、顔写真まであった。

 閻魔も送ったつもりも撮られた記憶もないのだが、そこには確かに閻魔の顔があった。

 すると、誰かが後ろをついてくる気配を感じた。

 「(早速きたってか)」

 閻魔は狙われやすいように、路地裏を選んでその道を歩く。

 後ろから聞こえてくる、自分以外の足音は、一つではないようだ。

 ぴた、と足を止めて振り返ってみると、そこには五人の男がいた。

 ナイフでも隠し持っているのか、まさか銃は持っていないだろうが。

 「何か用?」

 そう尋ねれば、男たちは一斉に閻魔に向かってきた。

 「おらあぁぁぁぁぁ!」

 威勢よく襲いかかってきた男たちだが、あっという間に、閻魔の尻の下に倒れていた。

 「ふう。若いってのはいいねー」

 「てめ・・・殺さねぇと、勝ったことにはならねぇんだぞ」

 閻魔がのんびりと空を見ていると、顔に痣をつくった男が口を開いてそう言った。

 「ああ、俺別に優勝するつもりはないんだ。ただ、ちょいと話を聞かせてもらえればなと思ったんだけどよ」

 倒れている男たちを一列に並べて正座をさせると、閻魔は男たちの携帯を手にする。

 そこには、閻魔と、きっと男たちの名前であろうところが“大戦中”となっていた。

 「これを作った人、知ってるか?」

 「し、知るわけねぇだろ!こっちだって、騙されたんだ!賭け金もないゲームだと思ったら、こんなことになってて・・・!」

 「殺さねぇと、こっちが殺されるんだよ!」

 「俺たちみたいにグル―プになってる奴らもいるみたいだし」

 「前、ニュースで警察官がこれに参加してて、民間人を殺したってやってて・・・。怖くなったんだよ!」

 男たちは半泣き状態で閻魔に説明をした。

 男たちを解放した後、閻魔はもう天界に帰ろうかと思っていた。

 参加者も互いのことを知らず、ただ殺し合いをさせられている。

 許せる行為ではないが、止めるにはどうしたら良いのか。







 その頃、天界では小魔が閻魔の代わりに仕事をしていた。

 量も速さも、閻魔には敵わないが。

 「・・・・・・」

 横をちらっと見てみると、そこにはもう笑ってしまうほど積まれた巻物が。

 そんなとき、珍客が現れた。

 「お、お久しぶりです」

 「おう。閻魔いるか?」

 その人物は、金色の髪に金色の目をした、とても目立つ人だった。

 ここにいる者は、ほとんどが黒髪のためか、なんというか、浮いている。

 「閻魔様は、今下界に行っています」

 「あ?下界?なんで」

 「なんでと言われましても」

 「小魔なら理由くらい知ってんだろ?どうせ口止めでもされてんだろうけどよ。それとも何か?俺が信用出来ないってか」

 「いえ、そういうわけでは」

 「なら話せ」

 「・・・では、コーヒーでも淹れてきます」

 その人物を客間と呼ぶべきか、仕事場よりは綺麗な部屋へと案内すると、小魔は自分用のとふたつ、コーヒーを用意した。

 そして部屋に戻ってみると、その男は部屋にある大きな柱時計を眺めていた。

 「どうぞ」

 「サンキュ」

 苦いのが苦手なのか、男はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れた。

 「で、閻魔は何しに行ったんだ?」

 「それが・・・」

 小魔はだいたいの事情を説明すると、男は砂糖を掴み、そのまま舐めとった。

 さすがに甘すぎるのではないかと思って見ていた小魔だが、男は気にした様子もなく、もう一口砂糖を舐める。

 「初耳、ってわけじゃねぇけど」

 「そうなんですか」

 「ああ。ま、とはいえ、そういうのがあるらしいよ、くらいにしか聞いてなかったけどな」

