十九 雪の尾行 刺客

文字数 1,513文字

 ひと月後。神無月(十月)八日、昼四ツ(午前十時)。
 布佐とあの若いもんが、安針町から室町三丁目の方向へ歩いている。二人の向かう先は神田湯島の円満寺である。四半時もあれば、神田湯島の円満寺に着く。

 二人の半町(約55メートル)ほど跡を、雪がつけている。

 布佐と若いもんは筋違橋御門を潜り、筋違橋南詰めから筋違橋を北へ歩いた。とその時、北詰から、懐手の無頼漢二人が酔漢のようにフラフラ歩いてきた。

 雪は筋違橋の南詰めに佇み、布佐と若いもんと北詰から歩いてくる二人を見つめた。無頼漢二人の視線は、その足取りと異なり、ピタリと若いもんに向けられている。

 その時、南詰めに佇むを雪の背後から、懐手の無頼漢二人が小走りに筋違橋へ歩いてきた。とっさに雪はよろめた振りし、無頼漢たちの前に倒れこんで脚を踏んばり、転ばぬ振りをした。
 雪をよけきれず、無頼漢二人は雪にぶち当たり、雪もろともその場に転げた。懐手はそのままだった。
 若い娘が無頼漢に突き飛ばされたとあって南詰めは騒然となった。雪の周りに駆け寄った者たちが、倒れている雪を抱え起こした。
 これで、こちらの状況に気づいてくれると良いのだが・・・。
 雪は小袖の裾の汚れを払いもせずに、筋違橋を歩いている布佐と若いもんを見た。

 雪を突き飛ばした無頼漢二人はチッと舌打ちしただけで立ち上がり、小走りに筋違橋へ歩いて筋違橋を渡り始めた。それまでの小走りの足取りは、フラフラしたゆっくりな足取りに変わった。だが、懐手はそのままで、顔はぴたりと若いもんに向けられている。

 南詰めの騒動を聞きつけ、筋違橋の上で、布佐は振り返った。
 南詰めから二人の無頼漢が懐手にフラフラ歩いてくる。狙いは若いもんと布佐なのは明らかだ。無頼漢の背後には、通行人たちに抱え起こされた雪がいる。
 布佐は雪が騒動を起こしたのを気づき、雪の姿を心に焼きつけて心の中で雪に礼を述べると、若いもんの袂を引いた。
 若いもんは南詰めから歩いてくる無頼漢二人を一瞥すると前方の無頼漢を見たまま布佐に頷き、布佐の傍に寄った。


 筋違橋の北詰と南詰めから無頼漢四人が若いもんと布佐に駆け寄った。若いもんと布佐を囲み、懐から匕首を出して鞘を抜き、鞘をその場に投げ捨てた。無頼漢たちは死ぬ気で若いもんを始末する気だ。
 無頼漢は四人、多勢に無勢だ。これでは無頼漢を討てない・・・。
 布佐はそう思ったが、若いもんはおちついている。

「殺っちまえっ」
 無頼漢たちが若いもんに襲いかかった。その瞬間、若いもんがヒラリと筋違橋の欄干に飛び乗った、と思うと、ただちにとんぼを切り、襲いかかった二人の頭を足蹴にして着地した。
 無頼漢二人はその場に倒れた。

 残りの無頼漢二人が呆気に取られたその一瞬、周りを取り囲んでいる野次馬が残り二人を背後から足払いした。無頼漢は足元をすくわれて倒れ、したたか腰と肩を打って動けなくなった。足払いしたのは野次馬に扮した与力の藤堂八郎と同心岡野智永だった。

 若いもんと無頼漢を取り囲んでいた野次馬が、懐から捕縛縄を取り出して無頼漢たちを後ろ手に縛り上げて縄の先を首に回し、縛り上げた後ろ手を、首に回した縄で締め上げた。腕を動かせば首が絞まる。無頼漢たちは動けずにいた。野次馬たちは、町人に扮した同心や岡っ引きなど町方だった。

 筋違橋の南詰めで、雪は無頼漢が捕縛されまでの一部始終を見ていた。
 無頼漢たちが捕縛されると、雪は、町方が筋違橋の南詰めから北町奉行所に戻る前に、筋違橋の南詰めから筋違橋御門を出て、神田川沿いに東の方角、浅草御門の方へ歩き、横山町の国問屋大黒屋へと急いだ。
 あの人たちが私の母と兄だ。まちがいない・・・。
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