第9話 闇に巻き込まれる

文字数 5,820文字

 今川が、何か言い返そうとした時だった。

何者かが音を立てずに背後から忍び寄ると、

今川の口に、ハンカチを押し当てた。

今川はだんだん、意識が遠のくのを感じた。

しばらくして、物音で目を覚ますと、

今川は、廃墟のような場所に閉じ込められていた。
  
「どうやら、気がついたみたいね」
  
 透き通るような若い女性の声に驚き、

声が聞こえた方を見ると、血液オゾンバイタル療法を

今川に施したあの女医が仁王立ちしていた。
  
「ここから出してくれ!」
 
 今川は、からだをロープで柱にくくりつけられていることに気づいて

縄をほどこうとしてもがいたが、

もがけばもがくほど、ロープがからだに食い込んだ。
  
「おとなしくしていた方が賢明ですよ。

言っておきますが、どんなに、さけんでも、誰も助けには来ませんから」
  
 女医が告げた。
  
「いったい、あんたたちは何が目的なんだ? それに、押田はどこだ? 」
  
 今川は周囲を見渡した。

どうやら、ここに連れて来られたのは今川ひとりだけらしい。
 
「他人のことよりも、

ご自分の身を心配なさった方が良いのではありませんか? 」
  
 女医が言った。
  
「押田は友だちだ。友だちが、ピンチの時に見捨てることは出来ない」
  
 今川が答えた。

 今川には、友だちと呼べる存在が少ない。

だからこそ、押田の友情は大事だ。
  
「ピンチなのは、今のあなたではないですか? 」
  
 女医が言った。
  
「ここから出してくれないか? 

私が戻らなければ、会社の者が心配する」
  
 今川が頭を下げた。
  
「ごめんなさいね。私にそんな権限はありません」
  
 女医が告げた。
  
「とにかく、縄をほどいてくれないか? 」
  
「上司が戻り次第、相談します」
  
「上司は、いつ、戻るんだ? 」
  
「いつになるかわかりませんが、必ず、戻って来ます」
  
「私の名前は、今川空雅だ。君の名前は? 」
  
 今川は歩み寄りの姿勢をみせた。
  
「私の名はフィンです」
 
  女医が答えた。
  
「フィン。君は、押田に雇われているのかい? 」
  
 今川が訊ねた。

 もし、フィンが、押田の部下だったら、

押田もフィンたちの仲間ということになる。

ひさしぶりに会った旧友に裏切られたとは思いたくなかった。
  
「あの人は、我々のことをよく知りません。

うまい儲け話に乗っただけです」
  
 フィンの答えを聞いて、今川は胸をなでおろした。
    
「フィン。こいつに、何もかも話したのか? 」
  
 U・ツゥバイコフが突然、姿を現したかと思うと、

次の瞬間、フィンに襲いかかってきた。
  
「何も話していません。命令にはありませんでしたから」
  
 フィンが答えた。
  
「こいつから採取した血液はどこにやった? 

おまえが持ち去ったことを知らないとでも思ったか?

 こいつの血液を持ち出すことは任務ではないはずだ」
  
 U・ツゥバイコフが、フィンに訊ねた。
 
「Dr.ナイジェルの命令で、スターチャイルドを捜すためです」
   
 フィンが答えた。
 
「スターチャイルドはもう、この世にはいないと言っただろう? 

まだ、あの老いぼれとつるんでいたのか? 

