第24異世界交易コロニーの「アイドル」【3】

文字数 2,523文字

 借金を背負わされた最初の頃こそ、パパもママも何とかなると信じていた。しかし、次第に家族で過ごす時間が減り、両親は顔を合わせると深刻な話ばかり増えていった。

 それでも私に対しては笑顔を向けてくれた。だから私はまだ、この家族は大丈夫だと楽観的に安堵していた。

 だが、その希望は虚しく消え、家族の終わりは思いがけずやってきた。

 家具も電化製品も装飾品も売り払い、空き家のようになった我が家で、何日ぶりかの家族との夕食を取っている時のことだった。

 突然、玄関の鍵が開く音がして、何人もの足音が聞こえた。

 キャっと悲鳴をあげ、私は驚きのあまり持っていた食器を落としてしまう。ガッチャーンと食器が割れても、パパとママは何も言わず、ただ静かに食事を続けていた。

 その静けさが、何よりも恐ろしかった。

 容赦のない複数の足音は、確実に家族の終わりを運んでいたし、もう助かる余地は残っていないと、私ですら悟ってしまったほどである。パパとママも、それらがすでに抗えない力だと察していたのだろう。

 パパとママは逃げることはおろか、抵抗しようとする気配すら微塵も感じられなかった。

 ただ静かに食事を終えて私の方を見た。言葉はなくとも、安心しなさいと、いわんばかりの笑みを一度だけ見せてくれた。そして2人は立ち上がり、侵入者たちの来る方を向き立ちすくんだ。

 侵入者たちはドスドスと我が物顔で部屋にまで入ってきた。私達が逃げられないように出入り口を塞ぐように広がる。

 私は侵入者たちを怖がりながらも、ちらりと確認した。

 人数は7人の体格の良い男たちで、細かい種族は分からないが、人型に近い種族ばかりだ。内5人はチンピラのような格好で、中心にいる2人はスーツを着ていた。

 そして、そのスーツを着ている内の1人は、私が知っている顔であり驚きを隠せなかった。

 この男は、パパと一緒に働いていた人で間違いない。

 パパとママの方を見ると2人の顔に驚きはなく、あの男が来るのは知っていたようだ。それどころか、私にその男を頼るようにとさえ言ってきた。

 その男が「時間だ」と心臓を潰すような低い声で告げる。

 私たちは、これが最後の別れだと強く3人で抱擁すると、パパとママは「愛してる」と囁きかけてくれた。

 その後、今の出来事は幻だったかのようにパパとママは侵入者たちの方へ、まるで罪人のように歩みだした。そうするのが運命であると受け入れているのか、侵入者に抵抗すること無く連行されていった。

 取り残された私は、頼るようにと言われた男を見た。

 しかし私にとって彼はパパと同じ会社で働いていた男でしかなく、名前も知らなければ、素性もろくに分からない。なぜ、そんな男を頼れといったのかは、今でも分からないが、おそらくパパもママもそれほどまでに限界がきていたんだろうと思う。

 その時の私は驚きと恐怖のあまり、泣くことも喚くこともできず、ただ呆然と立っていることしかできなかった。

 しかし、そんな事情は知ったことかと、私に対して3人もの男がこの場に残っている。

 その中のチンピラの格好をした2人は、獣が獲物を狙うかのような視線で、私のことをじっと見つめ続けてくる。

 知っている男は「一緒に来るんだ」といって面倒くさそうに手招きするのみで、私は不安から逃げ出したくてたまらなくなっていた。

 その場から動くことのできない私に嫌気が差した男は、乱暴に私の手を引き、家の外に連れ出した。

  そうして、外に停まっていた黒塗りの高級そうな車に、私は押し込まれ、目的地も教えられることなく、車は動く牢獄となり無情に走り出した。

 車には私を含めて4人乗っており、男たちはスーツを着ていた。運転手は初めて見るので、車で待機していたのだろう。

 知っている男は、私の隣に座っている。おそらく私の見張り役だ。彼は何も話そうとせず、ただ横にどっしりと構えているだけである。女性かつ子供だからと警戒は甘い。

 しかしどうすることもできず。彼に対して何かを尋ねる気にもなれず。ただ黙って窓の外を見つめるしかなかった。

車窓からは、今まで慣れ親しんだ街の風景が見え安堵を誘った。

 しかし、しばらく走ると両親から近寄ってはいけないと教えられている区画の中へと、車は何のためらいもなく入っていった。私の押しつぶされそうな心に気を留めることはなく。

 私はなぜその場所がタブーであるのか漠然と理解していた。けれど、実際にその区画に足を踏み入れたことで、すぐに視覚から強い嫌悪感を覚えた。

 まだ日が暮れて間もないというのに、路上で半裸になった女性が男を誘い、派手なスーツを着た男がその女を怪しげな店に連れて行く。

 ちらりと見ただけでも、路上には得体のしれない液体や割れたガラス、生きてるのか死んでいるのかわからない人や獣、ゴミ、ゴミ、ゴミ……これまで見てきたどんな場所よりも汚らわしかった。

 ここは私のいるべき場所じゃない、いていい場所じゃないと、拒絶にも似た反応を心も身体も示す。強烈な吐き気と冷や汗、これは悪夢だと思考は乱雑になる。

 車は、ネオンがギラギラと眩しく光る、一際目立つお店の前に停まった。そのお店の周りだけ、昼間なのではないかと思うほどの輝きを放っている。私は酷い目眩を覚えた。

 車のドアの横には、しっかりとスーツを着た男が2人立っていた。

 その内の1人が私の座っている方へ近づき、エスコートするようにドアを優しく開ける。私が戸惑っていると「はやく降りるように」と、隣の知っている男が、いまさら紳士的な振る舞いを装う。

 しかし、私が降りることをためらっていると、「待たせるな、乱暴はしたくない」とドスの利いた声で降車を促してきた。

 私は最高位の悪魔に睨まれた下位種族のように一瞬、全身を硬直させ、怯えながらも恐る恐る車を降りた。

 すると、タイミングを見計らったかのようにお店から男が出てくる。その男は、お店を擬人化したといっても過言ではないほど、ビガビガと電光を放つ装飾を身にまとって光り輝いていた。

 そんな、見るからに怪しい男が私の側に歩み寄りこう言った。

「ユーはトゥデイからマイジュエルね!メニーメニーマニーをメイクなさい!」
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