第3話 別荘

文字数 2,546文字

 石川氏の死因が、多臓器不全と正式に発表されたのは、 死後1週間経ってのことだった。

死因に不審な点がなかったことから、検死にはまわされなかったという。

「テクノロイズム」の社長秘書、東元智哉が、

代表取締役専務に就任することが決定した矢先、

今川は、S県の郊外に建つ石川氏が

別荘として使用していたという一軒家に招かれた。

別荘にいたのは、東元智哉ただ1人で、

石川氏のいわゆる、取り巻きたちの姿はなかった。
 
「本日は、お招きありがとうございます」
  
 今川は、手土産に購入したワインを手渡した。
 
「どうぞおかけください」
 
 東元は、今川を応接間に案内するとソファに座るよう勧めた。

今川はさりげなく、部屋の中を見渡しながら、何だか落ち着かないと感じた。

 別荘として使用されていたせいか生活感がない。

まるで、新築のモデルルームに来た感じだ。
 
「おひとりとは、めずらしいですね」
 
 今川がさりげなく言うと、東元は苦笑いした。
  
「ここに来るまで、道に迷いませんでしたか? 」
 
 東元が、コーヒーを淹れながら訊ねた。

「おかげさまで、東元さんが手配くださったタクシーに乗り、

何とか、ここまでたどり着くことが出来ました」
 
 今川が穏やかに答えた。
  
「そうですか。この辺の道はわかりにくいですから、

自力で来ようとすると、必ず道に迷うんです」
 
 東元が告げた。
 
「ところで、私、1人で来るようおっしゃったわけは何ですか? 」
 
 今川は、コーヒーを一口飲むと訊ねた。

 磯屋は来たがったが、招待を受けたのは、

今川だけだったことから、さすがに、同行させられなかった。
 
「実は、相談したいことがありまして。

他の方には聞かれたくない話でしたので‥‥ 」
 
 東元が上目遣いで言った。

(他の人間には聞かれたくない相談とは、何だろう?  )
 
 東元から、相談を受けるのは初めてだ。

そこまで、信頼されているとは、正直、思わなかった。

「東元さんみたいな優秀な方から相談を受けるとは、

上手く答えられるか緊張するなあ~。

私に答えられる内容であると良いのですが‥ 」
 
 今川が言った。
 
 「今川さん。あなたにしか出来ないことなんです」
  
 東元が意を決したように告げた。
 
「私にしか出来ないこととは、いったい、何でしょうか? 」
 
 今川は一瞬、たじろいだ。
 
 その後、しばらくの間、沈黙が続いた。

今川は、コーヒーを飲みながら何気なく窓の外を見た。

庭には、樹木や花は何も植えられておらず、見事に殺風景だ。

多忙なクリエーターには庭を眺めながら、

優雅に過ごす時間はなかったと思った。
 
「あの。よろしければ、石川氏を発見した時の

状況を話していただけませんか? 」
 
 今川が訊ねた。

 決して、好奇心だけじゃない。

今川は、生前、世話になった恩人の最期を知ることで、

自分のきもちに整理をつけたかったのだ。
 
「かまいませんよ。

警察に話した内容と同じで良ければ、お話ししましょう」
 
 東元が快諾した。
  
 2035年の2月5日、深夜2時。

東元智哉は、セキュリティ会社から、

石川氏の生存が確認出来ないとの連絡を受けた。

電話もつながらないことから、石川氏の身に何かあったと思い、

車を飛ばして、自宅に駆けつけて合い鍵を使い家の中に入った。

 廊下や階段の電気がつかなかったことから、

ブレイカーを確認した。すると、全部屋のブレイカーが落ちていた。

ブレイカーを復旧させた後、石川氏の寝室へ向かった。

寝室のドアをノックして、

中にいるはずの石川氏に呼びかけたが、

返事がなかったため、合い鍵で寝室の中に入った。

寝室の中は真っ暗だった。

電気をつけてベッドのある方を見ると、

石川氏が、ベッドの脇に倒れているのが見えた。

あわてて駆け寄ると、石川氏は心拍停止状態だった。
 
 石川氏から、まんがいち、自分の身に何かあった場合は、

ここに連絡して欲しいと渡されていた名刺のことを思い出して、

名刺に書かれた電話番号に連絡した。

ところが、呼び出し音がむなしく、

鳴り響くだけで、誰も電話に出る気配がなかったため、

10コール目で電話を切った。

その直後、名刺に記載されていた研究所から

折り返し電話が来て、系列の病院へ

石川氏の遺体を運ぶよう指示があった。

それから数分後、送迎車が、自宅前に到着。

指定先の病院へ到着すると、医療スタッフが待機しており、

すみやかに、石川氏の遺体は、特別室へと担ぎ込まれた。
 
東元は、担当刑事に石川氏の遺体を

発見した時の状況をくわしく話したが、

事件性がないということから、病死と判断された。
 
東元は、銀行の金庫に保管されていた

石川氏の遺言書を受け取った後、

弁護士立ちあいのもと、開封して内容を確認した。


 遺言書には、
「葬儀は不要。遺灰を、生前、購入した宇宙空間にある墓に送ること。

諸手続きは、社長秘書の東元智哉に一任する」と書いてあった。
 
 遺言に従い、諸手続きを進めた。

遺産目録にあった石川氏の自宅や別荘は、

正式な遺産相続人不在により、都に寄付されることになった。
 
「ご相談というのは、この件なんですが‥‥ 」
 
 東元が、ノートパソコンをテーブルの上に置くと話を切り出した。

「なるほど、パソコンですか‥‥ 」

 今川が言った。
 
「これなのですが、中身が見られるようにしていただけませんか? 

パスワードがわからなくて開けないんです」
 
 東元は、ノート型パソコンのデスクトップを開くと、

⛎とつけられたフォルダーを指し示した。
 
「おっしゃる通り、ロックがかかっていますね」
 
 今川は、フォルダーをクリックしてみたが、

やはり、パスワードの入力を求められて開くことが出来ない。

フォルダーについていた⛎も、何なのか気になる。
 
「社長の手にかかれば、パスワードを解読するなど朝飯前ではありませんか? 」
 
 東元が上目遣いで言った。
 
 「おまかせください! 」
  
 今川は安請け合いして、

パスワード解読を引き受けた。

(フォルダーの内容も気になるし、会社に持ち帰れば、何とかなるだろう)
 
「よろしくお願いします」
 
 東元が、ノート型パソコンを両手で差し出すと告げた。
 
「ところで、どなたのパソコンなんですか? 」
 
 今川が訊ねた。

 「石川氏が、私用で使っていたパソコンです」
 
 東元が答えた。

  
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