あれほど、手を切れと言ったのに。

言うことを聞かないやつはこうしてやる」
  
 U・ツゥバイコフは、フィンを地面につき飛ばした後、

その上に馬乗りになると、何度もなぐった。
  
「お許しください」
  
 フィンは、U・ツゥバイコフの攻撃を

防御するのが精一杯で、抵抗出来ない状態にいた。
  
「おい、やめないか!」
  
 今川は、ただならぬ雰囲気を察して大声でさけんだ。
  
「部外者は、黙って見ていやがれ!」
 
 U・ツゥバイコフが何を思ったか、バケツの中の水を

フィンに向かって勢い良くぶちまけた。
 
「うああ!」
 
 フィンは悲鳴に近い声を上げると、U・ツゥバイコフの股間を蹴り上げた。
 
「てめぇ、何しやがる! 」
 
 股間を押さえながらのたうちまわる

U・ツゥバイコフの声が、その場に響き渡った。
 
「ウラジミール。そのザマは何なの? ロシアの暴れ牛と聞いてあきれるわね」
 
 ヒールの音が背後で止まったため、

驚いてふり返ると、今川の背後に、シン・ヤンミョンが仁王立ちしていた。
 
「ヤンミョン姉さん。こいつは掟にそむいた。罰を受けて当然じゃないか? 」
 
 U・ツゥバイコフが訴えた。
 
「どうして、おまえは、いつも、そうなの? 

暴力からは何も生まれないと、何度、言ったらわかるのかしら? 」
 
 シン・ヤンミョンが、U・ツゥバイコフに詰め寄った。
 
「フィンは、いつから、反抗的になったのだ? 

吾輩に服従するようプログラミングされているはずだ」
 
 U・ツゥバイコフが舌打ちした。
 
「フィンは、おまえのおもちゃじゃない。

おまえの命令に従っていたのは、

組織のためで、おまえなんかのためじゃない」
 
 シン・ヤンミョンが言い放った。
 
「あの、お取込み中、すみません」
 
 今川が小声で言った。

すると、シン・ヤンミョンが、今川の方を向いた。
 
「捕らえた男って、今川社長のことだったのですか!」
 
 シン・ヤンミョンが驚いた顔で言った。

「こいつは、Mr.押田の友人で、

ビジネスの邪魔をしようとしたから捕らえたのだが、

姉さんの知り合いだったのか? 」
 
 U・ツゥバイコフが、シン・ヤンミョンに説明した。
 
「気がつかなかった? 

彼こそ、捜していたスターチャイルドなのよ」
 
 シン・ヤンミョンが、今川を指差すと言った。
 
「こいつが、マヤの双子の兄だって? 

こんな偶然あるのかよ! あれだけ捜しても見つからなかったのに、

こんなに近くにいたとはなあ」

  U・ツゥバイコフが言った。
 
「あなたの脳みそが、

ヒューマノイド以下ということが、これではっきりしたわね」
 
 シン・ヤンミョンがあざ笑った。
 
「仕方がないだろう。

フィンは、吾輩よりもマヤをよく知っている。

赤ん坊のころの写真だけでは見分けがつかん」

  U・ツゥバイコフが決まり悪そうに言った。
 
 「あなたがたは、さっきから、いったい、何の話をしているのですか? 

