第1話 ロボットを守る会

文字数 6,768文字

「あれは何だい? まるで、ハロウィンの仮装行列みたいじゃないか」

 若手ロボットクリエーターで、産業ロボットを開発販売している

株式会社ゼウスニア社長、今川空雅は商談へ向かう途中、

メタリックブルーの全身スーツを身に着けた集団やロボットの着ぐるみを着た集団が、

のぼり旗やプラカードを手に、国会議事堂周辺を行進する光景を目にした。
 
「メタリックブルーの全身スーツを身に着けた集団は、

電磁波過敏症の患者とその支援者たちです。

ロボットの着ぐるみを着た集団は、

企業がRPAを導入したことにより、ロボットに仕事を奪われた人たちですよ」
 
 プロジェクトマネージャーの磯屋清太郎が淡々と答えた。

「メタリックブルーの全身スーツの素材はなんなんだ? 」
 
 今川が、磯屋に訊ねた。

「彼らが身に着けているのは、

電磁波を遮断する導電繊維で織られた

シールドメッシュ素材で作られた特殊スーツです。

彼らは、電磁波過敏症を難病指定にするよう国に訴えています」

  向かい側に座っていたプログラマーの真浦香美が、

磯屋より先に即答した。

信号が変わり、社用車のベンツが発車した時だった。

今川は、数百メートル先の歩道の一角だけが、

白い光りに包まれていることに気づいた。

 目を細めて凝視すると、白い光りを放っていた正体は、

全身白色の服装をした小柄な女性だった。

フードを目深にかぶり、大きなマスクをしていることから

表情までは見えないが、その正体不明の小柄な女性が、

国会議事堂の真上を見上げていることだけはわかった。

突然、その正体不明の小柄な女性が、

今川の方をふり向いたので、今川はとっさに頭を伏せた。

しばらくして、ふり返ってみると、

その正体不明の小柄な女性の姿は消えていた。

今川は、幻を見たかと思い目をこすった。

「社長。どうかされましたか? 」

  磯屋が、今川の顔をのぞき込むと訊ねた。

「何でもない」
 
 今川が答えた。

「そういえば、社長。オフィスを出る前、

どなたと電話で、お話しされていたのですか? 」
 
 真浦が、今川に訊ねた。

「電話の相手は、弁護士の宮田さんだ。

ROBO太郎AZの件だが、サイバー攻撃による

ボットウィルスの感染が認められて、訴えが取り下げられたそうだ」
 
 今川が答えた。

 半年前、都内のとある介護施設で、

ゼウスニアが販売した介護ロボット、

ROBO太郎AZが、利用者の入浴介助を行っていた際、

誤作動を起こして、利用者を床に落とすという事故が起きた。

介護施設側から、事故の原因は、

企業側にあるとして賠償責任を求められた。

事故の報せを受けた今川は、弁護士の到着を待てずに、

自ら、介護施設に出向き検証させてほしいと直談判した。

しかし、施設側は頑として、聞き入れず、

一方的に、訴訟を起こすと言って来たのだ。

「あの顔を2度見なくて良いと思うと、せいせいしますよ」
 
 磯屋が忌々し気に言った。

 交渉決裂の後、磯屋は何度も、介護施設に出向いて話し合いを重ねた。

相当なストレスだったらしく、左側頭部に、百円玉の大きさのハゲを2つもつくった。

「理由はどうあれ、利用者にケガをさせてしまったことは事実だ。

重く受け止めなければならない」
 
 今川が神妙な面持ちで言った。

「その介護施設ですが、国の補助金目当てに

職員数を水増したことがばれて、現在、大変なことになっています」

  真浦が冷ややかに告げた。

「いい気味ですよ。きっと、我々のことを

追い詰めたばちが当たったに違いない」
 
 磯屋が鼻息荒くして言った。

「ばちが当たったなど、非科学的なことを言うなんて、

おまえらしくないぞ。

補助金の不正受給の件は、今回の件とは無関係だ」
 
 今川が、磯屋をとがめた。

「ところで、なぜまた、大臣とお会い出来ることになったのですか? 」
 
 磯屋が訊ねた。

「当社の製品に関心を持ってくださったと聞いている。

