第16話
文字数 2,450文字
「それで姉さんは退院したらウチに来ることになったのか」
十夜は一連の内容に頷くと、
「そうなの」
と母も頷いた。
しかし、病院で榛名は、
「退院したらウチからリハビリ通うのはどう?って朝子さんが提案してくれたんだよね」
とは言っていた。
大体自分は眠っていたが、朝子がよくお見舞いに来てくれたとは話していた。
だが時任とお祖母さんが一切病院に来なかったことについては何も言わなかった。
なぜだろう?言いにくかったのか。母から聞いた方が良いと考えたのか。
十夜の話を聞くことに重きを置いてくれていた様子はあった。
だが先程の母の話だと喋るのが辛そうだったと言う。
今日、十夜に会った時に割とよく喋っていたのはずいぶん気を張っていたからなのだろう。
それに気付かなかった十夜は己を恥じた。
そこでふと十夜は、
「今後、時任さんとは……」
そう聞いてみると、
「もちろん再婚なんてしないわよ!」
テーブルを拳でゴンと叩く素振りでそう言った。
「榛名ちゃんには言えなかったのよね。時任さんはお祖母ちゃんが腰を痛めちゃって、その介抱と義実家のこと色々やってて大変みたい、って説明しておいたけど信じてそうだった?」
母が今日の病室での榛名の様子を聞く。
「うーん。その話は一切出なかったんだよな。もしかすると何か察するものはあったのかもしれない」
十夜は腕組みしながらそう伝えた。
「やっぱりそっかぁ」
母も何か思うところがあるようだ。
「何て説明すれば良いのか考えてるのよ。まずはそのチラッと見えた女の人のことは榛名ちゃんには言わない。十夜も絶対言っちゃダメよ」
「わかってるよ」
十夜は真面目にそう答えた。
「浮気かもしれないけど、偶然居た親戚かもしれないし。んーでも時任さんも亡くなった奥さんもきょうだい居ないって言ってた気がするけど。近所の人とか友達かもしれないし。すべて憶測で確定事項じゃないから。とにかく榛名ちゃんを不安にさせる様なことは絶対言わないということで!」
と母は念を押した。
十夜も大体同じようなことを考えていた。やはり自分の理屈っぽさは母から来てるのかもしれないと十夜は思った。
だが十夜はもう1つの可能性も考えていたが、それは敢えて口にしなかった。
母は説明を続けた。
「母さんだけがスルーされてるんなら、後は私と時任さんの間で結婚取り止めの書類に合意のサインでもすれば終了よ。それも本来は問題なんだけど、さらに問題なのは榛名ちゃんもスルーされてるって事なのよ!こんな事故に遭って入院って時に信じられる?」
母は本気で怒っていた。
「信じられないよな」
十夜もそう思う。今までだったら完全に同意していた。
だが、もしかすると我々が手におえないような領域の事情があるのかもしれない。
それは先日の出来事を経験したからそう思うようになったのだ。
そう、あの大崎や割木のような出来事があったから。
「今後も向こうが何もしなければ榛名ちゃんも変に思うでしょ。もう思ってるかもしれない。だからもう少し容態が落ち着いたら、見たままの現実を話そうと思うの。さっきの女の人は抜きで」
母は十夜に提案するようなポーズで言った。
「そうするしかないよな。問題は伝え方か」
十夜も同意した。
「ストレートに言うと、私も連絡スルーされていて義実家に行ったら義両親とキャッキャウフフな時任さんを見ました。ってなるけど、どうよ!?」
母は少々キレながら言った。
「狂気だよな……」
この後も十夜と母は意見を出し合った。
ひとまず榛名には本当のことは言わず、祖母の腰痛で胡麻化そうということになった。
退院したらウチで過ごしてもらい、とにかく治療に専念してもらいたい。
ちょっと遠くなるけど、リハビリに行く際は母が車を出すと言っている。
その頃には十夜も夏休みに入っているから、また帰省して平日のリハビリの際はタクシーを呼んで自分が付き添うのでも良い。バイトとの兼ね合いはこれから計算するとしよう。
