第24異世界交易コロニーの「アイドル」【5】
文字数 3,536文字
私は明日のライブのために、自宅から異世界交易コロニーで最も大きいライブ会場に向かっていた。
頭上には晴れ渡る空、といっても実際は映し出された偽りの空でしかない。肌を優しく撫でる心地よく吹く風、これも人工的に起こしている。
コロニーだから当然といえば当然であるが、問題はそこではない。
これらがすべて人工的であるということは、これらすべてがお金で買えてしまうということが問題なのだ。
高層ビルをはじめとした大型の建築物、道を走る乗り物、歩く人たち。これらすべては、お金がなければ動くこともなく、お金があれば如何様にだって動かせる、動かせてしまう。
この異世界交易コロニーでは、天候ですらお金さえ出せば思いのままになり、人であってもお金で思いのままに動かせるのだ。
つまり、パパが勤める会社が突然倒産したことも、誰かがお金で仕組んだに違いない。
だから私は2度と誰にも動かせないように、誰よりもお金を持たなくてはならない。
それにお金のある側に立てば、受けられるメリットも大きい。
私はちょっとした有名人であるのに、こうしてなんの不便もなく外を出歩けるのは、お金で買ったコロニーの防犯機能のおかげだ。
この防犯機能は周りの人から私への認識を阻害し、私に危害を加えないように意識を操作するなどの事ができる。
危害の判定は使用者に委ねられるため、単純な暴力行為だけを抑止することや、触れることすらさせないという極端な設定にもできるのだ。
維持費はそれなりにかかるが、犯罪に遭遇しなくなるので手放すことはできない。
もちろん、その逆もまたお金を払えば可能にしてしまうという恐ろしさもある。
数多の”異世界”から、優れた技術・魔術を取り入れている異世界交易コロニーは、この世で為せるほとんどのことを、お金によって可能にしていた。
そんなことを考えながら歩いていると、広場で路上パフォーマンスを始めようとしている青髪のポニーテールの女性を見つけた。
彼女は、表面が上品な黒色、内側は真紅で染め上げた美しい天然のシルクと思われる貴重なマントをしている。
彼女の側には、ゆるふわ系のモンスター?魚?がいた。頭のおでこが大きく、全身は青くて、どことなく笑いを誘う造形をしている。
私は彼女たちを一目見ただけで、お金になると直感した。
異世界交易コロニーで、路上パフォーマンスは気軽にできるものではないからだ。
観客は目利きが多く、つまらないと悪い噂が広まれば、異世界交易コロニーから閉め出されることもある。
もっと酷ければ憂さばらしに誘拐や命を奪うことも平気でするだろう。一部の権力者なら、それくらいは平気でやってしまう。
ここでパフォーマンスをすることは、一世一代の大勝負をするくらいの大舞台になるのだ。
逆にここで名を馳せることは、無数の”異世界”を繋ぐこの場所において、一躍有名になるチャンスにもなる。
普通なら足がすくむほどの緊張が伴うはずなのに、彼女は楽しそうにニタニタと笑っていた。
その快美な表情からは余裕どころか、パフォーマンスの成功を確信していると感じられる。
なんだか、パフォーマンスをすることそのものを愛しているようにも見えるのだ。
コロニーに現れた謎の2人に俄然興味が湧いた私は、悩むこともなく午前中のリハーサルの予定を一部キャンセルしてパフォーマンスを見ることにした。
はじまった彼女たちのパフォーマンスは、まるで伝説のアイドルのステージのような、千差万別の見世物が集まる異世界交易コロニーでも見たことがないものであり、言葉では表現することのできないほどの異彩を放っている。
それは、観客を別世界へと誘う魔法のようなものに見えた。
彼女の動き一つ一つに、観客は息を呑み、その場の空気を掌握する。
それでいて彼女はまるで子供が遊ぶように無邪気に笑い、自らの芸を愛しているかのようだ。
私は、そんな彼女を見ていると、自分がアイドルとして、膨大なファンの前でステージに立つ時の緊張感と高揚感を思い出していた。
しかし、彼女のパフォーマンスは私のそれとは違った種類の興奮を観客に与えている。
彼女は自分の世界を明確に持ち、それを自由自在に観客と共有する空間を築いていた。
