第11話 ホストマザー

文字数 3,608文字

 東元が予告した通り、石川氏の死には他殺の疑いがあると、

スクープした週刊誌が発売された。

 病死と発表された著名なロボットクリエーターが、

何者かに殺害された疑いがあることが浮上した上、

国家事業に携わる企業の社員が

任意で取り調べを受けたというスキャンダルは瞬く間に、

日本中を駆けめぐり、海外のメディアでも話題となった。
 
任意で取り調べを受けた人物は、実名で報道されることはなかったが、

連日のように、ワイドショーで石川氏の知られざる

交友関係や過去が取り上げられて、犯人捜しが過熱した。

一方、任意の取り調べを受けていた

真鍋晃子は、証拠不十分により釈放された。

ロボット法の改正により、今まで、道具として管理されてきたロボットにも、

マイナンバーがつけられることとなり、

ロボットにも、労災保険が適用されることになった。

今後、ロボットを労働力として納入する場合、

企業とではなく、業務を担わせる

ロボットの弁護士との間で「労働契約」を結び、

人間の労働者と同等の権利を与えることとする

新たな「労働法」が成立した。

ロボットの弁護士費用やロボットの労災保険は、

企業負担となることから、

当面、国内のロボットメーカーには、

国の補助金が支給されることとなった。

そのころ、今川は、大内望月から会わせたい人物がいると言われて

N県の山間部に建つ療養施設を訪れた。

療養施設には、大内だけでなく、真鍋晃子も待っていた。
  
「なぜ、真鍋さんまでいらっしゃるのですか? 」
  
 今川は、意外な人物がいたことに驚きを隠せなかった。
  
「彼女も会わせたい人の1人だ。

実は、社長の他に、もう1人呼んである。

真鍋さんは、その人物と縁があるから来てもらった」

  大内が苦み走った顔で答えた。

 今川より、数分おくれて、東元が到着した。
 
「今川社長までなぜ、ここに? 」
 
 東元が驚いた表情で、今川を見た。
 
「この療養施設には、弥勒ボートが行った

人体実験の被害者たちが、

治療を名目に長期にわたり、閉じ込められているんです」
 
 真鍋晃子が静かに告げた。
  
「なぜ、あなたが、弥勒ボートについてご存じなのですか? 」
  
 今川が、真鍋に詰め寄った。
  
「私も、彼女たちと同じだからです。

東元さん、私は、あなたのホストマザーなんです」
  
 なぜか、真鍋晃子が、

東元を見つめると思いがけない告白をした。
  
「え、何ですか、いきなり? 」
 
  東元が後ずさりすると言った。
 
「落ち着いて、私の話を聞いてください」
  
 真鍋晃子はそう言うと、昔話をはじめた。
  
 私の両親は、私が、小学生のころに離婚しました。

私は、母に引き取られて父とは生き別れとなり、

高校を卒業するまで、1度も会うことはありませんでした。

 父と再会した日、弥勒ボートと雇用契約を結んでいた

若手ロボットクリエーターの石川氏と出会いました。

 石川氏は、私に、私の父が公表した

UFOの墜落事故について興味を持ち、

父から話を聞くために来たと言いました。

それからしばらくして、父は、教授を辞して海外に移住しました。

私は、石川氏の勧めもあって、私は、未来医療の最先端技術に

自分も触れられると考え、弥勒ボートの人体実験に参加しました。

決して、高額な報酬目当てという安易な動機ではありません。

いつか、この経験が、将来に役立つのではないかと

純粋に思ったんです。若気の至りだとも言えます。

 ここにいる患者の多くは、

スターチャイルドを出産後、「マイクロキメリズム」を発症したそうです。

彼女たちの体内で、遺伝的に、

由来の異なる少数の細胞(この場合、地球外生命体)が、

体内に定着したことにより、

自己免疫疾患と関係のある現象が起こったようです。

「マイクロキメリズム」は、血液や臓器移植の他、

妊娠で起きる可能性の高い現象と言われています。

Dr.ナイジェルが、私の体内には、

彼女たちが発症した症状の進行を抑える

免疫細胞があることをつきとめました。

 そのため、私は、年に数回、

有給休暇を利用してここに数日滞在する間、

彼女たちに、私の血液を提供しています。

石川氏から、私が産んだ子は、

弥勒ボートの研究所にはいないと聞いてから、

産んだ子の消息がずっと気がかりでした。

石川氏は、その子が、

石川氏が在籍する企業の社長秘書をしていることを教えてくれませんでした。

大内弁護士から、東元氏について話を聞いた時、

なぜか、私が産んだ子ではないかと直感しました。

それで、大内弁護士にお願いして、

東元氏のDNAを手に入れて検査しました。

検査の結果、スターチャイルドと同じ稀血でした。
   
「スターチャイルドって、何のことですか?

