第9話
文字数 2,796文字
「そういや財布は大丈夫なの?」
と田丸がふいに思い出した様で割木に尋ねた。
「そうなんだよねー。昨日、大崎くんのアパートに忘れてきちゃったんだよ~」
と、割木は頭を抱えて苦悶したように言う。
「忘れ物を取りに行ったのに、また忘れるなんて私結構抜けてるよね~」
と割木は苦笑した。
昨日、大崎のアパートに忘れ物を取り行ったところ、今度は財布を忘れてきてしまい、駅で困っているところで十夜にバッタリ出会ったという事だ。
「それは大変だったね。そしたら今日、大崎くんが持ってきてくれたの?」
田丸が素直に心配し、そう聞くと割木は、
「大崎くん、今日お財布持ってきてくれるって言ってたのに、大学また来てないんだよね」
と明かした。
「えっ」
「そうなの?」
十夜と田丸は揃って驚いた。
「返信もないんだよね。今日、帰りに寄ったら居るかなー」
とスマホを見ながら割木は顔をしかめた。
「もう関わりたくないのに面倒だなぁ」
そこで、割木はふと何かに気づいたようで、十夜に向かい直った。そして、
「あっ、今日はチャージとかお金は親に借りたから大丈夫だからね。また貸してとか言わないから安心して」
と笑顔でそう伝えた。
さすがの十夜もそこまでは考えていなかった。シンプルにまた大崎の所に行くのが面倒くさそうで気の毒だなと感じていた。
それに、昨日は家族仲があまり良好ではないと言っていたが大丈夫なのだろうか。十夜はポリシーとして人様の案件に首を突っ込むことはしないが、心の中で少々心配はした。
だが、娘が財布を忘れて大変な時に、当面の交通費や食費を渡す親なら一応は大丈夫そうか、と思うことにした。
「あっ」
割木がスマホを見て声を上げた。
「どうかした?」
田丸がそう聞くと、
「えっ、学生課から忘れ物のお知らせが来てる。なんだろ?……ちょっと行ってくるね」
と驚いて焦った様子で立ち上がる。
「トレイそのままでいいよ。片付けとくから」
と十夜が言うと、割木はびっくりしながら、
「水原くんって、やっぱり意外と優しいんだね」
と感動した様子で言う。
「十夜くんは実は何気に気を遣えるお人なんだよね」
と田丸にもうんうんと納得した様に言われた。
(うわ、変な気利かせて言わなきゃ良かった)
田丸には何かと見透かされている様だし、十夜は恥ずかしさで憤死しそうになった。
「水原くん、昨日からほんとありがと。田丸くんも。今日は何か変な話を聞いてくれたのもありがとね。じゃあ、また」
そう言って笑顔で立ち去っていった。
昼休み明け3限の授業が終わり、
「眠かったー」
と今も眠そうな田丸が言う。
「俺も」
実は十夜も途中少し居眠りしていた。眠っていた間、揺れていなかった事を祈るしかない。
ちょっと前に昼食を食べたばかりなのに、なぜか甘いものが食べたくなり、そう言えばと割木から貰ったお菓子をバッグから取り出し、田丸にも1つ渡した。
「えっ、いいのにー。でもありがと」
先程は十夜だけで食べろと遠慮していたが、田丸も甘いものが食べたかったようだ。
そこで十夜はふと気になっていたことを口に出た。
「大崎くんは大丈夫なんだろうか」
「珍しい、十夜くんが興味を示している。さては生霊がツボったな」
小熊の様な田丸のメガネがキラーンと光った。
「ツボった訳じゃないけど……、生霊とか気になるでしょ、やっぱり」
十夜がそう返すと、
「うん、たしかに。大崎くん、やっぱり午後も来てないっぽかったしね」
と田丸が言った。
「そうなんだ」
十夜は大崎の顔がいまいちわからなかったが、田丸は何気に少々顔が広いので、授業前に大崎が来ているかどうか確認したのかもしれない。
2人は顔を見合わせて少々ゾクッとなった。
十夜はふと教室を見渡すと、そう言えば割木の姿が見えない。
もう次の教室に移動したのかな、と十夜は考えた。
「割木さんも居ないね。もう移動しちゃったのかな」
田丸も同じことを考えていたようだ。
帰宅した十夜はバイトに行く準備をしていた。
今日は2時間程作業を手伝うためにバイトに行くのだ。イレギュラーな予定なので、アルバイトを管理している上司からも「無理はしないでいいよ」と言われたが、単純作業なので出ることにした。
帰宅してまもなく榛名が出てきた。
「姉さんは部屋で留守番じゃダメなんですかねぇ」
十夜がそう聞くと、
「うーん。多分もって2~3mだと思うよ」
離れても大丈夫そうな距離はそれぐらいだと榛名が言った。
榛名は今日もクッションに座っているのか浮かんでいるのか、わからないが寛いでいる。
