第45話:クロガネのリベンジ・後編
文字数 2,101文字
「店長――ッ!!」
何も出来ず、立ち尽くした俺が叫ぶ。
店長の腹は、硝子が割れるように穴が空き、その傷口から黒いヒビがパキパキと広がっていった。妖刀から放たれる妖気が店長の身体に注ぎ込まれているのか、ヒビはどんどん広がっていく。
ゴポッ、と店長が血を吐いた。
「ハハ、やった……やったぞ……やっとだ……やっと一族のかたきを討ったぞ……ハハ、クハハハハハハハ!」
すでに正気を失った復讐者は発狂したように高笑いをする。悪夢のような光景。
しかし。
しばらくすると、ひび割れの進行が止まり、逆にヒビが修復されていく。
「――ハ?」
クロガネは当初気づかなかったようだが、腹に開いた大穴すら閉じていくのを見て、彼は高笑いをやめた。
腹の穴が閉じると、今度は妖刀『惡一文字』が店長の身体の中に吸収されていく。
「……なんだ……なんだこれは……どうなっているんだ……?」
「……ゲップ。クク、ありがとなボウズ。こりゃ美味い妖力だ」
動揺を隠せない様子のクロガネに、店長(?)がニヤリと笑う。
店長の様子がおかしい。白目の部分が真っ黒に染まり、いつもの魔女の笑みとはまた違う、純粋に邪悪な笑みを浮かべている。
「……お前は、誰だ?」クロガネは呆然とした様子で呟くように問う。
「ん~、これから死ぬやつに名乗ってもなあ……」
「なんだと――」
次の瞬間には、店長(?)の腕がクロガネの胸を貫いていた。
クロガネが先ほどの店長のように口から血を吐く。
誰が見ても致命傷だった。
「まあいいか。俺の名はネイクス。蛇の悪魔ネイクスだ。縁があったら地獄でまた会えるかもな?」
――ネイクス? 蛇の悪魔ネイクスだと?
俺は理解が追いつかない。
ネイクスは以前、悪魔祓いの際に俺たちアヤカシ堂が祓おうとした悪魔だ。
最終的にその悪魔は店長の身体の中に封じられた(というか自分から飛び込んできた)。
その悪魔が表に出てきたということは、店長は――?
「――迎えに来ましたよ、姉さん」
突如、頭上から声が降ってきた。
エネルギー体の翼を生やした因幡白兎がふわりと降り立った。
「因幡さん!?」
俺の言葉を無視して、因幡さんは手に持った鳥かごの蓋を開ける。
鳥かごに吸い込まれるように、小さな太陽のような黄金の魂が鳥かごの中に収まった。
「さて、姉さんの魂は確保した。このまま天界に帰還する」
「ま、待てよ! 店長の身体がまだ悪魔に乗っ取られてるんだぞ!」
そのまま翼で飛翔しようとする因幡さんに、俺は抗議の声を上げる。
「? その身体は姉さんの容れ物でしかないだろう。僕は姉さんの魂さえ無事ならそれでいい。悪魔が地上で暴れるならそれを鎮める適任者が他にいるはずだ」
我関せず、という態度で、因幡さんはヒュン、と羽を残して消えてしまった。地面に落ちた羽は、静かに崩壊し、エネルギー体の塵となって風に吹かれて消えていく。
残されたのは途方に暮れた俺と、鈴と、悪魔と、臨死の復讐者。
血溜まりの中で、クロガネは走馬灯を見ていた。
シロガネは自分が小さい頃から、よく面倒を見てくれていた。従者でありながら兄のような存在だった。
アヤカシ大戦の際も、今の自分のように血溜まりの中に倒れ伏す両親に追いすがろうとする自分を、一所懸命に逃がそうとした。
両親の死体の傍らに立っていた天馬百合を親の仇と追い続け、居場所を探し続けて日本中をシロガネとともにさすらった。
旅の途中で、みすぼらしい子犬の妖怪を拾った。彼もまた、アヤカシ大戦で親を失っていた。
その子犬にコガネと名付け、「俺達の仲間だからお前も猫妖怪だ」なんて教えたら本気にして。
シロガネとコガネとの旅は、復讐の旅とはいえ楽しいことも苦しいことも一蓮托生だった。
同じ釜の飯を食い、寒い夜は焚き火をしながら身を寄せ合うような。
天馬百合に復讐することを忘れてしまいそうな、不幸なことばかりでもない旅だった。しかし、俺達はこの目的のために集まったメンバーでもあった。
実際に天馬百合の居場所を突き止めても、女神にもてあそばれて、半妖風情に邪魔されて。屈辱を味わった。
俺たちには力が足りなかった。復讐するために手段を選ばない、覚悟が足りなかった。
だから『蠱毒の術』で妖力を蓄え、『惡一文字』という対女神用の武器をこしらえて。
妖刀を完成させるためには、怨念が必要だった。
シロガネは覚悟ができていたようだった。コガネには申し訳ないことをした。
刀鍛冶を、シロガネを、コガネを斬って、その妖刀はようやく完成したのだ。
もう後戻りはできない。天馬百合を殺すまで、もう俺は止まれない。
そして、殺した。殺したはずだった。
「――……ごめん。シロガネ、コガネ…………」
俺の復讐は、完遂できたのだろうか。
それが確認できないことだけが、心残りだった。
指先が、足先が、冷たくなっていくのを感じる。
俺は、復讐者として地獄に落ちるのだろう。
シロガネとコガネも、それに加担したものとして地獄に落ちてしまうだろうか。
だんだんと、意識が遠のいていく。
血の海に沈むように、クロガネは――猫宮一族の最後の生き残りは死んだ。