 「天界の者が関係しているのですか?」

 「・・・どうしてそう思う?閻魔が何か言ってたか?」

 小魔が持ってきたお菓子を遠慮なしに貪りながら、男は喋る。

 クラッカーもチョコも和菓子も、男は口に一緒にしていく。

 「いえ。ただ、なんとなくといいますか」

 「小魔、お前も閻魔に似てきたな」

 「え」

 思わぬ言葉に、小魔は嫌そうな声を出してしまった。

 閻魔が嫌いとかそういうわけではないが、閻魔に似ていると言われて、喜んで良いものか、それは分からない。

 「本に書いてあることを一から十まで覚えるだけなら、誰にでも出来る。だがな、それを扱う人間は、一から十だけじゃ足りねえんだよ」

 「はあ・・・」

 「知識は小魔、お前の方が高いかもしれないが、知恵や経験ってのは、まだまだ閻魔の方が上ってこったよ」

 そう言って、残っていたコーヒーを全て啜り終えると、男は笑いながら去って行った。

 まるで嵐のようだったと、小魔は空になったカップを片づけた。







 「ったく。俺そんなに目立つか!?」

 閻魔は、次々に狙われていた。

 なぜかと聞かれると、背が高いからかもしれない。

 喧嘩も戦うのも面倒で、閻魔は逃げるに逃げていた。

 「そうか。携帯のGPSで居場所もばれてるってことか」

 いや、閻魔は持っていないが。

 「恐ろしい世の中になったもんだ」

 ぶつぶつ文句を言いながら街を歩いていた閻魔だが、誰が開催しているかも分からない、このデスマッチ。

 もう少し調べてから帰ろうと考えた。

 先程の場所から離れた別のネットカフェに入ると、また閻魔はサイトを開いた。

 「あれ」

 トーナメント表は、いつの間にか総当たり戦へと変わっていた。

 だが、一つのリーグ戦にするには、あまりに人が多かったのか、国ごとに作られていた。

 それから、国で勝ち残った者同士でのトーナメントになっていたのだ。

 「俺は、これか」

 総当たりとは言っても、負け=死なのだから、一回負ければそこで終わりだ。

 だが、同じ国にいる中の誰かを狙えば良いということになれば、きっと探すのも楽にはなるのだろう。

 まあ、正直言うと、どちらでもやっていることは同じであって、どっちが良い悪いはないが。

 「さて、俺の居場所もそろそろバレてるかな?てか従業員が参加してたらどうしよ。あ、それ考えてなかった」

 じーっとパソコンの画面を見つめていると、隣の部屋から声が聞こえてきた。

 なにやら小言で言っているが、気になった閻魔は壁に耳をつける。

 「あ、ど、どうしよ・・・。こんな、こんなことになるなんて・・・。やばい。まじやばい。殺される!」

 直観的に、ああ、こいつも参加しちゃったのか、と分かった。

 すごく動揺しているのが、聞いているだけでも分かるほどだ。

 「も、もしもし、俺だけど・・・うん。やべえって。今どこにいる?え?いや、そうじゃなくて。俺、狙われてるんだよ!助けてくれよ!」

 ひそひそと話してはいるが、近くの部屋の者には聞こえているだろう。

 誰かに連絡をしたらしいその男は、助けを求めているようだが、電話の相手は信じてくれていないらしい。

 参加している者からしてみれば、絶望的な状況なのだろうが、知らない人からしれみれば、そんなことあるわけないと思うだろう。

 「もしもし!俺だけど、ちょっと相談があって・・・え?いや、違うって!」

 次、また次と、男は携帯に入っている名前に電話をかけ続けるが、誰も信じてはくれていない。

 「くそ!どうすればいいんだよ!棄権とかリタイアとか、何かあってもいいじゃねーか!」

 そんな都合の良いものがあるはずがない。

 そういう逃げ道を用意してくれているなら、そもそもこんなことをしようなんて考えないだろう。