どうやら、佐目教授が、当社の事業に携わっていることをご存じのようだ」
 
 今川が穏やかに答えた。

 佐目教授とは、

T大学のロボット研究室に籍を置く一方、

ゼウスニアの相談役兼ロボット設計技術責任者を務める佐目小五郎のことだ。

多忙な農林水産省の大臣が、

無名のベンチャー企業の製品のことまで知っているとは思えない。

国相手に仕事をする機会を得られたのも、

佐目教授の知名度のおかげというわけだ。

あっという間に、3人を乗せたベンツは、農林水産省の庁舎前に到着した。

それから、ベンツを駐車場に停めた後、玄関へ向かって歩き出した。

入り口にさしかかった時、敷地内に設置されていた

監視カメラがいっせいに、3人の方を向いた。

警備員不在だったことから気を抜いていたが、

敷地内に入った瞬間から、

行動の一部始終を監視されていたとわかり3人の間に緊張感が走った。

さぞかし厳重なセキュリティ体制なのだろうと

覚悟して庁舎内に足を踏み入れたが、

ただ広い玄関ホールには、

2台のエレベーターが設置されているだけで、

警備員や受付嬢などの職員の姿は、

どこにも見当たらない。事前に、農林水産省からは、

「エレベーターに乗車して、大臣室までお越しください」との案内が届いていたが、

受付がないため、何階でエレベーターを降りたら良いのかわからない。

「とりあえず、エレベーターの前まで行ってみましょう」
 
 磯屋が先頭に立った。

 エレベーターの前に立つと、ドアがすーっと開いた。

エレベーターに乗り込んだ途端、

階数ボタンを押していないにも関わらず、

エレベーターがひとりでに動き出した。

エレベーターは、猛スピードで上昇した後、

最上階に止まった。エレベーターが開き、

毛足の長い赤い絨毯が敷き詰められたロビーが見えた。

廊下を進むとすぐ、前方に、頑丈そうな鉄製のドアが現れた。

指紋認証で開くドアらしく、ドアノブがらしきものが見当たらない。

「株式会社ゼウスニアの者です」
 
 磯屋が、ドア越しに社名を告げるとひとりでに、鉄製のドアが開いた。

鉄製のドアの向こう側には、農林水産大臣の大河左近が待ちかまえていた。

「株式会社ゼウスニア代表取締役の今川空雅と申します。

このたびは、面談に応じてくださり、まことにありがとうございます」

「磯屋と申します」

「真浦です」

  3人は、大河の向かい側のソファに並んで座った。

「それで、君たちは、どんなロボットを製作しているのだね? 」
 
 大河が単刀直入に訊ねた。

「農林業、オフィス、介護の分野で活躍するロボットの開発をしています」
 
 今川が緊張気味に答えた。

「先日、君たちの会社を批判したユーチューブの動画を職員が見つけた。

何かトラブルを抱えてはいないだろうね? 」

  大河が訊ねた。

「製品の不具合が1件ございましたが、既に解決済です。ご安心ください」
 
 今川が答えた。

その時、大河が、あくびをかみころしたのを見逃さなかった。

「10年後には、シンギュラリティが起きると世間では言われていますが、

大臣、あなたは、我々、人間とAIが共存する社会を

実現するために、何をすべきだと思いますか? 」
 
 突然、真浦が何を思ったか、大河に質問を投げかけた。

「業務の判断、管理、チェックは人間の仕事。

タスク管理、システム連携、データ出力、通知、照会は、ロボットの仕事という風に

常に仕事を線引きして考えるべきだと思う」
 
 大河が咳払いすると答えた。

「つまり、お互いのテリトリーを犯さずに、

つかず離れずのスタンスがベストというわけですね? 」
 
 真浦が言った。

「話がだいぶ反れてしまいましたが、

失礼して、本題に入らせていただきたいと思います」
 
 磯屋が告げた。

「農業ロボットをアフリカに普及するプロジェクトとは、

また、ありきたりなことを考えたものだね」
 
 大河が半笑い気味で言った。

「アフリカの広大な農地を運営するためには、

日本が持つ先端農業技術が不可欠です。

弊社が開発した農業ロボットを導入すれば、