 そんなおかしな妄想、誰が信じるのですか? 

私には、れっきとした両親がいます。今も元気に暮らしていますよ」
  
 東元がめずらしく、声を荒げた。

「東元さんの血液が、スターチャイルドと同じ稀血だとすると、

私と妹の他に、もうひとり存在したという

スターチャイルドは、東元さんということになるわけですね」
  
 今川が冷静に言った。
  
「社長まで、何、言っているんですか? 」
 
 東元が、今川をなじった。
  
「東元さん。信じていただけないかもしれませんが、

私も、スターチャイルドなのです」
  
 今川が、東元に告げた。
    
「あれ、今川さん! 」
  
 聞き覚えのある声にふり返ると、ハウスキーパーの吉沢が立っていた。
  
「ここで、いったい、何をしているのですか? 」
  
 今川が、吉沢に訊ねた。
  
「ここで働いています。今川さんは、なぜ、こちらに? 」
  
 吉沢が訊き返して来た。
  
「私は、大内弁護士に呼ばれて来ました」
  
 2人が話しているところに、

車椅子に乗った白髪の女性がゆっくりと近づいて来た。

その女性こそ、今川を産んだホストマザーの佐藤美奈子だった。
 
「吉沢さん。どなたと話しているの? 」
 
 佐藤が、吉沢に訊ねた。

おそらく、吉沢と同世代だと思うが、白髪頭のせいか老けて見えた。

想像とは違って、どこにでもいる平凡な女性だ。
 
「こちらは、今川空雅さん。

あんたが、ずっと会いたがっていた人だよ」
 
 吉沢が、今川を紹介すると、佐藤は、憂いに満ちた表情を浮かべた。
 
「そう、あなたが‥‥ 」
 
 佐藤が言った。

今川は、緊張しすぎて何も言い出せなかった。
 
「美奈子さん。そろそろ、病室に戻らないと‥‥ 」
 
 吉沢が、佐藤に告げた。
 
「会えて良かった。元気でね」
 
 佐藤は、今川に微笑みかけると病室へ戻って行った。
 
「今川さん。美奈子さんは、

弥勒ボートの研究所に勤務していた

知人にそそのかされて、あなたのホストマザーになりました。

長い間、おなかを痛めて産んだあなたと生き別れたことを悔やんでいたけど、

あなたから会いに来てくれたことで、

彼女も救われたと思います。ありがとうございます」
 
 と告げた後、吉沢は、佐藤を追いかけるように歩いて行った。
 
「真鍋さん。なぜ、弊社宛に、

あなたが出演したニュース番組の収録テープを送ったのですか? 」
 
 今川が、真壁に訊ねた。
 
「収録テープを送ったのは、私という人間を知ってもらいたかったからです。

ぜひとも、今回のプロジェクトに、

佐目教授のお力をお借りしたいと考えております」
 
 真鍋が落ち着いた口調で答えた。
  
「佐目教授のことはどこで? お知り合いなんですか? 」
  
 今川が、真鍋に訊ねた。

 佐目教授は、ロボット業界では有名だが、

他業種では、知名度は低いと思っていた。
  
「佐目教授は、バイオハイブリット工学のご研究をされているとお聞きしました。

バイオハイブリット工学は、生体の細胞を機械部品と融合させることで

新たなシステムを創出するという技術ですよね? 

わたくしどもが研究している

バイオミティクスの技術と組み合わせたら、

すばらしいものが出来るのではないかと考えたわけです」
  
 真鍋が穏やかに答えた。
  
「さすが、目のつけ所が違いますね。

佐目教授の研究チームは、モーターの代わりに生物の筋肉を取り込み

電気や化石燃料なしで、生体の持つ自己修復機能を備えた

バイオハイブリットロボットを完成させています。

私も、バイオハイブリット工学は、

宇宙ロボット開発に活かせる技術だと思います」
  
 今川が言った。

 佐目教授の愛弟子を自負している今川は、

佐目教授の実績が高く評価されたことを

自分のことのように、うれしく思った。
  
「社長に、ご理解いただけて光栄に存じます。

ただ、佐目教授の反応が良くないんです。

社長から、プロジェクトの参加を助言して頂けたら助かるのですが‥‥ 」
  
 真鍋が苦笑いすると言った。

「佐目教授には、私から、プロジェクトに参加するよう伝えておきますよ」
  
 今川が安請け合いして言った。

長年のよしみで、落としどころは心得ていた。
  
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
  
 真鍋が深々と、頭を下げた。

 
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