第2話

文字数 1,431文字

 長年勤めた産廃工場の酷い職場から見切りをつけられ放り出された中年男は、まぐろ漁船に乗って死ぬほど働き、まとまった金を稼ぐのだが……。その大事な金で何を思ったのか? よせばいいのに一発勝負の博打をして負けてしまい、すっからかんの空っ穴となってしまう。
 あげくの果てに、或る竹藪に住みつくようになった。けれど、藪のなかで目覚めると、まぐろ漁船は夢のなかでの出来事だったと知る。まぐろ漁船での生き地獄の苦しみは、ほんの緑筠の夢だった……そいつは、その夢をみて人生で勝負できなかった己を悟る。
 私はそこまで超越していないが、だんだんきみも世間というものに馴染んでゆき、いろいろなもので汚れてしまった社会に溶け込んでいくのだろう。いや、もうすでに都会に感染されて、どっぷりと浸かっていることだろう。そしてもう、私の存在を感じなくなってきたのかも知れない。だが、それが良いことか悪いことかは、定かではない……。
 そんな俗世間に負けてしまうようなら、いっそのこと超越した仙人になればいいのに、と……ふたたび、私はそんなことを想い自分でも考えたりする……。
 竹藪の仙人は、私の目を突き抜くように睨むと、こう言った。
 よく聞け、おまえはこれから先を生きていくうえで、命を亡くして死ぬようなめに百回は遭うだろう……だが、そのときは素直に罰が当たったと思うがいい……。
 愚かな人間は生きているだけで、生命の源である水を汚し、神ともいえる大自然を破壊している。

 そうだ。罰が当たったと思えばいい……。
 愚かな人間のなかには、もうひとランクもふたランクも劣る、怠け者の惰性で生きている困った馬鹿がたくさん居る。その大馬鹿な者たちは、まんまと自分から社会の至るところに設けられた人生のドツボに嵌り込んでしまいます。
 やがて、この世のなかで地獄の亡者となり果てるのですが……そこには、亡者たちにあの手この手で地獄の責め苦を与える恐ろしい鬼たちが存在します。
 亡者たちはわけも分からず、毎日まいにち地獄の責め苦をドM(マゾ)のように、果てしなく繰り返し受けているのですが……。

 ――まったく人生は裏腹なのです。
 皮肉なことに、厳めしい顔をした恐ろしい鬼たちのほうが大変なのでした。
 なにも考えない、考えることができない亡者たちは、どんどん与えられる責め苦を受けていればいいのですから……。
 逆に鬼たちは、必死になって日夜、寝るのも忘れるほどの知恵を絞り、地獄の責め苦を考えて亡者たちを責め立てているのです。
 仕方のない負のシステムです。地獄の厳しいならわしですが、ほとほと鬼たちも参っているのです。そんな亡者の相手をするのは、うんざりなのですから……。
 でも、本心は優しい鬼たち、本来は極楽にいる人間と何も変わらないのです。鬼たちはお節介で世話焼きなのでした。わざわざ地獄にまで、首を突っ込んでくるのですから。
 鬼たちは、亡者たちに自分自身のことを自覚させようと、毎日まいにち飽きもせず、必死の想いで考えて、亡者たちに地獄の責め苦を与えているのです。
 ですが、情けなくも悲しいことに、亡者たちには何も理解できません。

 普通の人間は、この冬の寒さに外で寝ていたら凍死するが……かなりの高齢である竹藪に住まう仙人は、毎年まいとし秋冬を乗り越えて、雨風や雪にも耐え忍び、生き続けて実際に存在しているから、やはり紛れもなく人を超えた仙人なのだろう……。

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