そして榛名にもし真相を伝える必要がある時は、必ず十夜も居る時でという事でその日の話し合いは終わった。
しかし終わりがけに、
「十夜って榛名ちゃんといつの間にか仲良しだったのね。意外だわー」
と母が心底驚いたように言った。
「別に仲良しって訳じゃ……」
十夜は突然のことにむせそうになったが、母は続けて言った。
「だって前だったら他人が家に来るの嫌だーって言ってたじゃない。時任さんのこともイヤで大阪行っちゃったくせにー。榛名ちゃんは良いのね」
ふふっ、と母はからかうように言った。
「他人が家に来るのは今でも嫌だよ。きっと俺が死ぬまで変わらない。時任さんのことは本当にごめん。悪かったって思ってる。でも悪いなと思ってもやっぱり大阪には行った」
母の「榛名ちゃんは良いのね」の言葉は一旦スルーして、十夜はそう答えた。
実際、榛名が家に来るのはまったく嫌ではないのだ。むしろ時任や祖父母がそういう状態なら、ウチに来るのが良いと思っていた。それに榛名を「他人」と定義するのはなんだか寂しいことのような気がした。
そして母には今回の件も含め申し訳なかったと思っている。母に幸せになって欲しいのは紛れもない本心だ。自分が妥協すれば我慢すれば今回のようなことは起きなかったのだろうか。分からない……。
だが自分は結局のところ妥協も我慢も出来なかったと思う。そうしなければ、自分がおかしくなっていたと思うから。
「そっかー。でもそれで良かったんだよ。大阪での暮らしが楽しそうで母さん嬉しいよ。だから十夜は自分の感覚や自分で決めたことを後悔する必要なんてないよ」
母は笑顔でそう言った。
「でも榛名ちゃんとホントいつの間に仲良くなってたの?今日みたいに夜行高速バスで急に帰ってきちゃうぐらいにさ。まあ母さんは帰ってきてくれて嬉しいけど。大阪で連絡取り合ってたの?」
母はやはりそこが気になるようだが、思春期の息子が、いや思春期でなくとも言う訳ないだろう!と十夜は思った。
「たまにだよ。たまに」
おやすみ、と言い残して自室に逃げた。
十夜は一連の内容に頷くと、
「そうなの」
と母も頷いた。
しかし、病院で榛名は、
「退院したらウチからリハビリ通うのはどう?って朝子さんが提案してくれたんだよね」
とは言っていた。
大体自分は眠っていたが、朝子がよくお見舞いに来てくれたとは話していた。
だが時任とお祖母さんが一切病院に来なかったことについては何も言わなかった。
なぜだろう?言いにくかったのか。母から聞いた方が良いと考えたのか。
十夜の話を聞くことに重きを置いてくれていた様子はあった。
だが先程の母の話だと喋るのが辛そうだったと言う。
今日、十夜に会った時に割とよく喋っていたのはずいぶん気を張っていたからなのだろう。
それに気付かなかった十夜は己を恥じた。
そこでふと十夜は、
「今後、時任さんとは……」
そう聞いてみると、
「もちろん再婚なんてしないわよ!」
テーブルを拳でゴンと叩く素振りでそう言った。
「榛名ちゃんには言えなかったのよね。時任さんはお祖母ちゃんが腰を痛めちゃって、その介抱と義実家のこと色々やってて大変みたい、って説明しておいたけど信じてそうだった?」
母が今日の病室での榛名の様子を聞く。
「うーん。その話は一切出なかったんだよな。もしかすると何か察するものはあったのかもしれない」
十夜は腕組みしながらそう伝えた。
「やっぱりそっかぁ」
母も何か思うところがあるようだ。
「何て説明すれば良いのか考えてるのよ。まずはそのチラッと見えた女の人のことは榛名ちゃんには言わない。十夜も絶対言っちゃダメよ」
「わかってるよ」
十夜は真面目にそう答えた。
「浮気かもしれないけど、偶然居た親戚かもしれないし。んーでも時任さんも亡くなった奥さんもきょうだい居ないって言ってた気がするけど。近所の人とか友達かもしれないし。すべて憶測で確定事項じゃないから。とにかく榛名ちゃんを不安にさせる様なことは絶対言わないということで!」
