第4話:アヤカシ堂の『お仕事』
文字数 1,827文字
香澄が虎吉・百合・鈴を追跡してたどり着いた場所は、町はずれの工事現場だった。無機質な灰色のコンクリートでできた建物が見える。
「あ、アヤカシ堂さん! お待ちしておりました」
黄色のヘルメットをかぶった緑のつなぎ姿の男が、三人に走り寄った。
「あ、すいませんけど『鳳仙神社』で通してもらえます?」
虎吉が言ったが、
「……今さら遅いだろう」
百合は溜息をつきながら言った。
(……『アヤカシ堂』……?)
香澄は聞き耳を立てながら首をかしげた。
アヤカシ堂はあくまで通称のはず。お祓いの依頼で神社の名前ではなく通称で呼ばれるのはどういうわけだろう。
「――では、ご依頼をお伺いしましょうか」
百合が静かに口を開いた。
「あ、はい。私はこの工事現場の監督でして、あそこの廃墟を取り壊すように依頼されたのですが、その……廃墟に棲みついている妖怪が工事の邪魔を……」
(…………は?)
香澄は耳を疑った。自分もさっきまで妖怪の棲みつくとされる鳳仙神社の取材をしていたが、この現代日本に……妖怪?
もちろん、香澄が妖怪など信じているわけがない。ネタ不足に困った新聞部が企画した鳳仙神社の取材を、香澄は心の底では軽蔑していた。
百合、虎吉、鈴と依頼人の作業員が建物に向かって歩いて行くのを、香澄は工事現場に並ぶ重機の陰に隠れながら追いかけていく。
廃墟となった建物の周りは酷い惨状だった。
頑丈そうな重機が何台も潰れたりへこんだりしている。原型をとどめないほどぐしゃぐしゃになって倒れてしまっているものもあった。
その重機のあいだを縫うように通り抜けていくと、建物の入口が見えた。扉は吹き飛ばされたらしく、ガラスは割れ、大きく穴があいている。
その大穴の前に陣取る巨大な体躯――。
「ブモオオオォォォオオオオ!」
周囲の空気と鼓膜を揺らす雄叫びに、虎吉と百合は姿勢を低く構えた。
それは巨大な、牛、だった。
乳牛として牛乳パックによく描かれる模様の白黒の毛色をした、鋭くねじ曲がった角をはやした牛が、人間の筋骨隆々とした身体をして二足で立っている。明らかに普通の牛ではなかった。
「ふうん、ホルスタイン種のミノタウロスか……珍しいな」
百合は巨大な牛人間を見上げて呟いた。
「なんすかミノタウロスって」
「ミノタウロス……ギリシャ神話に登場する半人半牛の怪物……」
虎吉の疑問に、鈴が静かな口調で答える。
「神話の中では原種(オリジナル)は英雄テセウスによって討伐されたと伝えられているが、その子孫か亜種かな……どちらにしろ日本には本来いない妖怪だ。最近は動物に限らず外来種が日本に巣食って、由々しき問題だな」
百合はため息混じりに肩をすくめた。のんきに解説なんかしている場合じゃないだろう、と香澄は覗きながら思う。この国にこんな怪物――妖怪か――が本当に存在して跋扈していたなんて、そっちのほうが遥かに問題だ。それを目の前にして平然としているなんて、この人達は何者なんだ。
――虎吉は……何者なんだ。
急に幼馴染が遠い世界の存在に思えた。
「ブモアァァァァァアアアアア!」
牛人間――ミノタウロスは荒々しく頭を振り回して吼えた。
工事の作業員が怖気づいて退避する。香澄は必死に写真を撮った。
ミノタウロスが角を振りかざし、百合の立っている方向に突進してきた。百合はふわりとかわし、牛人間は百合の後ろにあった重機に突っ込む。ガシャンと凄まじい金属音を立てて、重機は大破した。
「やれやれ、うるさい牛だ」
百合は飛びのけながら懐から御札を取り出し、ミノタウロスの背中に叩きつける。御札からはバチバチと火花が飛び、ミノタウロスは痛みで背中をそらして呻いた。そこに虎吉が首に下げたアクセサリーを外して手に持った。棒の先に球がついている小さなアクセサリーは、手の中で光を発し、形はそのままに木刀ほどの大きさになった。棒の部分を持って両手で振り回し、球の部分をミノタウロスの頭に勢いよく振り下ろした。鈍い音がして、ミノタウロスは頭を抱えてフラフラとよろけた。
「ブルル……」
怪物は三人に背を向け、建物の中に逃げ込んだ。
「追うぞ、虎吉」
「はい! 皆さんはその場に待機しててください。ヤバイと思ったら避難してください」
百合、虎吉、鈴は建物の中に入っていった。香澄は重機の影から飛び出した。
「あっ、お嬢ちゃんどこから……危ないよ!」
作業員の言葉を無視して、香澄は三人を追って建物の中に入っていった。
〈続く〉
「あ、アヤカシ堂さん! お待ちしておりました」
黄色のヘルメットをかぶった緑のつなぎ姿の男が、三人に走り寄った。
「あ、すいませんけど『鳳仙神社』で通してもらえます?」
虎吉が言ったが、
「……今さら遅いだろう」
百合は溜息をつきながら言った。
(……『アヤカシ堂』……?)
