禁書「はじまりの灯火」【7】

文字数 2,971文字

 私は、商業ギルドの念話が可能な者たちを通信係とした情報網を使い、彼女の目撃情報を集めた。けれども、彼女の目撃情報は、同時刻に複数箇所で上がっていた。

 おそらくは、撹乱系の魔術だろうと仮定する。

 彼女が目撃された地点を地図上に点で書き込んでいく。すると、一箇所だけ城壁の出入り口ではなく、貧困街を目指していると考えられる点があることが判明した。

 彼女の目的は分からないが、貧困街で留まってくれるのであればチャンスがある。

 どのみち目撃情報から、城壁の外を目指している者の速さには、どれだけ馬を飛ばしても追いつけないだろう。

 早速、商業ギルドで信頼の置ける仲間に協力を仰ぎ、貧困街へ馬に跨り向かう。

 念のため彼女の邪魔をさせないように、商業ギルドでも情報を錯乱させる指示を出しておく。

 貧困街に着き、とうとう彼女たちの居場所を探し出した頃には、すでに日も沈もうとしている時間帯であった。

 私は数人の仲間と馬を走らせ、連絡のあった場所まで向かう。

 すでに待機していた他の仲間たちは、心なしかうきうきしていた。彼女たちのイリュージョンの噂を耳にしていたためだろう。

 目的の彼女たちはというと、城下町でも貧困層が住む区域の広場におり、イリュージョンを披露する準備をしていた。

 この広場には、木材でできた年季の入ったステージが立てられていて、すでに貧困街の住人たちがわらわらと集まって、お祭りの会場のようになっている。

 先刻まで居たパーティー会場とは比べ物にならないほどみすぼらしい場所だが、人々の活気や熱量が段違いに力強かった。

「これこそが、私の求める国の姿だ」

 誰に向けたのではない正直な気持ちから出た言葉であった。冷え切り、上になびくだけの茶番ではない、本物の人々の姿が、ここにはあったからだ。

 それから私は王族という立場を忘れ、貧困街の彼らと共に、彼女たちのイリュージョンを分かち合った。

 ここに集まったものは皆、平等で、ただイリュージョンを楽しむという同じ思いの元に、ここにいたのだ。

 イリュージョンをしている彼女が杖を振るとき、それは単なる動作ではなかった。

 空間自体が彼女の意志に応え、妖精の煌めきに似た光の粒子が液体のように変わり、現実の縁をぼやけさせる。

 眼前に広がるのは、言うなれば力と幻想が交錯する世界だ。

 その液体は触れると暖かく、手を通り抜けるときには現実を疑うような感覚を残した。

 悪戯な笑みを浮かべる彼女の囁き1つで、貧困街には嵐が巻き起こる。

 あまりの光景に、その場にいた全員が思わず身構えた。

 しかし、その雨は私達を濡らすことなく、風は感じさせるものの煽られることはない。

 彼女は観客の反応を見極めると、愉悦にほくそ笑んだ。

 そして、彼女が大きく両手を広げたその瞬間、世界は静寂に包まれた。

 次いで彼女の指先から紡がれる光が貧困街を照らし出し、暗闇を一掃する。

 その光はただの光ではなく、希望と再生の象徴であり、見る者すべてに力を与える。

 まるで、夜明け前の暗闇を切り裂く太陽の光のように、彼女は私たちに未来への道を示したのだ。

 彼女に導かれ、私たちはイリュージョンという幻想の世界へと足を踏み入れた。この場所では、日常の束縛から解放され、時間さえも異なるリズムで流れている。

 その後も数々のイリュージョンが披露され、終幕を迎えた後でさえ周りの興奮は冷めやらず、依然として熱狂が続いている。

 私は熱くなりすぎた興奮を冷ますために、しばし集団からは離れ、静まり返った夜空をみながらイリュージョンの内容を鮮明に思い出し、反芻した。

 イリュージョンの中で心に深く残ったのは、まるで守護する力を持つ小さな太陽が空に浮かぶものだった。

 その炎は、生命の脈打ちを思わせるように光を強弱させながら点滅し、見る者の心を捉えた。さらに、四方八方に温もりを感じさせるような光の粒子をばらまき、場を温かな雰囲気で満たす。

 そして、その熱が最高潮に達した瞬間、すべての輝きがひとつの終焉を迎えるように静かに消えていくというものだ。

 他のものと比べれば、派手とも、奇天烈とも違う、儚くも悲しさが勝るものであった。

 しかし、そこに全身全霊で挑む私の姿を重ねてみたのだ。

 私は、暴虐王のように1人で国をここまで大きくすることはできなかっただろう。

 だが、あの炎のように私が灯火になることで、多くの人を導くことができるかも知れない。そうすれば、今よりも国を豊かにし、発展させることができるに違いない。

 そこで、私は決意を固めた。近いうちに事を起こそうと。

 それを確実なものにするためにも、彼女にはできれば力になってもらいたい。

 私は貧困街のリーダーたちとやり取りをしている彼女に近づいた。すると、貧困街のリーダーは、私に深々と頭を下げ「これはこれは、商業ギルドのお方、いつもご支援いただき、誠にありがとうございます」と言い、気を利かせ、その場を譲ってくれた。

 そのやり取りを見た彼女の方から私に気づいてくれたようで、「あんたは城の人だったね」と言ってくれた。

 そして、彼女の名前は”九十九すい”であるということを知った。

「覚えていただいており光栄です。あの壮麗なイリュージョンは、まさに芸術の極みでした。あの虚飾に満ちた場所よりも、こちらの真の魅力と活気に溢れる会場が、あなたの才能を存分に発揮するのにふさわしい場所ですよ」

 彼女は、イリュージョンをしている時に見えていた恍惚の表情に近い顔で言った。

「ありがとね。こうやって大勢で楽しめれば、あたしも楽しいからね!

 それよりも、さっきはごめんね。自己防衛とはいえ、王様をぶっ飛ばしちゃって、あたしは楽しめないことはしないようにしててね」

 彼女の言う通り、あんな王城でイリュージョンをしていても楽しくはなかっただろう。

 この機を逃してはならないと、彼女に断られるのを承知の上で、この国のために力になってほしいと頼んだ。

 だが、想定以上にあっさり断られた。

 私は、そんな彼女に憧憬を覚える。そんな彼女だからこそ、いくら頼んでも無駄だろうと、すぐに諦めもつくのだった。

 それに、あまり長く引き止めるわけにもいかない。彼女のイリュージョンの噂は波のように広まりつつあるだろう。情報の錯乱をしているとは言え、そろそろ追手がきてもおかしくないくらいに時間が経っている。

 私は彼女に大丈夫なのかを聞くと、この区域に被害が及ばないように、自身の幻影を使い城壁の外まで逃したと言う。

 推測は当たっていたようだ。商業ギルドが行っている情報の撹乱と合わせれば、ここに彼女の追手がすぐにたどり着くことは、まだないだろうと安心した。

 それだけ話すと、彼女はそろそろ出発すると言う。私は国外まで送らせてほしいと提案したが、即決で断られ、風のように去ってしまった。

 後に、ここのリーダーに聞くと彼女は「あたしが楽しめれば、お代はいらないからね」と、一銭も報酬を受け取っていないのだというので驚いた。

 いまの私に彼女は遠すぎる。

 あの暴虐王でさえ届かぬ、高みに彼女は立っているのだろうと感心した。

 人としての限界というまやかしを、一瞬で消し去った彼女に追いつくために、彼女の去っていった方を向き誓う。

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