私に、双子の妹など存在しません。

物心つく前、両親が、交通事故で急死したため、孤児院に預けられたんです」

  今川が反論した。
  
「もしかして、何も知らないのですか? 」
 
 シン・ヤンミョンが驚いた顔で訊き返した。

今川がうなづいた。
 
「すべては、Mr.石川の裏切りのせいだ」

  U・ツゥバイコフが言った。
 
「それはどういう意味ですか? 」
 
 今川が、U・ツゥバイコフに訊ねた。
 
「Mr.石川は、スターチャイルドを逃がした。

そのせいで、我々の計画は、大きな変更を強いられた」
 
 U・ツゥバイコフがしかめ面で答えた。

 その後、今川は、アイマスクをつけさせられて

どこかへ移動させられた。移動先についた途端、

薬をかがされて目が覚めた時は、カプセルの中に入れられていた。
 
「ここから出してください! 」
 
 今川は大声でさけんだが、

何度、さけんでも返答はなかった。
 
「死にやしないから大丈夫じゃ」
 
 どこからともなく、ハスキーボイスが聞こえた。

何気なく見上げると、監視モニターが作動していた。

おそらく、どこかで、

今川の様子を監視モニターで監視している者がいるのだろう。
 
「今度は、何をしようとしてるのですか? 」

  今川は、身をよじったはずみで頭を天井にぶつけた。

頭をぶつけた部分が開閉ボタンだったらしく、

カプセルが開いて、会話が出来るようになった。
 
「わしが、おまえさんを誕生させたのだから

どうしようとわしの自由じゃ」
 
 突然、白衣を着た見知らぬ老人が、

今川の顔をのぞき込んだ。

今川は、この男性医師が、

シン・ヤンミョンが言っていたDr.ナイジェルこと、

ウサマ・ナイジェルだと判断した。
 
FBIは、日本政府を通さずに独自ルートを使って

墜落したUFO内部から発見された

無数のカプセルの中に保存されていたヒト胚の調査を

未来医療を研究している研究所「弥勒ボート」に依頼した。

当時、Dr.ナイジェルは、弥勒ボートの幹部医師で、

地球外生命体のものと思われるヒト胚の調査を担当した。

ヒト胚は、人間とは異なるDNAをもっていることが明らかとなり、

今度は、そのヒト胚を人間の母体に移して

誕生させる実験を行うことになった。

 歴史的な発見になるはずだったが、

流産や死産などで3体を残して全滅した。

3体は、スターチャイルドと命名された。
 
その後、世界情勢の悪化により実験は中断された。

FBIが、時の大統領の命令により、

地球外生命体の実験から退いたため、

スターチャイルドは、研究所内に保管されることになった。

3人のうち、2人は男女の双子だった。

驚くことに、双子は、お互いの血液が交じりあうキメラだった。

さらに、双子の体内には、未発見の免疫抗体が存在することがわかった。

双子の妹が成人したら、

双子以外のスターチャイルドと結合させて、

新たな地球外生命体を誕生させるため、

3人は一緒に、研究所内で育てられることになった。

Dr.ナイジェルは、アメリカの製薬会社と密約を交わして

双子の体内から採取した免疫抗体の効果を

確かめるための動物実験を重ねた。

その結果、双子の体内に存在する免疫抗体は、

血液や骨のガン治療に絶大な効果があることがわかった。
 
 Dr.ナイジェルの野望を知った石川は、

3人が、Dr.ナイジェルの野望を叶えるための

道具にされることを阻止するため、

弥勒ボートの代表に、Dr.ナイジェルの悪行を密告した。

弥勒ボートは、未来医療の研究を目的としており、

地球外生命体を金儲けのために利用することは戒律違反であった。

石川氏の密告により、Dr.ナイジェルは、

弥勒ボートを裏で支える組織によって、亡き者にされそうになった。

Dr.ナイジェルが亡き者となったことを

信じて疑わなかった石川は3人を引き取った。

ところが、Dr.ナイジェルの暗殺から3年後。

石川氏の前に死んだはずのDr.ナイジェルが姿を現した。

3人の身の危険を感じた石川氏は、弥勒ボートの代表に頼んで

3人をどこか誰も知らない場所へ隠すことにした。

3人は、ワゴンに乗せられて石川氏の元を去った。

1人は、株式会社テクノロイズムの創始者一家に預けられた。

双子は、護送の途中、乗っていたワゴンが、

何者かの襲撃を受けて、どこかへ連れ去られた。
  
「幼い私たちが乗っていたワゴンを襲撃したのは、あなたですか? 」
 
 今川が訊ねた。

今までに感じたことのない激しい怒りが全身をかけめぐった。
 
「違う。わしらは、Mr.石川の妨害に遭い足止めをくらっておった。

考えてもみなさい。もし、わしが連れ去ったのなら、

おまえさんは、妹と一緒にここにいるはずじゃ。

双子が消えたと知ってから、さんざん、捜したが、

自力で見つけ出すことは出来なかった。

わしは、とっくの昔にあきらめておったのじゃ」
 
 Dr.ナイジェルが答えた。
 
「あなたでないとすると、

私と妹を連れ去ったのは、どこの誰なのですか? 」
 
「おまえさんを孤児院に預けた人物じゃろ。

覚えておらんのか? 」
 
「はい。幼かったので覚えていません」
 
「孤児がよく、ロボットクリエーターの道に進めたな? 