「姉さん、本体の方は大丈夫なのか?」
十夜はふと心配になり、口調も焦った感じになった。
「あー……。まぁ動こうとすると痛いよね。そりゃ」
榛名が決まりの悪そうな顔で答える。
「そうか……」
「すごい深刻な顔してる。そんなに心配?」
自分でも気づかない内に深刻そうな顔をしていた様だ。
「そりゃ、当然だろ」
十夜がそう言うと、榛名はなぜだかすごく嬉しそうな顔をした。
十夜は心配と気恥ずかしさで、榛名に背を向けて荷物の準備を続けた。
その時だ。
ざわっ、と十夜に悪寒が走った。
一瞬、身体が硬直して、全身がゾワゾワするのを感じる。
(どこからだ……)
声が出せない。
「十夜くん」
そう名前を呼ばれて緊張が解けた。榛名の声だ。
十夜は後ろを振り返って榛名を見た。
榛名も驚いた表情をしている。
「い、今……、変な感じしたよな?」
動揺して、また口調がくだけてしまった。
「うん……」
榛名が真顔で答える。
「姉さんじゃないよな。いまさらだし」
「失礼ね」
少し冷静になってきた。嫌な感じがするのは……。
「隣……」
榛名ではない。榛名の隣からいやーな感じがする。十夜はそこを指差した。
「あー。うん。いるね。突然ニュッって現れたわ」
榛名が隣を嫌そうな顔で見る。
「み、見えるの?」
「うん、ぼやーっとだけど黒い影みたいなのがいる」
十夜には見えない。だが、何かいるような気配は感じる。
「どんなのかわかる?」
もう少し姿形の詳細を知りたい。十夜が榛名に聞くと、
「形は人間っぽいけど、姿はわからない。でも輪郭が女性かな……?」
榛名は嫌そうだが、目を細めて隣をじっと見る。
「何か覚えある?」
榛名がそう聞いてきた。
「いや、ないない。ある訳ない」
十夜が焦ってそう否定すると、
「あっ」
急に榛名が叫んだ。
「どうしたの?」
十夜が驚いてそう聞くと、
「ちょっと!こいつ、人のことグイグイ押してくるんだけど!あっ、それ私のクッションだから」
まさに一人相撲のごとくだが、榛名が何もない空間をキレながらグイグイ押し戻している。
「人の場所取ろうとしてくるんだけど!腹立つー」
この影は何なんだろうか。このまま居座るのか、バイトにも付いてくるのだろうか?
黒崎に相談したら聞いてくれるだろうか。
十夜は怖さもあるが、それを凌駕する程の面倒くささを感じた。
と田丸がふいに思い出した様で割木に尋ねた。
「そうなんだよねー。昨日、大崎くんのアパートに忘れてきちゃったんだよ~」
と、割木は頭を抱えて苦悶したように言う。
「忘れ物を取りに行ったのに、また忘れるなんて私結構抜けてるよね~」
と割木は苦笑した。
昨日、大崎のアパートに忘れ物を取り行ったところ、今度は財布を忘れてきてしまい、駅で困っているところで十夜にバッタリ出会ったという事だ。
「それは大変だったね。そしたら今日、大崎くんが持ってきてくれたの?」
田丸が素直に心配し、そう聞くと割木は、
「大崎くん、今日お財布持ってきてくれるって言ってたのに、大学また来てないんだよね」
と明かした。
「えっ」
「そうなの?」
十夜と田丸は揃って驚いた。
「返信もないんだよね。今日、帰りに寄ったら居るかなー」
とスマホを見ながら割木は顔をしかめた。
「もう関わりたくないのに面倒だなぁ」
そこで、割木はふと何かに気づいたようで、十夜に向かい直った。そして、
「あっ、今日はチャージとかお金は親に借りたから大丈夫だからね。また貸してとか言わないから安心して」
と笑顔でそう伝えた。
さすがの十夜もそこまでは考えていなかった。シンプルにまた大崎の所に行くのが面倒くさそうで気の毒だなと感じていた。
それに、昨日は家族仲があまり良好ではないと言っていたが大丈夫なのだろうか。十夜はポリシーとして人様の案件に首を突っ込むことはしないが、心の中で少々心配はした。
だが、娘が財布を忘れて大変な時に、当面の交通費や食費を渡す親なら一応は大丈夫そうか、と思うことにした。
「あっ」
割木がスマホを見て声を上げた。
「どうかした?」
田丸がそう聞くと、
「えっ、学生課から忘れ物のお知らせが来てる。なんだろ?……ちょっと行ってくるね」
と驚いて焦った様子で立ち上がる。
「トレイそのままでいいよ。片付けとくから」
と十夜が言うと、割木はびっくりしながら、
「水原くんって、やっぱり意外と優しいんだね」
と感動した様子で言う。
「十夜くんは実は何気に気を遣えるお人なんだよね」
と田丸にもうんうんと納得した様に言われた。
(うわ、変な気利かせて言わなきゃ良かった)