〈続く〉
何も出来ず、立ち尽くした俺が叫ぶ。
店長の腹は、硝子が割れるように穴が空き、その傷口から黒いヒビがパキパキと広がっていった。妖刀から放たれる妖気が店長の身体に注ぎ込まれているのか、ヒビはどんどん広がっていく。
ゴポッ、と店長が血を吐いた。
「ハハ、やった……やったぞ……やっとだ……やっと一族のかたきを討ったぞ……ハハ、クハハハハハハハ!」
すでに正気を失った復讐者は発狂したように高笑いをする。悪夢のような光景。
しかし。
しばらくすると、ひび割れの進行が止まり、逆にヒビが修復されていく。
「――ハ?」
クロガネは当初気づかなかったようだが、腹に開いた大穴すら閉じていくのを見て、彼は高笑いをやめた。
腹の穴が閉じると、今度は妖刀『惡一文字』が店長の身体の中に吸収されていく。
「……なんだ……なんだこれは……どうなっているんだ……?」
「……ゲップ。クク、ありがとなボウズ。こりゃ美味い妖力だ」
動揺を隠せない様子のクロガネに、店長(?)がニヤリと笑う。
店長の様子がおかしい。白目の部分が真っ黒に染まり、いつもの魔女の笑みとはまた違う、純粋に邪悪な笑みを浮かべている。
「……お前は、誰だ?」クロガネは呆然とした様子で呟くように問う。
「ん~、これから死ぬやつに名乗ってもなあ……」
「なんだと――」
次の瞬間には、店長(?)の腕がクロガネの胸を貫いていた。
クロガネが先ほどの店長のように口から血を吐く。
誰が見ても致命傷だった。
「まあいいか。俺の名はネイクス。蛇の悪魔ネイクスだ。縁があったら地獄でまた会えるかもな?」
――ネイクス? 蛇の悪魔ネイクスだと?
俺は理解が追いつかない。
ネイクスは以前、悪魔祓いの際に俺たちアヤカシ堂が祓おうとした悪魔だ。
最終的にその悪魔は店長の身体の中に封じられた(というか自分から飛び込んできた)。
その悪魔が表に出てきたということは、店長は――?
「――迎えに来ましたよ、姉さん」
突如、頭上から声が降ってきた。
エネルギー体の翼を生やした因幡白兎がふわりと降り立った。
「因幡さん!?」
俺の言葉を無視して、因幡さんは手に持った鳥かごの蓋を開ける。
鳥かごに吸い込まれるように、小さな太陽のような黄金の魂が鳥かごの中に収まった。
「さて、姉さんの魂は確保した。このまま天界に帰還する」
「ま、待てよ! 店長の身体がまだ悪魔に乗っ取られてるんだぞ!」
そのまま翼で飛翔しようとする因幡さんに、俺は抗議の声を上げる。
「? その身体は姉さんの容れ物でしかないだろう。僕は姉さんの魂さえ無事ならそれでいい。悪魔が地上で暴れるならそれを鎮める適任者が他にいるはずだ」
我関せず、という態度で、因幡さんはヒュン、と羽を残して消えてしまった。地面に落ちた羽は、静かに崩壊し、エネルギー体の塵となって風に吹かれて消えていく。
残されたのは途方に暮れた俺と、鈴と、悪魔と、臨死の復讐者。
血溜まりの中で、クロガネは走馬灯を見ていた。
シロガネは自分が小さい頃から、よく面倒を見てくれていた。従者でありながら兄のような存在だった。
アヤカシ大戦の際も、今の自分のように血溜まりの中に倒れ伏す両親に追いすがろうとする自分を、一所懸命に逃がそうとした。
両親の死体の傍らに立っていた天馬百合を親の仇と追い続け、居場所を探し続けて日本中をシロガネとともにさすらった。
旅の途中で、みすぼらしい子犬の妖怪を拾った。彼もまた、アヤカシ大戦で親を失っていた。
その子犬にコガネと名付け、「俺達の仲間だからお前も猫妖怪だ」なんて教えたら本気にして。
シロガネとコガネとの旅は、復讐の旅とはいえ楽しいことも苦しいことも一蓮托生だった。
同じ釜の飯を食い、寒い夜は焚き火をしながら身を寄せ合うような。
天馬百合に復讐することを忘れてしまいそうな、不幸なことばかりでもない旅だった。しかし、俺達はこの目的のために集まったメンバーでもあった。
実際に天馬百合の居場所を突き止めても、女神にもてあそばれて、半妖風情に邪魔されて。屈辱を味わった。
俺たちには力が足りなかった。復讐するために手段を選ばない、覚悟が足りなかった。
だから『蠱毒の術』で妖力を蓄え、『惡一文字』という対女神用の武器をこしらえて。
妖刀を完成させるためには、怨念が必要だった。
シロガネは覚悟ができていたようだった。コガネには申し訳ないことをした。
刀鍛冶を、シロガネを、コガネを斬って、その妖刀はようやく完成したのだ。
もう後戻りはできない。天馬百合を殺すまで、もう俺は止まれない。
そして、殺した。殺したはずだった。
「――……ごめん。シロガネ、コガネ…………」
俺の復讐は、完遂できたのだろうか。
それが確認できないことだけが、心残りだった。
指先が、足先が、冷たくなっていくのを感じる。
俺は、復讐者として地獄に落ちるのだろう。
シロガネとコガネも、それに加担したものとして地獄に落ちてしまうだろうか。
だんだんと、意識が遠のいていく。
血の海に沈むように、クロガネは――猫宮一族の最後の生き残りは死んだ。
〈続く〉