ステージにアイドルが立つ時、もちろんアイドルが主役であるが、彼女のイリュージョンは彼女と観客が同じようにステージ上で主役を演じているようであった。
その姿に私はある種の羨望さえ感じた。
彼女は右手に奇妙な形の機械のステッキを構え直す。
私たちの注意を一点に集中させ、指揮者のように手を大きく振り上げる。
彼女の動きに呼応するように、濃密な魔力が周囲に集結し始めた。
何度見てもあまり可愛くない魚が、切迫した面持ちで観客群に警鐘を鳴らす。
「危険です! 近づかないでください!! これ以上入ると 、ブラックホールに吸い込まれて、2度とでてこれなくなりますよ!!!」
その真剣な眼差しに、人々は思わず足を一歩後ろへと後ずさる。
先ほどまでのパフォーマンスとは違い、魔力と共に緊張感が私たちを包んでいく。
集まった魔力は圧倒的な質量で、周囲の景色を歪め、ブラックホールのようなものをつくっていた。
あらゆる光を吸い込み始め、それが風船ほどの大きさに膨らんだ瞬間、彼女は空に向かってキラキラと輝く粉を撒き散らす。
それはブラックホールを中心に渦巻き、やがて複数の小さな塊に分かれていった。
中心部には一段と輝きを放つ、スポットライトほどの大きさの恒星が形成される。
他の塊も徐々に大きさを増していき、拳大や頭ほどの球体となり、恒星の周囲を公転し始めた。
彼女は宇宙のミニチュアモデルを創り出したのだ。
あまりの出来事に野次馬たちから感嘆の声が漏れていた。
「これは人間のねーちゃんが生身でできるレベルじゃないぞ......!」
「この規模を1人で......異世界コロニーと言えど、他に誰かできる奴がいるのか?」
彼らが言うように、このレベルの魔術・技術は通常、大掛かりな装置を使わなければ不可能とされており、その技能は並外れている。
ただの通行人に向けて行うにはあまりにも高度なパフォーマンスは、彼女のイリュージョンが格別であることを証明していた。
フィナーレでは創出した恒星系を超新星爆発させて、その圧巻のショーを締めくくる。
圧倒的な迫力に私達は絶句したが、状況が飲み込め始めると自然と拍手が巻き起こる。
まるで最高位の神々が戯れに宇宙を創造するような、このイリュージョンは観る者に強烈な印象を与えたのだった。
(なんて自由なんだろう…)
彼女はこんな大舞台にも動じることなく、ただ自分のイリュージョンを楽しんでいる。
彼女のイリュージョンは見るだけの観客にとっても、そして彼女自身にとっても、意味深いものであることを私は感じ取ることができた。
「これはお金になる……!」
その呟きは、お辞儀をする彼女へ送られる大歓声によってかき消される。
路上パフォーマンスという、想定外のことが起きやすい悪条件の中で、私のライブにも匹敵する、いやそれ以上のパフォーマンスをしてみせたのだ。
ただそれにもかかわらず、投げ銭を一切受け取らない姿勢に怒りを通り越して呆れてしまった。
これだけのパフォーマンスが無料で見られるとなれば、市場崩壊になりかねない。
けれども彼女たちがお金に無関心なら、できるだけ依頼料を抑えられるはずである。
私は彼女たちを明日のライブに誘うことにした。
1億人以上を動員する大型ライブに飛び入り参加なんて普通はありえない。だが、それ以上の価値を彼女たちに感じ、その選択は間違っていないとパフォーマンスを見て確信できた。
私は彼女たちに近づき声をかけようとしたが、コロニーの防犯機能が機能したままなのを思い出す。
そして、これだけのパフォーマンスを披露したのに、誰も彼女を勧誘にいかない理由も同様のものであると考えつく。彼女にも、危害や悪意が及ばないように、コロニーの防犯機能が働いているのだろう。
私はそれでも機を逃してはいけないと、自身の防犯機能を一部停止させて接触を図ろうとした。
すると、彼女が認識を阻害させているはずの私の方を訝しげに見ていることに気がついた。
偶然、彼女と目が合っただけだと思い、一歩横にずれてみると目で追ってくる。
左右にステップを踏んでもステップに合わせて目で追いかけてくるので、確実に見えているのだとわかった。
コロニーの防犯機能を無効化できるなんて、ますます彼女からお金の匂いが香ってくるようだ。
