第1話

文字数 2,140文字

 7月に入り梅雨前線も加速し、湿気と暑さがさらに増してきた。
十夜(じゅうや)が大阪のこの市に住み始めて約3ヶ月が経った。
学生マンションを出ると外はジメジメした空気だが、今は雨が止んでいる。
十夜は駅へ向かい歩き出した。

 住宅都市であるこの街は交通の便も良く、駅前には商業施設が充実していて非常に便利でバランスの良い街だと感じていた。

 駅から大学行のバスに乗り、しばらくは車窓からぼーっと風景を眺めていた。
大学へはバスが混まない内にというのと、まだ人の少ない静かなキャンパスの空気感が好きなので早めに着くようにしていた。

 大学1年生の時間割は、ほぼ毎日1限から5限まで埋まっている。時間で言うと朝9時から夕方18時頃までだ。今日も1限から授業がある。
十夜はしばし目を閉じた。

 
 あれから、高校2年生で母親の再婚相手と同居が始まってから、十夜は長期休暇は近場に住んでいた父方の祖父母の家で受験勉強をして過ごした。

行動だけ見たらめちゃくちゃ反抗期そのものなのだが、母親にはどうしても関西に行きたい!そこで勉強したい事がある!だから余計な事に囚われず勉強したい!で押し通した。

 
 祖父母は最初こそ、きっと十夜は母親を取られるのが嫌で再婚に反対なんだろうと、そしてそんな十夜を可哀想にと思っていた様だが、すぐに「あ、面倒くさいんだな」と分かってくれた様だ。

そう、嫌は嫌でもそういうニュアンスのものではなく、今更新しい父親とも思えないし、思える様に努力するだとか、親子として向き合うとか、そういう感情的なやり取りが心底嫌で逃げ出したのだ。だが、今でもそれを「逃げた」とは思っていない。

「そういう面倒くさいところ、やっぱりお父さんに似てるわね~」
と祖母が言う。この場合のお父さんは、祖母の息子であり、十夜の父親である源太(げんた)の事である。

 祖父母には、こんな時ばかり孫ヅラをして転がり込んで本当に申し訳なかったし、榛名(はるな)の真似をしているみたいだし(榛名は必要に迫られてだが、自分の場合は単なる我儘(わがまま))、自分本当に最低だなと落ち込んだが、おかげですべてを振り切って受験勉強をし、振り切り通して大阪までやってきたのだ。



 1限の外国語の講義を終え、学部の必須科目の教室に移動し、何となくいつも座る席に向かうと、
「お、十夜氏おはよー」
と先に座っていた小熊のような同級生の田丸(たまる)が呑気に声をかけてきた。
「おはよー田丸くん」

 山口県出身の田丸とは入学前ガイダンスで何かのキッカケで話したことで、入学してからも度々雑談したり、一緒に授業を受けたりする様になった。

何となく話も合い、ローテンションな所も似てるので(決して上から目線などではないが)、今のところ一緒に居て疲れない貴重な人類である。

 今日も、1限が眠くて仕方なかった事や、昨日スーパーに買い出しに行った時に面白い食べ物が売ってた、など他愛のない会話をしている内に2限の授業が始まった。


 
 「…それで、大崎(おおさき)くん学校来てないみたいなんだよね。確かに最近見かけない」
「そうなんだ」
昼休み。食堂で二人揃って定食Aセットを食べながら、田丸が最近ちょっと噂になってる学部生のことを話題に出した。

田丸は十夜と違って意外と人と話す事が好きらしい。スピーカータイプなどではなく、学部生達とさらっと気兼ねなく会話が出来るのだ。

自分には搭載されていないその機能に十夜は驚愕(きょうがく)し、羨ましくもあった。
人生とは勉強であり、自分ももう少し訓練した方が良いのか…、十夜は天を仰ぐのであった。

 
 話は戻り、同学部生のオオサキくんという輩が同じ1年の女子と付き合い始めたのだが、高校時代の元カノとも切れていなかったようで同時進行していたのがバレたらしい。

それで同学部の今カノにはあっさりバッサリ切られ、完全に避けられ口も聞いてもらえないらしいが…。

今カノ(だった)の友達の女子からは白い目で見られ、つるんでた男友達からも呆れられてはいたようだが、オオサキくんは持ち前のコミュ力で乗り切り、しばらくはしおしおとしながらも通学していたようだが、先週あたりから大学に来なくなってしまったらしい。

 
 さすがの十夜でも、ちらほらと噂は耳にしていた。
あまり他人には興味がなさそうな十夜ではあるが、現在、自分が身を置く大学という環境の中で、学生と言えども大学という社会の中で、どういう状況なのか、どういう影響があるのか把握したいのは人間の本能であり、十夜もまた例外ではなかった。

 
 しかし、入学からわずか3ヶ月程度だと言うのに凄いバイタリティーだな、と十夜は最低だなと呆れながらも感心した。それでもって展開が早すぎないか。暇なのか、時間の使い方が上手いのか、妙なところに焦点が当たったが。


「居づらくなったのかな」
「いや、なんか一人暮らしだったのが実家に帰ってるらしい」
十夜の問いに田丸が答える。
「連絡とれたんだ」
どうやら音信不通ではないようだ。
「そうみたい。でもなんかめっちゃ怯えてるみたいだったって」
オオサキくんの友達から聞いたとのことだ。
「えっ、何に?」
「それが全然わからんっぽい」

 
 オオサキくんの話題はここで終わり、何に怯えていたのか気になるところではあったが、
昼休みも終わりに近づき、次の講義の準備に向かった。



 



 
 


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登場人物紹介

水原十夜 ミズハラ ジュウヤ(18)…主人公/大学1年生(プロローグでは高校2年生)/12月10日生まれ・射手座AB型

時任榛名 トキトウ ハルナ(20)…十夜の姉(母親の再婚相手の連れ子)/大学3年生(プロローグでは大学1年生)/3月30日生まれ・牡羊座A型/十夜と2歳差

黒崎 クロサキ(30)…十夜のアルバイト先のスタッフ。お寺の次男坊で住職の修行をしている。母方の叔父が経営している会社で社会勉強のため働いている。謎の多い人物。

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