第25話:幽霊列車・前編

文字数 2,769文字

 俺――番場虎吉が鳳仙神社の社務所に入ると、応接室には既に客人が来ていた。
 その客人は、駅員の制服を着た男性だった。
「ん、虎吉か」
 店長がちらっと俺を見る。
「お邪魔でしたか」
「いいや、君も一緒に座れ。仕事の依頼だからな、君にも話を聞いてもらいたい」
 店長はぽんぽんと自分の隣を叩く。俺はそれに従い、ソファに座った。
 しかし、神社に直接お客様が来るのは珍しい。たいていは、電話で依頼が来る。この神社でお祓いらしいお祓いをしたこともない。まあ、『アヤカシ堂』なんて呼ばれてるし不気味な噂もあるし、近寄りたがる物好きな人間もいないのだろう。
「わたくしは、宝船駅で駅員をしている轟と申します」
 轟さんはそう挨拶した。
「この度、宝船駅で困ったことがありまして」
「困ったことと言うと……やはり列車関連、ということになるのでしょうか」
 店長は訊ねる。
「ええ、実は宝船駅には終電後、毎晩冥界行きの幽霊列車が停まるのですが……」
 いや、待て待て待て。
「め、冥界行きの……幽霊列車?」
「ええ、驚かせて申し訳ございません。アヤカシ堂の方なら、この町が特別強い魔力の流れを持っているのはご存知ですね?」
「あ、はい、まあ」
「そのせいでこの町には悪魔や妖怪が集まってきます。その方々のために、あの世とこの世を繋ぐ列車――幽霊列車が運行しているのです」
 動揺する俺に、轟さんは流暢に説明する。
「宝船市に住んでるなら常識だろ」
「いや、どんな常識ですか」
 すました顔の店長に、俺はツッコミを入れる。
「で、その幽霊列車になにか問題が?」
「ええ、その列車に、地獄行きを拒否する悪霊が取り憑いてしまい、冥界への運行が困難になってしまったのです」
 店長の言葉に、轟さんは困った表情を浮かべる。
「幽霊列車は現在、朝まで夜な夜な環状線をぐるぐる回る状態になってしまい、乗客のみなさんがたいへん迷惑しております。そこでアヤカシ堂様になんとかしていただきたく……」
「要は、その悪霊を除霊すればいいのですね」
「さようでございます」
 轟さんは礼儀正しく頭を下げる。
「それで、報酬についてなのですが……わたくしの集めた列車関連のコレクションでなんとかなるでしょうか?」
「ええ、大丈夫だと思います。持ち主の心が強く宿ったものは、それだけで価値のある宝物です」
 店長は優しい微笑みを浮かべる。轟さんはほっと息をついた。
「良かった。これでわたくしも安心して成仏できそうです」
「成仏、って……?」
 轟さんの言葉に、俺は首をかしげる。
「実はわたくしも幽霊なのでございます。まあ、駅員の仕事を続けなければいけないので成仏は半分冗談ですが」
 轟さんはそう言って、片足を上げる。
 ――足先が透き通っていた。本当に、幽霊だ。
「それではよろしくお願いいたします。終電後、またお会いしましょう」
 そう言って、轟さんはスーッと滑るように石段を降りて帰っていった。
「でも、終電後の駅ってどうやって侵入するんすか?」
「さすがに轟さんが入れるようにしてくれるとは思うが」
 俺と店長は会話を交えながら夜に向けて準備をする。明日が学校休みで良かった。もしかしたら徹夜での仕事になるかもしれないし。
 列車内という閉所での戦闘を想定して武器の選定をしようかと思ったが、変幻自在に形を変えられる如意棒なら問題ない気がする。如意棒、便利すぎる。
 店長は紙に筆で文字を書き、御札を大量生産している。聞くところによれば、日頃から御札を大量にストックしているらしい。アヤカシ堂の蔵を開いてくれる鈴がいるとはいえ、万が一鈴が再起不能になった場合、自分で戦える武器がないと、非力な店長は一気に不利になる。彼女にとって御札は通常装備であり、最後の切り札である。
さて、準備を済ませた俺達は、宝船駅へと向かう。
 店長は車も免許も持っていない。まあ自分で翼を生やしたり、竜となった鈴の背中に乗ったりして飛んで移動できるのでそもそも必要ない。
 しかし人間や竜が空を飛んでいたら流石に目立つのでは? と思いもするのだが、
「あらかじめ妨害結界を張っておけば空を見上げる人間がいたとしても視界に映っても脳内には感知されない」
 というよくわからない理屈を言われた。魔術の一種……なのだろうか? 便利なものである。
 鳳仙神社から駅までは徒歩では遠いので、俺と店長は黒竜と化した鈴の背中に乗り、駅へと飛んでいった。
 終電後の駅は電気もついていない。駅の入口ではあの轟さんが待っていた。
「アヤカシ堂様、お待ちしておりました」
 そう言って、轟さんは駅のシャッターを開ける。
「ご案内いたしますので、ついてきてください。電気がつけられなくてご不便かとは存じますがご容赦を」
 轟さんは足がないためか、スーッと滑るように移動する。
「虎吉、悪いが導いてくれるか? 私は夜目がほとんどきかないんだ」
 そう言って、店長は俺の手を握った。何故かドキッとした。
 細くて小さくて、華奢な手である。この手で、店長はずっと妖怪と戦ってきたのか。
 性格の悪ささえどうにかなれば、本当に引く手あまたの美女である。
 そんなことをつらつらと考えながら、俺は店長に歩幅を合わせつつ、轟さんに置いていかれないように歩いていく。
 ちなみに俺は吸血鬼の血が流れているせいか、夜でも昼のようにハッキリ見える。店長と手をつなげるなら役得かもしれない。
 ――いや、役得ってなんだよ。俺は人間に戻りたいのに。
 俺はひとりで首を横に振って、気持ちを切り替える。そう、それより今から仕事なんだ。悪霊を早くやっつけて早く帰って寝たい。
 轟さんに案内されて、駅のホームにやってくると、そこにはシュー……と煙を上げる機関車があった。なんだか時代錯誤を感じるが、まあ冥界行きと考えるとこのくらいが雰囲気はある。
「悪霊というのはどこにいるのです?」
 店長は機関車の先頭部分を見るが、特に変わった様子はない。
「悪霊は機関車の中を自由に移動するのでございます。なかなか尻尾が掴めなくて困っているのです」
 轟さんは眉尻を下げ、本当に困っている顔をしている。
「ひとまず、列車に乗り込んで探してみるしかないということか……」
 ふむ、と店長はうなずいた。
「でも、冥界に行く列車でしょう? 俺ら、帰ってこれるんですか?」
「環状線を回っている限り、列車が冥界に行くことはないだろう。悪霊を倒したあと冥界に向かったとしても、ちゃんと現世に帰ってこれる便もあるから安心したまえ」
 不安をこぼす俺に、店長は冷静に返す。
 そうか、言われてみれば妖怪や悪魔が冥界と現世を往復しているのなら、そういう便もあるのか。
 俺は納得と安堵を覚えた。
「では、早速乗り込もう」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
 轟さんは制帽に指をかけて、俺たちを見送ってくれた。

〈続く〉
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