より一層期待が高まった私は、陽気な気持ちで彼女に声をかけたのだった。
頭上には晴れ渡る空、といっても実際は映し出された偽りの空でしかない。肌を優しく撫でる心地よく吹く風、これも人工的に起こしている。
コロニーだから当然といえば当然であるが、問題はそこではない。
これらがすべて人工的であるということは、これらすべてがお金で買えてしまうということが問題なのだ。
高層ビルをはじめとした大型の建築物、道を走る乗り物、歩く人たち。これらすべては、お金がなければ動くこともなく、お金があれば如何様にだって動かせる、動かせてしまう。
この異世界交易コロニーでは、天候ですらお金さえ出せば思いのままになり、人であってもお金で思いのままに動かせるのだ。
つまり、パパが勤める会社が突然倒産したことも、誰かがお金で仕組んだに違いない。
だから私は2度と誰にも動かせないように、誰よりもお金を持たなくてはならない。
それにお金のある側に立てば、受けられるメリットも大きい。
私はちょっとした有名人であるのに、こうしてなんの不便もなく外を出歩けるのは、お金で買ったコロニーの防犯機能のおかげだ。
この防犯機能は周りの人から私への認識を阻害し、私に危害を加えないように意識を操作するなどの事ができる。
危害の判定は使用者に委ねられるため、単純な暴力行為だけを抑止することや、触れることすらさせないという極端な設定にもできるのだ。
維持費はそれなりにかかるが、犯罪に遭遇しなくなるので手放すことはできない。
もちろん、その逆もまたお金を払えば可能にしてしまうという恐ろしさもある。
数多の”異世界”から、優れた技術・魔術を取り入れている異世界交易コロニーは、この世で為せるほとんどのことを、お金によって可能にしていた。
そんなことを考えながら歩いていると、広場で路上パフォーマンスを始めようとしている青髪のポニーテールの女性を見つけた。
彼女は、表面が上品な黒色、内側は真紅で染め上げた美しい天然のシルクと思われる貴重なマントをしている。
彼女の側には、ゆるふわ系のモンスター?魚?がいた。頭のおでこが大きく、全身は青くて、どことなく笑いを誘う造形をしている。
私は彼女たちを一目見ただけで、お金になると直感した。
異世界交易コロニーで、路上パフォーマンスは気軽にできるものではないからだ。
観客は目利きが多く、つまらないと悪い噂が広まれば、異世界交易コロニーから閉め出されることもある。
もっと酷ければ憂さばらしに誘拐や命を奪うことも平気でするだろう。一部の権力者なら、それくらいは平気でやってしまう。
ここでパフォーマンスをすることは、一世一代の大勝負をするくらいの大舞台になるのだ。
逆にここで名を馳せることは、無数の”異世界”を繋ぐこの場所において、一躍有名になるチャンスにもなる。
普通なら足がすくむほどの緊張が伴うはずなのに、彼女は楽しそうにニタニタと笑っていた。
その快美な表情からは余裕どころか、パフォーマンスの成功を確信していると感じられる。
なんだか、パフォーマンスをすることそのものを愛しているようにも見えるのだ。
コロニーに現れた謎の2人に俄然興味が湧いた私は、悩むこともなく午前中のリハーサルの予定を一部キャンセルしてパフォーマンスを見ることにした。
はじまった彼女たちのパフォーマンスは、まるで伝説のアイドルのステージのような、千差万別の見世物が集まる異世界交易コロニーでも見たことがないものであり、言葉では表現することのできないほどの異彩を放っている。
それは、観客を別世界へと誘う魔法のようなものに見えた。
彼女の動き一つ一つに、観客は息を呑み、その場の空気を掌握する。
それでいて彼女はまるで子供が遊ぶように無邪気に笑い、自らの芸を愛しているかのようだ。
私は、そんな彼女を見ていると、自分がアイドルとして、膨大なファンの前でステージに立つ時の緊張感と高揚感を思い出していた。
しかし、彼女のパフォーマンスは私のそれとは違った種類の興奮を観客に与えている。
彼女は自分の世界を明確に持ち、それを自由自在に観客と共有する空間を築いていた。
ステージにアイドルが立つ時、もちろんアイドルが主役であるが、彼女のイリュージョンは彼女と観客が同じようにステージ上で主役を演じているようであった。
