禁書「はじまりの灯火」【8】

文字数 1,123文字

 城下町の城壁を飛び越え、星空だけが明かりとして瞬いている平原をあたしたちは歩いている。

 大勢の前で、長時間、1日に2回もイリュージョンを披露して満足げな表情を浮かべているあたしに、疑問符を浮かべたとーるくんが聞いてきた。

「すい、あの禁書に載っていた魔術は、先ほどのイリュージョンの炎の玉みたいなのですよね。どこら辺が禁書に指定されるほど脅威のある魔術だったのですか?」

 あたしは、ゆったりとした歩みを止めること無く答える。

「あれには、見たものの心を僅かに奮い立たせる魔術が載っていただけだよ。とーるくんみたいに魔術へ耐性があれば、まるっきり効果がないくらい弱いね」

 あたしが王城に連れていかれた時、案の定、コンパスの示す先はその中にあった。騒ぎになっても面倒なので、イリュージョンの準備をすると衛兵たちを欺き、宝物庫に厳重に保管されていた禁書をくすねていたのだ。

 とは言っても、禁書そのものを盗んだのではない。禁書を読み解き、魔術の知識を拝借しただけである。わたしは、王城に騙されて連れていかれた被害者のようなものだから、これでチャラだと考えている。

「そんな弱い魔術がどうして禁書になるのですか?」

 とーるくんの頭に、さらに疑問符を増やしてしまったようだ。

「憶測でしかないけど。革命や反逆などに使われたんじゃないかね。ただ、この魔術で扇動できるなら、誰かが一声あげれば魔術の効果と同様に、その声に続いたはずだよ。それでも、事のきっかけとして使われたから過大評価されて恐れられたんだろうね」

 とーるくんは疑問が晴れたようで、喜びから宙を一回転する。

「わかりました!それで、それは、すいの役には立ちそうですか?」

 あたしは痛いところを突かれたと苦い顔をして言った。

「さっきもイリュージョンで使えはしたから、役に立たないわけじゃないね。ただ、あたしが再現したいイリュージョンには使えそうにないよ」

「それは残念です……」

 あたしよりも残念そうに大きく落ち込むとーるくんに、なぜかあたしが次もあるからと元気付け、励ますのであった。

 九十九すい、あたしの旅の目的は、自分を”異世界”に導いたほどの完璧なイリュージョンを超えること。

 いまのあたしでは、まだ魔術や技術が足りない。

 足りないものが分からないからこそ、あたしは必要なものを指し示すコンパスを頼りに、”異世界”を渡り歩いている。この禁書を手に入れた今回の”異世界”のように。

「とーるくん、次の”異世界”にはきっと望むものがあるから、楽しんでいこうね!」

「もちろんです!!」

 無限に続く”異世界”に終わりはない。

 次の”異世界”では、あたしの望むものが手に入ると希望を抱きながら、この旅は続いていく。
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