田丸には何かと見透かされている様だし、十夜は恥ずかしさで憤死しそうになった。
「水原くん、昨日からほんとありがと。田丸くんも。今日は何か変な話を聞いてくれたのもありがとね。じゃあ、また」
そう言って笑顔で立ち去っていった。
昼休み明け3限の授業が終わり、
「眠かったー」
と今も眠そうな田丸が言う。
「俺も」
実は十夜も途中少し居眠りしていた。眠っていた間、揺れていなかった事を祈るしかない。
ちょっと前に昼食を食べたばかりなのに、なぜか甘いものが食べたくなり、そう言えばと割木から貰ったお菓子をバッグから取り出し、田丸にも1つ渡した。
「えっ、いいのにー。でもありがと」
先程は十夜だけで食べろと遠慮していたが、田丸も甘いものが食べたかったようだ。
そこで十夜はふと気になっていたことを口に出た。
「大崎くんは大丈夫なんだろうか」
「珍しい、十夜くんが興味を示している。さては生霊がツボったな」
小熊の様な田丸のメガネがキラーンと光った。
「ツボった訳じゃないけど……、生霊とか気になるでしょ、やっぱり」
十夜がそう返すと、
「うん、たしかに。大崎くん、やっぱり午後も来てないっぽかったしね」
と田丸が言った。
「そうなんだ」
十夜は大崎の顔がいまいちわからなかったが、田丸は何気に少々顔が広いので、授業前に大崎が来ているかどうか確認したのかもしれない。
2人は顔を見合わせて少々ゾクッとなった。
十夜はふと教室を見渡すと、そう言えば割木の姿が見えない。
もう次の教室に移動したのかな、と十夜は考えた。
「割木さんも居ないね。もう移動しちゃったのかな」
田丸も同じことを考えていたようだ。
帰宅した十夜はバイトに行く準備をしていた。
今日は2時間程作業を手伝うためにバイトに行くのだ。イレギュラーな予定なので、アルバイトを管理している上司からも「無理はしないでいいよ」と言われたが、単純作業なので出ることにした。
帰宅してまもなく榛名が出てきた。
「姉さんは部屋で留守番じゃダメなんですかねぇ」
十夜がそう聞くと、
「うーん。多分もって2~3mだと思うよ」
離れても大丈夫そうな距離はそれぐらいだと榛名が言った。
榛名は今日もクッションに座っているのか浮かんでいるのか、わからないが寛いでいる。
「姉さん、本体の方は大丈夫なのか?」
十夜はふと心配になり、口調も焦った感じになった。
「あー……。まぁ動こうとすると痛いよね。そりゃ」
榛名が決まりの悪そうな顔で答える。
「そうか……」
「すごい深刻な顔してる。そんなに心配?」
自分でも気づかない内に深刻そうな顔をしていた様だ。
「そりゃ、当然だろ」
十夜がそう言うと、榛名はなぜだかすごく嬉しそうな顔をした。
十夜は心配と気恥ずかしさで、榛名に背を向けて荷物の準備を続けた。
その時だ。
ざわっ、と十夜に悪寒が走った。
一瞬、身体が硬直して、全身がゾワゾワするのを感じる。
(どこからだ……)
声が出せない。
「十夜くん」
そう名前を呼ばれて緊張が解けた。榛名の声だ。
十夜は後ろを振り返って榛名を見た。
榛名も驚いた表情をしている。
「い、今……、変な感じしたよな?」
動揺して、また口調がくだけてしまった。
「うん……」
榛名が真顔で答える。
「姉さんじゃないよな。いまさらだし」
「失礼ね」
少し冷静になってきた。嫌な感じがするのは……。
「隣……」
榛名ではない。榛名の隣からいやーな感じがする。十夜はそこを指差した。
「あー。うん。いるね。突然ニュッって現れたわ」
榛名が隣を嫌そうな顔で見る。
「み、見えるの?」
「うん、ぼやーっとだけど黒い影みたいなのがいる」
十夜には見えない。だが、何かいるような気配は感じる。
「どんなのかわかる?」
もう少し姿形の詳細を知りたい。十夜が榛名に聞くと、
「形は人間っぽいけど、姿はわからない。でも輪郭が女性かな……?」
榛名は嫌そうだが、目を細めて隣をじっと見る。
「何か覚えある?」
榛名がそう聞いてきた。
「いや、ないない。ある訳ない」
十夜が焦ってそう否定すると、
「あっ」
急に榛名が叫んだ。
「どうしたの?」
十夜が驚いてそう聞くと、
「ちょっと!こいつ、人のことグイグイ押してくるんだけど!あっ、それ私のクッションだから」
まさに一人相撲のごとくだが、榛名が何もない空間をキレながらグイグイ押し戻している。
「人の場所取ろうとしてくるんだけど!腹立つー」
この影は何なんだろうか。このまま居座るのか、バイトにも付いてくるのだろうか?
黒崎に相談したら聞いてくれるだろうか。
十夜は怖さもあるが、それを凌駕する程の面倒くささを感じた。