その姿に私はある種の羨望さえ感じた。
彼女は右手に奇妙な形の機械のステッキを構え直す。
私たちの注意を一点に集中させ、指揮者のように手を大きく振り上げる。
彼女の動きに呼応するように、濃密な魔力が周囲に集結し始めた。
何度見てもあまり可愛くない魚が、切迫した面持ちで観客群に警鐘を鳴らす。
「危険です! 近づかないでください!! これ以上入ると 、ブラックホールに吸い込まれて、2度とでてこれなくなりますよ!!!」
その真剣な眼差しに、人々は思わず足を一歩後ろへと後ずさる。
先ほどまでのパフォーマンスとは違い、魔力と共に緊張感が私たちを包んでいく。
集まった魔力は圧倒的な質量で、周囲の景色を歪め、ブラックホールのようなものをつくっていた。
あらゆる光を吸い込み始め、それが風船ほどの大きさに膨らんだ瞬間、彼女は空に向かってキラキラと輝く粉を撒き散らす。
それはブラックホールを中心に渦巻き、やがて複数の小さな塊に分かれていった。
中心部には一段と輝きを放つ、スポットライトほどの大きさの恒星が形成される。
他の塊も徐々に大きさを増していき、拳大や頭ほどの球体となり、恒星の周囲を公転し始めた。
彼女は宇宙のミニチュアモデルを創り出したのだ。
あまりの出来事に野次馬たちから感嘆の声が漏れていた。
「これは人間のねーちゃんが生身でできるレベルじゃないぞ......!」
「この規模を1人で......異世界コロニーと言えど、他に誰かできる奴がいるのか?」
彼らが言うように、このレベルの魔術・技術は通常、大掛かりな装置を使わなければ不可能とされており、その技能は並外れている。
ただの通行人に向けて行うにはあまりにも高度なパフォーマンスは、彼女のイリュージョンが格別であることを証明していた。
フィナーレでは創出した恒星系を超新星爆発させて、その圧巻のショーを締めくくる。
圧倒的な迫力に私達は絶句したが、状況が飲み込め始めると自然と拍手が巻き起こる。
まるで最高位の神々が戯れに宇宙を創造するような、このイリュージョンは観る者に強烈な印象を与えたのだった。
(なんて自由なんだろう…)
彼女はこんな大舞台にも動じることなく、ただ自分のイリュージョンを楽しんでいる。
彼女のイリュージョンは見るだけの観客にとっても、そして彼女自身にとっても、意味深いものであることを私は感じ取ることができた。
「これはお金になる……!」
その呟きは、お辞儀をする彼女へ送られる大歓声によってかき消される。
路上パフォーマンスという、想定外のことが起きやすい悪条件の中で、私のライブにも匹敵する、いやそれ以上のパフォーマンスをしてみせたのだ。
ただそれにもかかわらず、投げ銭を一切受け取らない姿勢に怒りを通り越して呆れてしまった。
これだけのパフォーマンスが無料で見られるとなれば、市場崩壊になりかねない。
けれども彼女たちがお金に無関心なら、できるだけ依頼料を抑えられるはずである。
私は彼女たちを明日のライブに誘うことにした。
1億人以上を動員する大型ライブに飛び入り参加なんて普通はありえない。だが、それ以上の価値を彼女たちに感じ、その選択は間違っていないとパフォーマンスを見て確信できた。
私は彼女たちに近づき声をかけようとしたが、コロニーの防犯機能が機能したままなのを思い出す。
そして、これだけのパフォーマンスを披露したのに、誰も彼女を勧誘にいかない理由も同様のものであると考えつく。彼女にも、危害や悪意が及ばないように、コロニーの防犯機能が働いているのだろう。
私はそれでも機を逃してはいけないと、自身の防犯機能を一部停止させて接触を図ろうとした。
すると、彼女が認識を阻害させているはずの私の方を訝しげに見ていることに気がついた。
偶然、彼女と目が合っただけだと思い、一歩横にずれてみると目で追ってくる。
左右にステップを踏んでもステップに合わせて目で追いかけてくるので、確実に見えているのだとわかった。
コロニーの防犯機能を無効化できるなんて、ますます彼女からお金の匂いが香ってくるようだ。
より一層期待が高まった私は、陽気な気持ちで彼女に声をかけたのだった。