第6話
文字数 2,839文字
すっかり夜になり、十夜はバイト帰りの重い足取りで駅に向かった。
(はぁー疲れた…)
あの後、榛名はしばらくして十夜が作業に没頭していたら、いつの間にか居なくなっていた。
向こうで目が覚めたのだろう。
現れてからしばしの間、
「いやー、女子大生そんなパンケーキばっかり食べてないですよ。高いですし」
榛名がケラケラ笑いながら言う。
対して黒崎が、
「そうなんですねー。いやぁてっきりキラキラした食べ物が主食なのかと思ってました」
「主食って。他は知らんですけど、私と周りの子達は定食とかのが好きですよ」
「ほう。バランス良くガッツリ腹持ち良いですからねぇ」
「そうそう。大学生、食べてても結構ずっとお腹空いてる」
と休憩の間、それなりに世間話が弾んだのであった。
主に黒崎と榛名が喋っており、十夜は眺めているだけであったが。
端からは黒崎の声しか聞こえないだろう。
と思ったので、時々「はあ」とか「そっかー」とか声を出す様に意識していたのだ。
後日、パートのおばちゃんから珍しく楽しそうだったねぇと言われたのだ。
そしてアルバイト先の最寄り駅に着いた十夜は改札に向かい、入って少しばかり進んだ所で、
「わっ…!」
「キャッ…!」
横から、バッグの中をゴソゴソして前方不注意な何某かがぶつかってきたのだ。
不意を突かれたので十夜も避けきれなかった。
「すみませんっ」
何某もとい、その女子の方から謝ってきたので、十夜はちょっとホッとした。
「いえ…」
こちらこそ、って言った方が良いか、言うと逆にこっちが非を認めたと捉えられるかをコンマ1秒の間で逡巡 した。
「あっ、…水原くん…だよね?」
「えっ?…」
誰?と十夜は戸惑ったが、その女子に何となく見覚えがある様な気がしないでもない。
きっと同じ大学の子なのだろう。それで向こうは自分を知っているのだろう。
いや、しかし。
そう思わせる何かの詐欺かもしれない…。
十夜は疲れていたので、疑い深さもより強固になっている。
「誰って顔してる。同じ学部の割木 だよ」
と相手は笑いながら教えてくれる。
ワレギ…ワレ…、なんかそう言えばそんな感じの名前の人が居た様な気がしないでもない。
まだ入学して3ヶ月程度な上に、十夜はお察しの通り、人の名前と顔を覚えるのが得意ではない。初対面で印象が強いか、逆に嫌な感じの奴はすぐに覚えられるのだが。
「田丸くんとよく一緒に居るよね?」
急に田丸の名前が出てびっくりしたが、この子の言う通り、同じ学部の子なんだろうと思い十夜は返答した。
「あぁ、うん」
「田丸くんと前にちょっと話したことがあって、そん時に水原くんと仲良いって言ってたから」
(そうなんだ!)
田丸が十夜を仲の良い友人だと思ってくれていた事に、十夜は感動した。
(もしかしたら、その時の口先だけかもしれないけど)
と疑ってみることも忘れはしなかったが。
「水原くん、この駅よく使うの?」
と割木が聞いてきたので、バイト先とは答えず、
「あー、うん。ちょっと用事」
と答えた。
すると、
「あっ、彼女に会いに?」
と今度は興味津々に聞いてきた。
「ちがう、ちがう。そういうんじゃないっス」
我ながら、こういう時の返答をもう少しマシに出来ないものかとげんなりする。
「そうなんだ。…あのっ、水原くん!お願いがあるんだけどっ!」
と、割木がすがる様に懇願してきた。
(イヤデス)
さらに用事があるんで!と断って逃げようか、でも後日大学で「逃げられた、ひどい」と悪口を広められても嫌だしな、と十夜は思いあぐねた。
割木は交通系ICカードを取り出し、溜息をついた。
「ここが最寄りなんだけど、定期券は3ヶ月の期限がちょうど切れて、チャージ足りなくて出られんの」
「そうだったんだ」
それは大変だ。
割木はさらに困った様子で続けた。
「しかも出かけた先で、お財布忘れてきちゃったみたいで」
「それは難儀だな…」
自分がその立場になったら相当焦るだろうな、心の中ではガキみたくギャン泣きだよな、泣かんけど、と十夜は思った。
「それで、仕方ないから家族に連絡してお金持ってきてもらおうかと思ってたところなんだけど…」
持ってきてくれる家族が居るなら一安心だなと十夜は安堵した。
しかし、
「ごめん、水原くん。本当にゴメンなんだけど、ちょっと貸してくれないかな?」
と割木は本当に困った様子で十夜に頼んできた。
「実はウチ、あんまり家族仲良くなくてさ…」
正直、最後の一言は十夜の心にズシンと来た。
割木が家族に頼みづらいちょっと、
(分かる…)
と思ったのだ。
その一方で、新手のカツアゲの可能性も一瞬頭をよぎった。
同情を引く理由と流れまでスムーズすぎる気もしなくもない。
大金じゃなくてもそうやってチリ積もで、人の小金をアテにして生きてる人間も世の中には存在している様だし。
