九 妾宅の警護依頼

文字数 855文字

 翌朝、皐月(五月)二十二日。曇天の朝五ツ(午前八時)。
 越前屋の番頭喜助が白鬚社の番小屋を訪れた。
「石田様の言うとおり、主の幸三郎は、妾の安芸様と娘の華様を警護して欲しい、と申しております。この依頼、お引き受けくださいまし」
「引き受けました。妾と娘を警護します。
 この話、御内儀に伝わっておりませぬな」
 石田は番頭喜助に念を押した。
「はい。伝わっておりませぬ。
 御内儀は妾を嫉妬して安芸様を嫌っております。大番頭と何かを企んでいる様子です」

「何かあったら御内儀に、妾が勝手に警護を依頼した、と話して下さい。
 我らは妾母娘を警護しながら、御内儀の動きも探ります。
 しかしながら、我らは妾母娘と面識がありませぬ。
 ここで妾宛てに、我らを紹介状する文(ふみ)をしたためて下さい。
 私がその文を持参して妾宅に行き、御内儀に気づかれぬよう、妾が文を読み終えたら文を処分します」

「石田様は、私が御内儀の手の者で石田様を嵌めている、とは考えませぬのか」
 喜助の問いに石田は笑った。
「妾を消す気の御内儀が、二十両も払って妾を警護するなど有り得ぬ話です。
 では、文をしたためて下さい」
 石田は硯と筆と紙が載っている書き物机を喜助の前に置いた。
 喜助は紙と筆を取り、妾に石田を紹介する文をしたためた。
「妾の安芸様は主から話を聞いております。しかしながら娘の華様は何も知りません」
「心得ました」
 その後、喜助は依頼の手数料十両と文を石田に渡して白鬚社の番小屋を辞去した。
 ただちに石田は仲間に手数料を分配し、警護方法を指示した。


 昼九ツ半(午後一時)。
 白鬚社の番小屋の留守居に仲間二人を残し、石田と仲間二人は深川の永代寺門前町にある妾宅に居た。
 妾の安芸は、石田の話を聞いて喜助がしたためた文を読み、
「ようござんす。お頼みします。隣の家が空き家になっております。
 私が家主に話をつけますので、今からお住みください」
 警護の話と警護で利用する家は、その場で決まった。石田は喜助がしたためた文を、五徳に鉄瓶が載った長火鉢で燃やした。
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