 ガタン、と大きな音がしたかと思うと、隣の男は急に静かになった。

 「?」

 どうかしたのかと思い、ちょっとだけ隣を覗いてみようとした閻魔だったが、個室のドアを開けた瞬間、見知らぬ女性がナイフを持って襲ってきた。

 「!」

 思わず、反射的に避けると、閻魔は女性のお腹に軽く拳を入れた。

 こてん、と倒れた女性は、きっと参加者なのだろう。

 近づきやすいようにするためか、女性らしいヒールではなく、パンプスを履いていた。

 女性を床に置いたまま、閻魔は隣の部屋をちらっと見てみると、そこには血を流して倒れている男がいた。

 脈を取ってみるとまだ微かに動いていたため、閻魔は店から出て、男の携帯から救急車を呼んだ。

 「こりゃ、おちおち寝ていられねぇな」

 信用できない従業員に連絡は頼めず、自分で連絡をしたのは良いが、その中にも参加者がいたらと思うとぞっとする。

 負ける要素はないが、顔を見られるのは後後面倒になるから、出来るだけ避けたい。

 「どいつもこいつも」

 チッ、と小さく舌打ちをすると、閻魔は人混みに紛れて消えて行く。







 「愛柊楓と少し話がしたいんだ」

 「え?珍しいね」

 「時間はかからない。頼む」

 「ダメなんて言わないよ。ダメって言っても入る気でしょ?」

 小魔は、雲幻のところに来ていた。

 閻魔が、楓もデスマッチの参加者だと言っていた。

 何か分かるかもしれないと、小魔は地獄の門に入って行く。

 「熱い・・・」

 髪が長い小魔は、後ろで一つに縛ると、目的の人物を探し出す。

 拷問器具に磔にされた干上がった男、逆さまに吊るされたまま、頭を喰われそうになっている女。

 そんな中、身体を焼かれながらも目を瞑って瞑想にふけっている女が見えた。

 「愛柊楓」

 「・・・あら、何か御用?」

 「少し聞きたいことがある」

 「何かしら?」

 痛みに耐えているのか、楓は顔をしかめながらも、答える。

 「デスマッチに関して、知っていることがあれば、教えて欲しい」

 「・・・・・・」

 目を瞑ったままだった楓は、ゆっくりと目を開けると、小魔の方を見て微笑んだ。

 汗ばんだ楓の表情は艶めかしく、どこか一点を見つめ始める。

 「一人の男に、誘われたのよ」

 「男に?」

 「私が愛していた人のうち一人よ」

 ふふ、と笑うと、楓はまた目を閉じた。

 「『面白いゲームがある。そのゲームに優勝すれば、私達は富を手に入れ、永遠に一緒にいられる』ってね。最初はもちろん、その話に乗るつもりなんてなかったわ。そんなわけのわからないゲームなんて。・・・でもね、先にゲームに参加していた彼が、死んでしまったの。警察は事故だって言っていたわ。納得なんて出来なかった。だから、私は彼の言っていたゲームに参加することにしたの。弔い合戦ってわけじゃないけどね」

 ふう、と息を吐きながら、楓はその場にぁ立ち上がり、続いての拷問を受けに行く。

 小魔が一度止め、話しを聞く。

 「けど、それは単なるゲームじゃなかった。私は狙われる立場になり、狙う立場にもなった。人間って不思議なものね。第三者として見た時には、平和的に終わればいいとか、みんなが殺し合いなんかしなければいいって思うのに、いざ当事者になると、早く殺さなきゃ、って思うの」

 楓は首を動かして小魔の方を見ると、少し寂しそうな顔をする。

 「手ぶらでいれば、ナイフや刃物には敵わない。ナイフを持っていても、銃には敵わない。私はネットで毒を手に入れて、私を狙ってきた人に刃物を持っていないと油断させ、部屋に招き入れて殺したの。けど、最後には背中を一突きにされて終わり。あっけなかったわ」