そこまでを1秒間くらいで悩んだ結果、ひとまず千円を渡した。
もしまた同じ様な手段でたかられた時は、こないだのを返してもらってからじゃないと貸せないと伝えた上、田丸に相談し、学生課など大学に報告しようと考えた。
あえて、これで足りるか?とは言わずに、
「はい」
とだけ言って渡した。
「ありがとう!本っ当に助かる!次の必修の時に必ず返すから!」
とペコッと礼をし、本当に安堵した様子だった。
解散してホームに向かう階段を昇りながら十夜はボソッと微かな声で、
「俺って本当に疑い深いよなぁ…」
と自嘲した。
「そうなんだ」
と背後で声がした。
ハッと振り向くと、榛名が珍しいものでも見たかの様な顔をして立っている。
「うわっ!」
思わず体勢を崩しかけて、階段から滑りそうになり、咄嗟 に手すりに掴まった。
ゼエゼエしながら、
「せ…セーフ」
と、何とか持ち直した。
「だ、大丈夫?」
と榛名が慌ててそう言うと、
「だったら脅かさないでくれ…」
と十夜はまだ動悸のする胸を抱えながら、げんなりして言った。
「仕方ないじゃない。声かけるタイミング、案外難しいんだよ」
「階段はダメです。あとホームに並んでる時もダメです」
「それは分かってます」
榛名は少々しゅんとした様子で言った。
十夜はそこで、榛名の姿は自分(と黒崎)以外には見えなかった事に気づき、自分が独り言野郎だと勘違いされては困るので、
「俺が独り言の危ないやつだと思われるので、すんませんですけど、今から返事出来ないんでよろしくです」
と榛名に伝えた。すると、
「そうだよねぇ。うん分かった。私は勝手に喋ってるけど気にしないでね」
と言ってニコッと笑った。
それを見て、ちょっと可愛いと思った自分は疲れているのだと十夜は思った。
いや実際、榛名は可愛いのだ。だが血が繋がらないとは言え姉であり、その上、今は霊体なのだ。
電車内はガラガラであった。
十夜と榛名は隣り合って座席に着いた。
おそらくわざわざ十夜の隣に誰かが来ることはなさそうだ。
十夜は疲労と適度な揺れによる眠気でウトウトしてきた。
夢の世界に向かう途中で、隣の座席から、
「夜景キレイだねー」
と楽しげに言う声が聞こえた。
(はぁー疲れた…)
あの後、榛名はしばらくして十夜が作業に没頭していたら、いつの間にか居なくなっていた。
向こうで目が覚めたのだろう。
現れてからしばしの間、
「いやー、女子大生そんなパンケーキばっかり食べてないですよ。高いですし」
榛名がケラケラ笑いながら言う。
対して黒崎が、
「そうなんですねー。いやぁてっきりキラキラした食べ物が主食なのかと思ってました」
「主食って。他は知らんですけど、私と周りの子達は定食とかのが好きですよ」
「ほう。バランス良くガッツリ腹持ち良いですからねぇ」
「そうそう。大学生、食べてても結構ずっとお腹空いてる」
と休憩の間、それなりに世間話が弾んだのであった。
主に黒崎と榛名が喋っており、十夜は眺めているだけであったが。
端からは黒崎の声しか聞こえないだろう。
と思ったので、時々「はあ」とか「そっかー」とか声を出す様に意識していたのだ。
後日、パートのおばちゃんから珍しく楽しそうだったねぇと言われたのだ。
そしてアルバイト先の最寄り駅に着いた十夜は改札に向かい、入って少しばかり進んだ所で、
「わっ…!」
「キャッ…!」
横から、バッグの中をゴソゴソして前方不注意な何某かがぶつかってきたのだ。
不意を突かれたので十夜も避けきれなかった。
「すみませんっ」
何某もとい、その女子の方から謝ってきたので、十夜はちょっとホッとした。
「いえ…」
こちらこそ、って言った方が良いか、言うと逆にこっちが非を認めたと捉えられるかをコンマ1秒の間で
「あっ、…水原くん…だよね?」
「えっ?…」
誰?と十夜は戸惑ったが、その女子に何となく見覚えがある様な気がしないでもない。
きっと同じ大学の子なのだろう。それで向こうは自分を知っているのだろう。
いや、しかし。
そう思わせる何かの詐欺かもしれない…。
十夜は疲れていたので、疑い深さもより強固になっている。
「誰って顔してる。同じ学部の
と相手は笑いながら教えてくれる。
ワレギ…ワレ…、なんかそう言えばそんな感じの名前の人が居た様な気がしないでもない。
まだ入学して3ヶ月程度な上に、十夜はお察しの通り、人の名前と顔を覚えるのが得意ではない。初対面で印象が強いか、逆に嫌な感じの奴はすぐに覚えられるのだが。
「田丸くんとよく一緒に居るよね?」
急に田丸の名前が出てびっくりしたが、この子の言う通り、同じ学部の子なんだろうと思い十夜は返答した。
「あぁ、うん」
「田丸くんと前にちょっと話したことがあって、そん時に水原くんと仲良いって言ってたから」
(そうなんだ!)