香澄は聞き耳を立てながら首をかしげた。
アヤカシ堂はあくまで通称のはず。お祓いの依頼で神社の名前ではなく通称で呼ばれるのはどういうわけだろう。
「――では、ご依頼をお伺いしましょうか」
百合が静かに口を開いた。
「あ、はい。私はこの工事現場の監督でして、あそこの廃墟を取り壊すように依頼されたのですが、その……廃墟に棲みついている妖怪が工事の邪魔を……」
(…………は?)
香澄は耳を疑った。自分もさっきまで妖怪の棲みつくとされる鳳仙神社の取材をしていたが、この現代日本に……妖怪?
もちろん、香澄が妖怪など信じているわけがない。ネタ不足に困った新聞部が企画した鳳仙神社の取材を、香澄は心の底では軽蔑していた。
百合、虎吉、鈴と依頼人の作業員が建物に向かって歩いて行くのを、香澄は工事現場に並ぶ重機の陰に隠れながら追いかけていく。
廃墟となった建物の周りは酷い惨状だった。
頑丈そうな重機が何台も潰れたりへこんだりしている。原型をとどめないほどぐしゃぐしゃになって倒れてしまっているものもあった。
その重機のあいだを縫うように通り抜けていくと、建物の入口が見えた。扉は吹き飛ばされたらしく、ガラスは割れ、大きく穴があいている。
その大穴の前に陣取る巨大な体躯――。
「ブモオオオォォォオオオオ!」
周囲の空気と鼓膜を揺らす雄叫びに、虎吉と百合は姿勢を低く構えた。
それは巨大な、牛、だった。
乳牛として牛乳パックによく描かれる模様の白黒の毛色をした、鋭くねじ曲がった角をはやした牛が、人間の筋骨隆々とした身体をして二足で立っている。明らかに普通の牛ではなかった。
「ふうん、ホルスタイン種のミノタウロスか……珍しいな」
百合は巨大な牛人間を見上げて呟いた。
「なんすかミノタウロスって」
「ミノタウロス……ギリシャ神話に登場する半人半牛の怪物……」
虎吉の疑問に、鈴が静かな口調で答える。
「神話の中では原種(オリジナル)は英雄テセウスによって討伐されたと伝えられているが、その子孫か亜種かな……どちらにしろ日本には本来いない妖怪だ。最近は動物に限らず外来種が日本に巣食って、由々しき問題だな」
百合はため息混じりに肩をすくめた。のんきに解説なんかしている場合じゃないだろう、と香澄は覗きながら思う。この国にこんな怪物――妖怪か――が本当に存在して跋扈していたなんて、そっちのほうが遥かに問題だ。それを目の前にして平然としているなんて、この人達は何者なんだ。
――虎吉は……何者なんだ。
急に幼馴染が遠い世界の存在に思えた。
「ブモアァァァァァアアアアア!」
牛人間――ミノタウロスは荒々しく頭を振り回して吼えた。
工事の作業員が怖気づいて退避する。香澄は必死に写真を撮った。
ミノタウロスが角を振りかざし、百合の立っている方向に突進してきた。百合はふわりとかわし、牛人間は百合の後ろにあった重機に突っ込む。ガシャンと凄まじい金属音を立てて、重機は大破した。
「やれやれ、うるさい牛だ」
百合は飛びのけながら懐から御札を取り出し、ミノタウロスの背中に叩きつける。御札からはバチバチと火花が飛び、ミノタウロスは痛みで背中をそらして呻いた。そこに虎吉が首に下げたアクセサリーを外して手に持った。棒の先に球がついている小さなアクセサリーは、手の中で光を発し、形はそのままに木刀ほどの大きさになった。棒の部分を持って両手で振り回し、球の部分をミノタウロスの頭に勢いよく振り下ろした。鈍い音がして、ミノタウロスは頭を抱えてフラフラとよろけた。
「ブルル……」
怪物は三人に背を向け、建物の中に逃げ込んだ。
「追うぞ、虎吉」
「はい! 皆さんはその場に待機しててください。ヤバイと思ったら避難してください」
百合、虎吉、鈴は建物の中に入っていった。香澄は重機の影から飛び出した。
「あっ、お嬢ちゃんどこから……危ないよ!」
作業員の言葉を無視して、香澄は三人を追って建物の中に入っていった。
〈続く〉