 「開催者と会ったことは」

 「あるわけないじゃない。きっとみんなないわ」

 「?」

 楓は、次の拷問の準備を始めた。

 「私も聞いただけで、しかも噂だから何とも言えないけど」

 手首と首を固定されると、楓はまた目を瞑り、少しだけ上を向いた。

 「このゲームを始めたのは、他でもない、“神様”って話よ」

 それ以上は、拷問が始まってしまい、聞くことが出来なかった。

 小魔は門を出ると、雲幻にかけられた声にも気付かなかった。

 「あちゃー。なんか考えこんでるよ」

 縛っていた髪の毛を解くと、小魔は下界にいる閻魔との連絡を取ろうとする。

 最初はノイズが響き、なかなか通信出来なかったが、少しするとノイズも収まってきた。

 「閻魔様、気になることを聞きまして」







 「・・・・・・わかった。ああ」

 小魔からの連絡を受け取った閻魔は、男女に囲まれていた。

 「おいおい兄ちゃん、随分と余裕だな」

 「ちょっとイケメンじゃない?」

 「お前等は下がってろ」

 「なによー、私たちは参加してないのに、協力してあげてるんじゃない」

 「こんだけ人数がいれば、負けるわけねぇって」

 どうしてこうも見つかってしまうのだろう。

 もしかすると、自分はかくれんぼで負ける体質なのだろうか。

 それとも、こいつらが探し上手なのか。

 そんなどうでも良いことを考えていると、背後から一人の男が鉄パイプを持って、閻魔に殴りかかってきた。

 振りかぶってきた鉄パイプを素手で受けとめると、右足で男の顔を蹴り飛ばす。

 軽い蹴りに見えたのだが、男は鼻から血を出して、そのまま壁にもたれかかるようにして倒れてしまった。

 「あ・・・あ・・・」

 呆然と見ていた男たちだが、女性の鞄を奪い、そこからナイフを取り出す。

 「おおおおおおお!」

 折り畳み式だったナイフの刃を出し、閻魔に向かって走って行く。

 玉砕覚悟なのだろうか、男の顔は青くなっていた。

 身体を捻ってナイフを避けると、ナイフを持っている手首を掴み、男の腕を蹴る。

 するとナイフが地面に落ちて行き、続けざまに男のお腹を膝で蹴った。

 「ぐうっ・・・!」

 丸くなってしまった男を見ると、他の男たちはずりずりと後ずさる。

 男が落とした鉄パイプを拾い上げ、肩でぽんぽんしながら近づいていく。

 「ひっ・・・!」

 男たちが一斉に走り去って行くと、女性もその後を追って行ってしまった。

 「ったく。俺に構うなっつの」

 鉄パイプを適当にその辺に放り投げると、閻魔はまた街を歩く。

 世界中にまで広がってしまっているこのゲームに、終わりなどくるのだろうか。

 きっと、ネットの無い環境の方が、幸せなのかもしれない。

 「一回戻った方が良いかな?」

 そんなことを考えていると、急に背後に人の気配を感じた。

 「!?」

 まさか、普通の人間に背中をとられるなんて、と思った閻魔が勢いよく振り返ってみると、そこには見知った顔がいた。

 あまりにも目立つ格好の、金髪に金目の男。

 真っ赤に熟れたリンゴを頬張っているその姿は、誰が見ても異形。

 閻魔が言えたことではないが。

 「びっくりさせるなよ」

 顔を顰めて、閻魔は自分の手を心臓部分に当てて、ふう、と息を吐いた。

 それを見て、男はけらけらと楽しそうに笑っている。

 「こんくらいでビビるなよ」

 「ビビってはいねぇよ」

 「ビビってたじゃねぇか」

 「ビビってねぇって」

 「いや、完全にビビってた」

 「俺を誰だと思ってんだよ。絶対にビビってねぇよ」

 「誰だっけ?」

 「俺は基本的に穏やかな性格をしてるが、なんだがちょっと感情が高ぶりそうだ」

 「怖い怖い。で、大体は小魔に聞いてここに来たんだけどよ」

 「ああ、それな」

 とにかく、目立ってしまうその男を連れて、どこかのビルの屋上へと行った。

 カフェなどに入っても良かったのだが、狙われたら面倒なので、屋上にした。

 しゃり、とリンゴを齧り、男は屋上にある柵に背を向けて両肘をかける。

 真っ青な空を仰ぎ見ていた。

 「確かに、ここ最近の生死に関して、異常だったのは分かってた」

 男が口を開いた。

 「誰が仕掛けたのか知らねぇけど、傍迷惑なこった」

 「それだけどな」

 閻魔は、ついさっき小魔から連絡がきた内容について話す。

 すると、男が手に持っていたリンゴを落とした。

 「・・・・・・」

 齧りかけのリンゴは、誰かが見つけた重力というものに引っ張られ、地面へと吸い込まれていく。

 下に誰もいなくて良かったなんて、そんなこと言えなかった。

 「ロゼ?」

 どうやら、男はロゼという名らしい。

 ロゼは自分を落ち着かせようと、新しいリンゴを取り出すが、今度はそのリンゴを片手でぐしゃっと潰した。

 リンゴジュースになってしまったソレは、またしても地面に向かって滴り落ちて行く。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 しばらく、二人して黙っていた。

