暗がりの通夜
文字数 1,544文字
蓮見徹にとって、それが初めて出席する通夜になった。
真昼なのに、小雨の降り続く暗い日で、徹はリビングのソファに横になっていた。
ぼんやりとバラエティ番組を眺めていると、家の電話が鳴り出した。電話に出たのは母だったが、セールスのようでもなく、どことなく沈みがちな声は友達からというようでもなかった。
電話を置いた母がこちらを見たので、徹は何気なく尋ねた。
「電話、誰からだったの?」
そして徹は、同級生の橋本由梛(ゆだ)の両親が亡くなったことを知った。
徹は母の運転する車に乗って、会場へと向かった。
母に従うまま、いったいどこへ向かうのかも徹にはよくわかっていなかった。
ただ、うっとうしく続く雨を眺めながら、由梛のことを考えていた。
由梛は同級生の中で最も仲が良いといってもいい存在だった。
しかし、その母といえば一度しかあったことがない。保護者会で一度顔を合わせた程度だ。
母は由梛を女にして、感じを良くしたような人だった(由梛は感じが悪い)。由梛は母親似なんだなと思い、由梛の隣にいた徹を見て微笑みながら会釈もしてくれ、徹の記憶にはしっかり残っている。
しかし、父親は見たこともなかったし、話を聞いたこともなかった。
そもそも由梛と仲が良いといっても、家に遊びに行くような関係でもなかった。電車で二駅隣の距離だったのだが。
そんな自分が通夜に出席して、いったいどんな顔をすればいいのか。
しかし、母は徹から由梛の話も聞いたことがあったし、まるで当たり前のように徹に着替えるよう指示して、車を出したのだった。母は由梛を写真では見たことがあっても、会ったこともない人なのに。
会場には、外までたくさんの人がいた。
徹は、いったいこの中のどれだけが涙を流すのだろうと思った。少なくとも、徹の目につく範囲で、おいおいと泣く人はいない。
同級生の姿も見えないが、徹と同年代らしき人はいた。小学校の時の同級生かもしれない。高校生にもなるとご近所さんばかりではないから、軽くここまでくることもできないだろう。
ましてや由梛のことだ。徹以外にこれといって仲の良い人も思いつかないし、部活にも入っていなかった(徹もだが)。
そういう意味では、徹が来てよかったのかもしれない。高校の友達が誰も来ていないのでは、由梛も寂しかろう。
それよりも、傘が邪魔だ。人がこんなに集まっているのに。
それに、通夜のマナーを徹は全く知らない。
慌てて母に聞くが、「見てればわかる」と言われてしまった。そんなことを言って、息子が恥をかいたらどうするつもりなのか。
それでも、そわそわと前を見て、何か砂をつまめばいいのだということを理解した。
そして、とうとう徹の番が来た。
その時、前に座っている由梛と眼があった気がした。
しかし、その目には涙も見えず、徹の姿に驚いた風もなく、ただ儀礼的に頭を下げただけだった。
徹はそわそわと母の真似をして灰をつまみ、その場を後にした。
帰ろうとしていたところに、「徹」と声をかけてくるものがいた。見れば、元同級生が列に並んでいた。
誰とも分け隔てなく接するタイプで、由梛とも話していたことがあった。
徹は久々に元同じクラスの友人と会って、危うくこんな場で笑顔を浮かべてしまうところだった。
慌てて口元を引き締め、言葉を返す。
「久しぶり。これから?」
「ああ。今来たとこ」
それから少し間をおいて、友人は言った。
「交通事故だって?」
「……ああ。そうらしいね」
気まずい沈黙が流れ、徹は気を取り直すように言った。
「じゃあ、また明日な」
「ああ、明日」
それが、高校二年生の新学期の前日のことだった。
真昼なのに、小雨の降り続く暗い日で、徹はリビングのソファに横になっていた。
ぼんやりとバラエティ番組を眺めていると、家の電話が鳴り出した。電話に出たのは母だったが、セールスのようでもなく、どことなく沈みがちな声は友達からというようでもなかった。
電話を置いた母がこちらを見たので、徹は何気なく尋ねた。
「電話、誰からだったの?」
そして徹は、同級生の橋本由梛(ゆだ)の両親が亡くなったことを知った。
徹は母の運転する車に乗って、会場へと向かった。
母に従うまま、いったいどこへ向かうのかも徹にはよくわかっていなかった。
ただ、うっとうしく続く雨を眺めながら、由梛のことを考えていた。
由梛は同級生の中で最も仲が良いといってもいい存在だった。
しかし、その母といえば一度しかあったことがない。保護者会で一度顔を合わせた程度だ。
母は由梛を女にして、感じを良くしたような人だった(由梛は感じが悪い)。由梛は母親似なんだなと思い、由梛の隣にいた徹を見て微笑みながら会釈もしてくれ、徹の記憶にはしっかり残っている。
しかし、父親は見たこともなかったし、話を聞いたこともなかった。
そもそも由梛と仲が良いといっても、家に遊びに行くような関係でもなかった。電車で二駅隣の距離だったのだが。
そんな自分が通夜に出席して、いったいどんな顔をすればいいのか。
しかし、母は徹から由梛の話も聞いたことがあったし、まるで当たり前のように徹に着替えるよう指示して、車を出したのだった。母は由梛を写真では見たことがあっても、会ったこともない人なのに。
会場には、外までたくさんの人がいた。
徹は、いったいこの中のどれだけが涙を流すのだろうと思った。少なくとも、徹の目につく範囲で、おいおいと泣く人はいない。
同級生の姿も見えないが、徹と同年代らしき人はいた。小学校の時の同級生かもしれない。高校生にもなるとご近所さんばかりではないから、軽くここまでくることもできないだろう。
ましてや由梛のことだ。徹以外にこれといって仲の良い人も思いつかないし、部活にも入っていなかった(徹もだが)。
そういう意味では、徹が来てよかったのかもしれない。高校の友達が誰も来ていないのでは、由梛も寂しかろう。
それよりも、傘が邪魔だ。人がこんなに集まっているのに。
それに、通夜のマナーを徹は全く知らない。
慌てて母に聞くが、「見てればわかる」と言われてしまった。そんなことを言って、息子が恥をかいたらどうするつもりなのか。
それでも、そわそわと前を見て、何か砂をつまめばいいのだということを理解した。
そして、とうとう徹の番が来た。
その時、前に座っている由梛と眼があった気がした。
しかし、その目には涙も見えず、徹の姿に驚いた風もなく、ただ儀礼的に頭を下げただけだった。
徹はそわそわと母の真似をして灰をつまみ、その場を後にした。
帰ろうとしていたところに、「徹」と声をかけてくるものがいた。見れば、元同級生が列に並んでいた。
誰とも分け隔てなく接するタイプで、由梛とも話していたことがあった。
徹は久々に元同じクラスの友人と会って、危うくこんな場で笑顔を浮かべてしまうところだった。
慌てて口元を引き締め、言葉を返す。
「久しぶり。これから?」
「ああ。今来たとこ」
それから少し間をおいて、友人は言った。
「交通事故だって?」
「……ああ。そうらしいね」
気まずい沈黙が流れ、徹は気を取り直すように言った。
「じゃあ、また明日な」
「ああ、明日」
それが、高校二年生の新学期の前日のことだった。