アフリカ農業は、飛躍的な発展を遂げること間違いありません」
 
 今川が、自信を持ってアピールした。

「いくら外から働きかけたって、

中にいる人間が変わろうとしなければ何も変わらない。

農業ロボットを大量導入したところで、

現地の人間が使いこなせなければ鉄くずと同じだ」
 
 大河が言った。

「私は、発展途上国を支援するのは先進国の務めだと思います。

日本は、戦争や震災からの復興を見事果たしました。

復興のノウハウを立ち直ろうとしている国に伝えるべきです」
 
 今川が身を乗り出して訴えた。

「日本近海にレアメタルをねらった海賊が度々出没するようになって、

あんなに豊富にあったレアメタルが底をつきかけている。

今は、他国を支援している場合ではないのだよ」
 
 大河がため息交じりに告げた。
 
「行き過ぎる海洋資源開発は、

自然破壊や環境汚染を招いていると、警鐘を鳴らしている専門家もいます。

聞いた話によれば、現在のところ、

リサイクル分で十分、間に合うそうではないですか? 」
 
 今川はいつになく熱心に訴えた。

明らかに、大河の反応はうすい。

3人の間で、あきらめムードがただよった。

「君に言われなくても、

近じか、採掘プロジェクトは中止にするつもりだ。

これ以上、掘っても採れる量はたいしたことない。

海洋資源に代わる新たな資源を探すさ」
 
 大河は、勢い良く立ち上がるとドアを開けた。

「もう帰れ」という合図だとわかり、3人は大臣室の外に出た。

「失礼しました」
 
 無情にも、3人の鼻先でドアが閉まった。

 その日の夜。今川は、1週間ぶりに早く帰宅した。

タワーマンションの上階にある部屋のドアを開けると、

玄関に見慣れぬ女物の靴が置いてあった。

「MIMI。帰ったぞ。いないのか? 」
 
 今川は玄関先でさけんだ。

 帰宅するといつも出迎えてくれる

女性型ヒューマノイドのMIMIが、

今夜にかぎって出て来る気配がないからだ。

リビングへ通じるドアを開けると、

MIMIが、見知らぬ中年女性といるのが見えた。

「ご主人様。お帰りなさいませ」

 MIMIが、今川に気づいて歩いて来た。

「留守中は、誰も部屋に入れるなとあれほど言っただろう」

 今川が言った。

「えー。お忘れですか? 

新年会のビンゴ大会で当たった商品の中に、

ハウスキーピング1日券があったではありませんか? 

今日がその日なのですよ」

 MIMIが言った。

「ハウスキーピング1日券」は、真浦のアイデアだ。

学生のころから、IoT家電機器を使い慣れている今川にはわざわざ、

家事を業者に依頼する人間のきもちが理解出来ないが、

世の中には、人間のぬくもりを欲する

タイプの人間が少なからず存在するらしく、

人間のハウスキーパーの需要はいまだあるようだ。

「たしか、17時までのはずじゃなかったか。

なのに、まだ、帰っていないとはどういうわけだ? 」
 
 今川が、MIMIに小声で訊ねた。

 潔癖症気味の今川は、今まで一度も、

他人を自宅に招き入れたことがない。

赤の他人が、家中を歩きまわり、

家具に触れたと考えるだけで嫌悪感を覚えた。

「本日、担当させていただいた吉沢と申します。

今回は、リビングの掃除と夕食作りをさせていただきました。

また何か、ご用命がございましたらよろしくお願いします」
 
 エプロン姿の中年女性が、近づいて来てあいさつした。

一応、エプロンを身につけているものの、

化粧の濃さと胸の谷間が見えそうな服が、

水商売の女を思わせて家庭的な感じがしない。

「あれは、いったい、何の真似ですか? 」
 
 今川は、窓辺に飾られた観葉植物を目ざとく見つけると指摘した。

 今川は、自分の他にいきものがいる気がして落ち着かないことから、

観葉植物や生花を部屋に置かないことにしている。

「あまりにも、殺風景なお部屋でしたので飾ってみました」
 
 吉沢が上目遣いで答えた。

「観葉植物のセッティングは、サービスに含まれていないはずですが? 