 触らぬ仏に祟りなし。

 閻魔は大人しくしていようと、何も言わずにロゼが幾つもリンゴを潰していくのを、ただ眺めていた。

 だが、いよいよロゼの手の色が変化してきたため、肩をぽん、と叩いた。

 「まあまあ」

 宥めてはみたが、次の瞬間、ロゼは柵の一部を取り外し、向かいのビルに投げた。

 「ああああん!?」

 「ロゼ、警察に捕まるぞ」

 「俺を捕まえるってか。はっ。随分な御身分なんだな」

 「いや、そういうことじゃなくてな」

 「おい閻魔。行くぞ」

 「え?どこに?俺は待機とかじゃダメ?」

 ずんずんと歩いていくロゼの後をついていくと、閻魔を見つけた参加者は後をついてくる。

 まるでハーメルンの笛吹きのようだ。

 身体から炎が出ているような怒りを発しながら、ロゼは舌打ちを続ける。

 「ロゼ、どこ行くんだ?」

 「メンドクせえメンドクせえ、ああ!めんどくせぇなア!!」

 いきなり大きな声を出すと、ロゼはくるっと身体を反転させた。

 二人の後をついてきた参加者は、一斉に閻魔を狙ってくる。

 だが、閻魔の前に、ロゼが立ちはだかった。

 「おい!てめぇ邪魔だ!てか誰だよ!お前も参加してんのか!?」

 「なんだこいつ、載ってねぇぞ」

 「どけよ!どかねぇなら、そいつと一緒にぶっ殺すぞ!」

 いや、止めといた方がいいよ。

 なんて、親切なことを教えてあげる閻魔ではない。

 「勝手に俺の名前使いやがって」

 「はあ?なにいってんの、お兄さんー?」

 「勝手に俺を参加させやがって」

 「なにこいつ。さっきからブツブツブツブツ」

 「いかれちゃってる?」

 「勝手に死にやがって」

 「おい、ロゼ・・・」

 次の瞬間、参加者たちは泡を吹いてバタバタと倒れてしまった。

 止めようとした閻魔も、ロゼの肩に置こうとしていた手の行き場を失い、宙に浮いたままにしている。

 「あーあ。どうすんだ、これ」

 ふう、と息を吐いて、倒れてしまった人達を足でちょん、と動かしてみる。

 気絶しているだけで、死んではいないようだが、これではしばらく起き上がらないだろう。

 「こいつらが悪い」

 「いや、悪いのはこいつらじゃねぇからな。ひとまずお前は頭を冷やせ」

 「何の為にこいつら人間に言語を与えたと思ってる。理性をもっていても尚、こんな馬鹿げたことをするなら、一掃してやる」

 「いや、俺の仕事が増えるから止めてくれる?」

 「それに、俺の仕業っていうのは、どういうことだ?それについて、ちゃんと説明出来るんだろうな?」

 「え、俺が説明するの?俺もそれを調べにきたのに、俺が説明するの?」

 「出来無いなら、人間なんか滅ぼしてやる」

 「それ、神様の言うことじゃねえよ」

 げしげし、と倒れている男たちを蹴りながら、ロゼは髪をかきあげた。

 「ふん。こんな馬鹿なことに、俺の名を使うから悪いんだ。当然の報いだな」

 「だから、こいつらが使ったわけじゃ」

 「よし、やるぞ」

 閻魔の話など聞かず、ロゼは空に手をかざす。

 すると、空が急に曇り始め、風が強く吹きだした。

 「カツラ飛ばないように、しっかり押さえとけよ」

 「誰がカツラだ。立派な地毛だ」

 雷まで鳴りだしたかと思うと、ロゼは目を閉じ、次に開けたときには、赤い目になっていた。

 そして指を動かすと、雷があちこちに落ち出す。

