第2話

文字数 1,700文字

 「ねぇねぇ、どこから来たの?」
まだ十夜が9歳の頃、田舎の畑道を1人で歩いていたら、どこからか子供たちがやってきて声をかけてきた。

「えっ、東京だけど」
(どこから?全然気づかなかった…!)
突然現れたのでびっくりしながらも、なんとかそう答えると、
「引っ越してきたの?」
その内の1人がニコニコしながらそう聞いてきた。笑顔だったのは分かるが顔を思い出せない。

その周りで他の子もなぜかキャッキャと楽しそうに笑っていたように見えた。
「ううん、違う。夏休みだから遊びに来た」

 
 父が亡くなって翌年の夏休みの間、十夜は田舎にある母の実家で過ごしていた。
「へぇ、そっか。じゃあ一緒に遊ぼうよ。ほら、こっちおいで」
と手を引かれて畑の向こうの森に向かって走り出した。
夏の暑いさなか、引かれた手は汗ばんでもおらず、ずいぶんひんやりとしていた。

 
 
 木々が生い茂る森の中をしばらく進んだ頃、十夜は少し不安になってきて、
「ねえ、こんなに森の中に入っちゃって大丈夫?」
と少し大きな声で聞くと、
「だいじょうぶだよ。ほら、あっちが面白いんだよ」
と返してきて、さらに奥深くを指さす。

 
 十夜はふと携帯を母の実家に置き忘れてきたことに気づいた。
母からは連絡用にお子様携帯を持たされていたのだ。
「ごめん、携帯忘れたから帰るね」
そう言ってUターンしようとすると、
「だいじょうぶだよー」
(なにが?)と思ったところ腕を掴まれた。一瞬ビクッとした。
なぜなら意外と強い力で掴まれたからだ。

「やっ、でもごめん」
お母さんが心配するから、と掴まれた腕を振り切って、一目散に駆け下りた。
後ろから引っ張られるような、重力か引力みたいな重たい空気を感じたが、
なぜか振り向いては行けない気がして、とにかくひたすら無我夢中で来た道を戻ったのだ。

 
 その晩、十夜は熱を出した。
熱で朦朧とする夢の中でキャッキャッと子供たちの笑い声がうるさいくらいに木霊していたのと、布団の周りをバタバタと走り回る足音にうなされ続けた。

 明けて翌朝、昨日の出来事を十夜は何も覚えていなかった。


 
 不思議な夢を見た。
子供の頃の夢。すっかり忘れていた。
学生マンションの自室で目を覚ました十夜は、窓の外が薄暗くなっている事に気づいた。
少し開けていた窓から、温いがほんの少し涼しい風が入る。
眠っていた身体が感覚を取り戻して、汗ばんだ気持ち悪さを感じた。

 
 今日は大学の講義が午前中だけだったので、帰宅してから昼寝をしていたが、結構寝入っていたようだ。喉が渇いていたので、まだ少し眠い身体を何とか起こして、水を飲もうと立ち上がった。

あれは、いわゆる心霊現象だったのか。
なんで今になって思い出したんだ。

 水を飲みながら、ぼーっとする頭でそう考えていると、
♪チャララン ラッラッ ラッラッ タララン♪

突然スマホが鳴り、ビクッとした十夜は手を滑らせ水の入ったコップを落とした。
「うわっ、やば…」
運よくコップは割れず、フローリングの上に水だけが零れた。

 
 着信画面は母からだった。片手でティッシュを箱から2~3枚取りながら、もう片方で通話ボタンを押した。
「あ、十夜」
母の声は焦っていた。
「どうかした?」
「榛名ちゃんが交通事故に遭って…、車に轢かれて…」
「えっ…」
「それで…」
突然の、想像もしていなかった出来事に十夜は動揺した。

どうなったんだ?…生きているのか?重傷なのか?

 

 母によると、右脚の骨折、全身ところどころの打撲と擦り傷だが、脳や内臓に損傷はなく、顔も額に少し擦り傷があるが無事で、今は眠っているとの事だった。
これから経過観察や検査や治療が続く。

 
 電話を切り、十夜はひとまず安堵した。
医師の話は時任と榛名の祖母が聞いており、まだ籍を入れていない朝子はずっと総合受付の待合所で待機しており、時任から状況の説明があったとの事だ。


 そこで、
ピンポーン
と玄関のチャイムが鳴った。

再び十夜はビクッとなり、この部屋に来客はあり得ない、回覧板か、それとも何かの勧誘か、荷物は何も注文してないが、などと考えながら、面倒くさげに仕方なくドアを開けた。

 すると、そこには此処にいるはずのない榛名が立っていたのだ。







 






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登場人物紹介

水原十夜 ミズハラ ジュウヤ(18)…主人公/大学1年生(プロローグでは高校2年生)/12月10日生まれ・射手座AB型

時任榛名 トキトウ ハルナ(20)…十夜の姉(母親の再婚相手の連れ子)/大学3年生(プロローグでは大学1年生)/3月30日生まれ・牡羊座A型/十夜と2歳差

黒崎 クロサキ(30)…十夜のアルバイト先のスタッフ。お寺の次男坊で住職の修行をしている。母方の叔父が経営している会社で社会勉強のため働いている。謎の多い人物。

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