学費は、誰が援助していたんじゃ? 」
 
Dr.ナイジェルが訊ねた。
 
「誰なのかは知りません。おかげで、

スーパーサイエンス校や大学進学の夢が叶って今に至ります。

誰なのかわかればお礼が出来るのですが、

孤児院は既にありませんし、

探偵を雇って捜したことがありますが、結局、見つけ出せませんでした」
 
 今川が答えた。
 
「もしかしたら、Mr.石川の協力者かもしれんのう」
 
 Dr.ナイジェルが言った。
 
 病室を出た後、今川は、フィンの案内で、

Dr.ナイジェルの患者たちが暮らすコロニーを訪れた。

コロニーは、周囲を山に囲まれた森の奥にあった。
 
「Dr.ナイジェルは1度、組織に消されかけましたが、

Mr.石川の橋渡しにより代表と和解したそうです。

スターチャイルドの体内から見つかった免疫抗体を

日本の医師会に譲渡することを条件に、研究の続行を認めました。

その噂を聞いたガン患者たちが集まり出来たのが、このコロニーです」
 
広場に点在する白いテントが見渡せる

小高い丘まで来ると、フィンが語った。
 
「彼らの生活費は、弥勒ボート側が支援しているのかい? 」
 
 今川が訊ねた。
 
「いいえ。弥勒ボート側はノータッチです。

彼らは、好きでここにいるのですから、

その多くは、貯金を切り崩して生活しています。

時々、いなくなるのは、アルバイトをするためのようです」
 
 フィンが答えた。
 
「あの子。以前、国会議事堂の近くで見た覚えがある」
 
 今川は、集団から離れた場所にいる女性を見つけた。

デモが行われる中、ひとりだけ、国会議事堂を眺めていた

あの人影は幻ではなかったのだ。
 
「あの子が、あなたの双子の妹です」
 
 フィンが告げた。
 
「なぜ、ここに? 」
  
「Dr.ナイジェルの元に、突然、姿を現したそうです。

彼が、代表の条件を受け入れて研究を再開したのは、

彼女の存在が、大きかったのかもしれません。

Dr.ナイジェルは、双子の妹である彼女の体内に存在する免疫抗体を使い、

免疫製剤を作ろうとしたのですが、

5年前、彼女に先天性疾患の症状が現れてしまい、

患者に悪影響をおよぼすかもしれないとして中止となりました」
  
「妹がいるから、あえて、他の2人まで捜さなかったというわけか。

それで、今度は、妹が病気になったから、

双子の兄を捜して代わりにしようとしているわけか? 」
 
 今川が言った。
 
「Dr.ナイジェルは、あなたたちを誕生させたゴットファザーでもあります。

私の世界では、生みの親は、神のような存在で絶対服従です」
 
 フィンが告げた。2人が話していると、シン・ヤンミョンがやって来た。
 
「今川社長。そろそろ、ここを出ますので支度してください」
 
「わかりました」
 
 今川は重い腰を上げると、シン・ヤンミョンのあとをついて行った。
 
「また、会えるかい? 」
 
 今川は、車に乗る前にフィンに訊ねた。
 
「はい、きっと」
 
 フィンが答えた。

 今川は、アイマスクを装着させられた。

居場所を知られないようにするためらしいが、地形からだいたいの予想はついていた。

シン・ヤンミョンは自ら運転して、

今川をオフィスが入っているビルの裏口まで送り届けた後、どこかへ走り去った。

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