 だが、しばらくするとすぐに雷は止み、風も止まって空も明るくなってきた。

 「・・・・・・何したんだ?」

 「記憶を消した」

 「・・・記憶消したって、元のあのサイト消さないと、また同じような奴らが出てくるぞ?」

 「それも全部、消した」

 「どうやって?」

 「説明するのが面倒だ。これ以上俺に迷惑をかけるようなら、本当に全人類を滅ぼしてやってもいいんだ」

 その後、閻魔とロゼは二人して天界へと帰って行く。

 すぐに仕事に取りかかろうとした閻魔だが、ロゼに止められた。

 「もし、俺のことを知ったうえで、あんな喧嘩吹っ掛けてきた奴がいるなら、すぐに教えろ。いいな」

 「わかってるよ」

 「あ、小魔にもよろしくな」

 「どいつもこいつも。俺には何も言わねえくせに」

 唇を尖らせ、拗ねる様な仕草を見せた閻魔に、ロゼはまたリンゴを出した。

 喉の奥で笑うような声を出すと、リンゴを閻魔に向かって投げてきた。

 それをキャッチすると、閻魔は渋い顔をする。

 「本当、お前等良く似てきたな」

 「はあ?」

 「信じれば救われるなんて、運まかせとしか言いようがねぇよな」

 「?」

 「そんな馬鹿を産み出したのは、俺の責任だ。だから、しっかりと裁いてくれよ」

 「・・・ああ。任せとけ」

 「ほんじゃぁまあ、俺は帰るけど、油断するなよ?」

 「・・・わかってる」

 ロゼが最後に閻魔に言ったことは、きっと二人にしか分からない。

 小魔が仮眠を取って帰ってきたときには、もうすでに閻魔が仕事をしていた。

 「おかえりなさい」

 「おう、ただいま」

 「いつお戻りになったんですか?」

 「んー、二十分くらい前か?ロゼと一緒にな」

 終わった巻物を、いつも閻魔は床に置いていく。

 その巻物がもう十はあった。

 「ご一緒でしたか。お茶くらい出したんですけど」

 「ああ、んな気を遣う相手じゃねぇよ。それよりほら」

 「?」

 閻魔がひょいっと投げてきたのは、先程ロゼに貰ったリンゴだった。

 「あいつに貰ったけど、なんか怪しいからいらねぇ。やる」

 「怪しいと思ってるものを渡す、その度胸は認めましょう」

 小魔はリンゴを持ってどこかに行くと、少ししてカットしたリンゴと紅茶を持って戻ってきた。

 「俺煮リンゴの方が好き」

 「なら食べなくて結構です」

 「いや、食べるけど」

 巻物を読みながら、片手間にリンゴを食べ、紅茶も飲む。

 何往復も巻物を運んだころ、ふと小魔は思い出した。

 「そういえば、解決したんですか」

 「ああ?ああ、あれな。ロゼがキレて、参加者の記憶消すわ、サイトも全部消すわで、すぐ解決しちまった」

 「キレた?」

 「なんか、勝手に自分の名前を使われたのが嫌だったみたいだ。んでもって、優勝者には神と対決、なんてあったもんだから、余計だろ」

 そう言われ、なんとなく納得した。

 「似てきたと言われました」

 「は?誰に?誰が?」

 「俺が、閻魔様に」

 「・・・俺も言われた気がするな」

 「似ていると思いますか?」

 「いや、全然。むしろロゼに似てんじゃねぇか?」

 「いえ、似ていません」

 巻物から顔を上げ、じーっと小魔のことを見ていた閻魔だが、またすぐに巻物に視線を戻す。

 「小魔」

 「はい」

 「あの資料持ってきて」