田丸が十夜を仲の良い友人だと思ってくれていた事に、十夜は感動した。
(もしかしたら、その時の口先だけかもしれないけど)
と疑ってみることも忘れはしなかったが。
「水原くん、この駅よく使うの?」
と割木が聞いてきたので、バイト先とは答えず、
「あー、うん。ちょっと用事」
と答えた。
すると、
「あっ、彼女に会いに?」
と今度は興味津々に聞いてきた。
「ちがう、ちがう。そういうんじゃないっス」
我ながら、こういう時の返答をもう少しマシに出来ないものかとげんなりする。
「そうなんだ。…あのっ、水原くん!お願いがあるんだけどっ!」
と、割木がすがる様に懇願してきた。
(イヤデス)
さらに用事があるんで!と断って逃げようか、でも後日大学で「逃げられた、ひどい」と悪口を広められても嫌だしな、と十夜は思いあぐねた。
割木は交通系ICカードを取り出し、溜息をついた。
「ここが最寄りなんだけど、定期券は3ヶ月の期限がちょうど切れて、チャージ足りなくて出られんの」
「そうだったんだ」
それは大変だ。
割木はさらに困った様子で続けた。
「しかも出かけた先で、お財布忘れてきちゃったみたいで」
「それは難儀だな…」
自分がその立場になったら相当焦るだろうな、心の中ではガキみたくギャン泣きだよな、泣かんけど、と十夜は思った。
「それで、仕方ないから家族に連絡してお金持ってきてもらおうかと思ってたところなんだけど…」
持ってきてくれる家族が居るなら一安心だなと十夜は安堵した。
しかし、
「ごめん、水原くん。本当にゴメンなんだけど、ちょっと貸してくれないかな?」
と割木は本当に困った様子で十夜に頼んできた。
「実はウチ、あんまり家族仲良くなくてさ…」
正直、最後の一言は十夜の心にズシンと来た。
割木が家族に頼みづらいちょっと、
(分かる…)
と思ったのだ。
その一方で、新手のカツアゲの可能性も一瞬頭をよぎった。
同情を引く理由と流れまでスムーズすぎる気もしなくもない。
大金じゃなくてもそうやってチリ積もで、人の小金をアテにして生きてる人間も世の中には存在している様だし。
そこまでを1秒間くらいで悩んだ結果、ひとまず千円を渡した。
もしまた同じ様な手段でたかられた時は、こないだのを返してもらってからじゃないと貸せないと伝えた上、田丸に相談し、学生課など大学に報告しようと考えた。
あえて、これで足りるか?とは言わずに、
「はい」
とだけ言って渡した。
「ありがとう!本っ当に助かる!次の必修の時に必ず返すから!」
とペコッと礼をし、本当に安堵した様子だった。
解散してホームに向かう階段を昇りながら十夜はボソッと微かな声で、
「俺って本当に疑い深いよなぁ…」
と自嘲した。
「そうなんだ」
と背後で声がした。
ハッと振り向くと、榛名が珍しいものでも見たかの様な顔をして立っている。
「うわっ!」
思わず体勢を崩しかけて、階段から滑りそうになり、
ゼエゼエしながら、
「せ…セーフ」
と、何とか持ち直した。
「だ、大丈夫?」
と榛名が慌ててそう言うと、
「だったら脅かさないでくれ…」
と十夜はまだ動悸のする胸を抱えながら、げんなりして言った。
「仕方ないじゃない。声かけるタイミング、案外難しいんだよ」
「階段はダメです。あとホームに並んでる時もダメです」
「それは分かってます」
榛名は少々しゅんとした様子で言った。
十夜はそこで、榛名の姿は自分(と黒崎)以外には見えなかった事に気づき、自分が独り言野郎だと勘違いされては困るので、
「俺が独り言の危ないやつだと思われるので、すんませんですけど、今から返事出来ないんでよろしくです」
と榛名に伝えた。すると、
「そうだよねぇ。うん分かった。私は勝手に喋ってるけど気にしないでね」
と言ってニコッと笑った。
それを見て、ちょっと可愛いと思った自分は疲れているのだと十夜は思った。
いや実際、榛名は可愛いのだ。だが血が繋がらないとは言え姉であり、その上、今は霊体なのだ。
電車内はガラガラであった。
十夜と榛名は隣り合って座席に着いた。
おそらくわざわざ十夜の隣に誰かが来ることはなさそうだ。
十夜は疲労と適度な揺れによる眠気でウトウトしてきた。
夢の世界に向かう途中で、隣の座席から、
「夜景キレイだねー」
と楽しげに言う声が聞こえた。