と母は念を押した。
十夜も大体同じようなことを考えていた。やはり自分の理屈っぽさは母から来てるのかもしれないと十夜は思った。
だが十夜はもう1つの可能性も考えていたが、それは敢えて口にしなかった。
母は説明を続けた。
「母さんだけがスルーされてるんなら、後は私と時任さんの間で結婚取り止めの書類に合意のサインでもすれば終了よ。それも本来は問題なんだけど、さらに問題なのは榛名ちゃんもスルーされてるって事なのよ!こんな事故に遭って入院って時に信じられる?」
母は本気で怒っていた。
「信じられないよな」
十夜もそう思う。今までだったら完全に同意していた。
だが、もしかすると我々が手におえないような領域の事情があるのかもしれない。
それは先日の出来事を経験したからそう思うようになったのだ。
そう、あの大崎や割木のような出来事があったから。
「今後も向こうが何もしなければ榛名ちゃんも変に思うでしょ。もう思ってるかもしれない。だからもう少し容態が落ち着いたら、見たままの現実を話そうと思うの。さっきの女の人は抜きで」
母は十夜に提案するようなポーズで言った。
「そうするしかないよな。問題は伝え方か」
十夜も同意した。
「ストレートに言うと、私も連絡スルーされていて義実家に行ったら義両親とキャッキャウフフな時任さんを見ました。ってなるけど、どうよ!?」
母は少々キレながら言った。
「狂気だよな……」
この後も十夜と母は意見を出し合った。
ひとまず榛名には本当のことは言わず、祖母の腰痛で胡麻化そうということになった。
退院したらウチで過ごしてもらい、とにかく治療に専念してもらいたい。
ちょっと遠くなるけど、リハビリに行く際は母が車を出すと言っている。
その頃には十夜も夏休みに入っているから、また帰省して平日のリハビリの際はタクシーを呼んで自分が付き添うのでも良い。バイトとの兼ね合いはこれから計算するとしよう。
そして榛名にもし真相を伝える必要がある時は、必ず十夜も居る時でという事でその日の話し合いは終わった。
しかし終わりがけに、
「十夜って榛名ちゃんといつの間にか仲良しだったのね。意外だわー」
と母が心底驚いたように言った。
「別に仲良しって訳じゃ……」
十夜は突然のことにむせそうになったが、母は続けて言った。
「だって前だったら他人が家に来るの嫌だーって言ってたじゃない。時任さんのこともイヤで大阪行っちゃったくせにー。榛名ちゃんは良いのね」
ふふっ、と母はからかうように言った。
「他人が家に来るのは今でも嫌だよ。きっと俺が死ぬまで変わらない。時任さんのことは本当にごめん。悪かったって思ってる。でも悪いなと思ってもやっぱり大阪には行った」
母の「榛名ちゃんは良いのね」の言葉は一旦スルーして、十夜はそう答えた。
実際、榛名が家に来るのはまったく嫌ではないのだ。むしろ時任や祖父母がそういう状態なら、ウチに来るのが良いと思っていた。それに榛名を「他人」と定義するのはなんだか寂しいことのような気がした。
そして母には今回の件も含め申し訳なかったと思っている。母に幸せになって欲しいのは紛れもない本心だ。自分が妥協すれば我慢すれば今回のようなことは起きなかったのだろうか。分からない……。
だが自分は結局のところ妥協も我慢も出来なかったと思う。そうしなければ、自分がおかしくなっていたと思うから。
「そっかー。でもそれで良かったんだよ。大阪での暮らしが楽しそうで母さん嬉しいよ。だから十夜は自分の感覚や自分で決めたことを後悔する必要なんてないよ」
母は笑顔でそう言った。
「でも榛名ちゃんとホントいつの間に仲良くなってたの?今日みたいに夜行高速バスで急に帰ってきちゃうぐらいにさ。まあ母さんは帰ってきてくれて嬉しいけど。大阪で連絡取り合ってたの?」
母はやはりそこが気になるようだが、思春期の息子が、いや思春期でなくとも言う訳ないだろう!と十夜は思った。
「たまにだよ。たまに」
おやすみ、と言い残して自室に逃げた。