 「わかりました」

 来たばかりの頃は、閻魔が言う、アレコレソレなんて、ドレ?と思っていた小魔。

 だが、しばらく一緒にいると、何を求めているのか、何を欲しているのか、分かる様になるものだ。

 こんな男の下で働くのか、とも思った時期だって勿論あった小魔だが、今ではどうだろうか。

 ある日、わかったんだ。

 この男は、巻物なんかでは語れない、そんな部分を見ようとしているのだと。

 無駄に思えるような言動も、一字一句見逃さないようにしている姿勢も、人としての感情も考えも。

 単に閻魔としての仕事をするだけなら、決して必要とはいえないそれらを、この男はきっと生まれながらに持っているのだ。

 部下に馬鹿にされても、白い目で見られても、変人だと言われても、気にしない。

 「持ってきました」

 「さんきゅ。あ、小魔」

 「はい」

 名前を呼ばれ、小魔はまた何か持ってくるのかと思っていると、閻魔と目があった。

 「これ」

 「はい?」

 差し出されたのは、閻魔が見ている巻物と同じ物。

 「俺が下界に行ってる間、やってたんだろ?」

 「いえ、あの、嫌です」

 「嫌ですじゃねぇって。お前だっていつか閻魔を継ぐかもしれねぇし、俺がいないときお前が仕事やってくれんなら万万歳だ」

 「嫌です。時間かかりますし」

 「いいんだよ、時間なんてそのうち速くなっから」

 そう言われ、小魔は渋々その巻物を手にする。

 「んな顔すんなって。零から教えてやっから」

 「一からでいいです」

 「あんま変わんねぇよ」







 夜も更け、閻魔は自分の部屋に戻ろうとしていた。

 廊下を歩いていると、二人の顔を持った男がやってきた。

 「顔が死んでるぞ」

 クク、と笑っている夜焔に、閻魔はやれやれと言った顔をする。

 適当に切り返し、すぐにベッドに横になろうと思っていた閻魔だったが、夜焔の横を通り過ぎるとき、耳打ちをされた。

 「ロゼが余計な真似をしてくれたな」

 「・・・・・・やっぱ、お前か」

 「まあいいさ。また同じようなことが起こる。時代とはそういうものだろ?」

 「・・・ああ、そうだな。けど、ロゼは怒らせるんじゃねえよ。天地がひっくり返っちまう」

 「御忠告ありがとう」

 去って行った夜焔のことを見ることなく、閻魔は部屋に戻って行った。

 部屋に戻って鍵をかけると、本棚の奥に隠してある、一枚の写真を眺める。

 「・・・・・・」

 運命の砂時計に導かれ、今日もまた、生命が誕生し、失われていく。

 「人間てのは、気楽でいいもんだ」

 写真をもとの位置に戻すと、閻魔はベッドに仰向けに寝る。

 天井をじーっと見つめ、呟いた。

 「神も仏もいやしねぇよ」






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登場人物紹介

閻魔:天国逝き地獄逝きを決める男。

よく小魔に注意されている。


『糖分必須』

小魔:閻魔の部下

しっかり者。とにかくしっかり者。


『普通です』

浮幻:天国の門番

なぎなたを持ち、強面。


『さっさと逝け』

雲幻:地獄の門番

大鎌を持ち、ニコニコ素敵な笑顔。


『どうぞどうぞ!』

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