サービスに含まれていないことを勝手にしていただいては困ります」
 
 今川が、いつになくきつい口調で言い放った。

「す、すみません」
 
 吉沢が平謝りした。

「用が済んだのでしたら、すみやかにお引き取りください」
 
 今川はそう告げると、バスルームへ向かった。

「私、何か悪いことしましたか? 」

 吉沢が、MIMIに訊ねた。

その直後、MIMIの動きが、ピタリと止まった。

「ちょっと、大丈夫? どこか具合でも悪いのかい? 」

 吉沢が、MIMIのからだを支えるようにして訊ねた。

「電池切れになりました。充電器に戻ります」
  
 MIMIは、吉沢から離れると、充電器の上に上がり、そのまま動かなくなった。


 今川は、体力づくりと体重維持のため空き時間を利用して

会社の近くにあるジムへ通っている。

1か月ほど前から、UFOの絵柄のシャツを着た中年男性が、

今川の周辺をうろつくようになった。

「おい、あんた。ゼウスニアの今川社長さんだよな? 」
 
 ある日。そのUFOおじさんが、ジムから出て来た今川を待ち伏せした。

「どなたですか? 」
 
 今川は、あやしいと思い後ずさりした。

「おたくの会社がつくった介護ロボットのROBO太郎AZを

弁護することになった弁護士の大内望月だ」
 
 UFOおじさんが会釈した。恰好からして変だが、

介護ロボットを弁護すると聞いて、ますます、あやしさが増した。

「いったい、何の話ですか? ロボットの弁護なんて頼んでいません」
 
 と今川が言い返すと、大内が待っていましたとばかりに早口でまくしたてた。

「ROBO太郎AZは、もし、人間だったら、過労死ラインをとうに超える

長時間労働を半年にわたり強いられていた。

ふつう、過労死寸前の従業員がいることが発覚した場合、

雇い主は監督責任を問われるが、ロボットだからと、

雇い主には何のおとがめもないなんておかしいだろう! 」
 
「お言葉を返すようですが。

そもそも、人間とロボットは異なります。

一色単に考えるのはどうかと思いますけど」
 
 今川が引き気味に言った。

「なら、なぜ、人間の代わりをさせるんだい? 」

  大内が大声で訊ねた。

「とにかく、弁護は不要です。おひきとりください」

 今川が、一礼してその場から立ち去ろうとした時だ。

大内が強い力で、今川の肩をつかんで引き留めた。

「ウィルスに感染したのは、ロボットのせいではない。

おたくの会社のセキュリティシステムが、

万全でなかったせいだろう? 」
 
 大内が大声で言った。

「たとえ、そうでも、

あなたには一切関係のない話です!」
 
 今川が強い口調で言い返した。

 近年、世界的規模で、

コンピューターウィルスの種類は増え続けており、

先進諸国では、難易度の高いサイバー攻撃が頻発している。

今回のウィルスは、国内では未発見の新型ウィルスであったことから、

優秀なセキュリティシステムを更新していたにもかかわらず、

誤作動を起こす前に発見して除去出来なかった。

「メーカーには、ロボットを守る責任がある。

ウィルスを感染させておいて

廃棄するだけで済まそうというのは無責任な話だ」
 
 大内が低い声で告げた。

「新型ウィルスを調べてみなければ、

完璧に除去することが可能かどうかわかりません」
 
 今川が冷静に告げた。

「おたくの会社には、優秀な技術者がいると聞いたが、

ウィルスを完璧に除去することは、

本当に不可能なことなのか? 

チャレンジする気が、おたくにはないのかい? 」
 
 大内が訊ねた。

「わかりました。出来るかぎりのことはやりますよ。

そこまで言われて、何もしないわけにはいきませんから!」
 
 今川が、やぶれかぶれに言った。

「今ある法は、ロボットを道具として

利用する人間のためのルールであって、

ロボットの権利を守るものではない。

その点、ロボットを守る会は、

ロボットの権利を守り人間とロボットが共存出来る世の中を目指している」
 
 大内が言った。

今川は、名刺に書かれている肩書を見直した。

氏名の上に、「ロボットを守る会顧問弁護士」とある。

「ロボットを守る」なんていう

発想をする人に初めて会った。

「ロボットに、権利は存在しません。

ロボットは、人間の代わりを担うことがあっても、

自発的に行動したりしませんから、管理する人間のモラルが問われます」
 
 今川が咳払いすると主張した。

「あんた、ロボットクリエーターなんだろう? 

自分がつくったロボットに愛着はないのかい? 」
 
 大内が言った。

「愛着? それは、どういう意味ですか? 」
 
 今川が首を傾げた。

「愛着があるなら、簡単に、あきらめたりしないってことさ」
 
 大内が言った。

「何を言っているのか、理解しかねます。

この件につきましては、一度、預からせてください」
 
 今川は、大内をふり切ると走って逃げた。


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