第30話 エブリデイ・アット・ザ・バスストップ【6】
文字数 1,302文字
カケが新メンバーに加わった演劇部の部室。
演劇部の部室は、グラウンドを隔てて校舎の離れにあった。
数年前までは名門の演劇部だった。
だから、舞台と同じくらいの広さの大部屋があって、そこを練習場所にしていた。
だが、僕が二年生のときの秋、部員は同学年の女性の部長、後輩の女性副部長、男子はカケ、そして僕の、その四人しかいなかった。
今じゃ、廃部になるか寸前の演劇部だった。
放課後、僕らが基礎練を終わらせて寸劇をしていると、ゴムサンダルで歩く音が、部室の外から聞こえてきた。
ドアを開けて入ってきたのは、演劇部顧問、セヤ先生だった。
「よぉ! 元気に部活やってるか?」
手をハンドクラップして寸劇を中断させ、部長は言う。
「素足にサンダル。今はもう秋ですよ、先生」
「ミズムシにもならないし、サンダルが一番なんだよ。ははは」
いつものセヤ先生だった。
部活動が一段落すると、副部長の女の子がお茶を人数分用意してトレンチで持ってくる。
僕らはテーブルに座って飲みながら、その日は先生を交えて会話をした。
「おー、そういやるるせ。おまえはギターで弾き語りするんだってな」
「え? ……ええ、まあ」
「あはは。おれもだよ。おれも、悲しいときにはギターを手に取って、弾き語りをする」
部長が笑う。
部長のその笑いは、憂いをおびえていた。
セヤ先生の奥さんはそのとき、大病を患っていたからだ。
悲しいとは、つまり、そういうことだろう、と。
ここに書くのは不適切かもしれないが、そのときには先生の奥さんはもう、助かる見込みは……いや、本筋と逸れるから、その話はやめておこう。
セヤ先生は、僕に言う。
「るるせは東京へ住んでみた方がいい。東京には田舎では考えられないくらい、いろんな奴がいる。よく都会の人間は冷たい、と言うし、最低な奴は本当に最低な奴だが、そのかわり、良い奴もたくさんいる。それをじかに触れて、肌感覚でもわかった方が良い。それで得た経験はきっと、その後のおまえの役に立つだろう」
まさか、そんな話を振られるとは思っていなかったので、僕は驚いたし、先生がそのとき言っていたことはその通りだった。
「るるせ、おまえが好きな詩人は誰だ? ケンジか? 中也か?」
僕は答えた。
「萩原朔太郎です」
「言うと思ってたよ。おれも、萩原朔太郎がフェイバリットだ。詩集ではなにが好きだ?」
「『氷島』、次に『青猫』ですね」
「『氷島』ときたか。あはははは。そりゃぁ、良い」
大きく口を開けて笑ったセヤ先生は、
「じゃ。またな。一年後には、オリジナル脚本の演劇を大会でやるんだろう? 用意はそこにいる部長が一年生の時から構想を練っていた。みんなで、一花咲かせよう」
言うだけ言って、先生は部室を後にする。
ギターの話も、萩原朔太郎がマンドリンという弦楽器の使い手だったことを踏まえて、最初に話題として出してきたのだろう。
「じゃ、寸劇、もう一度やろうかしら」
部長が言う。
「お茶を飲み終えてからにしてください。せっかく用意したのですから」
と、副部長。
僕とカケはストレッチをする。
僕らの時計は、ゆっくりと、だが確かに進んでいた。
〈次回へつづく〉
演劇部の部室は、グラウンドを隔てて校舎の離れにあった。
数年前までは名門の演劇部だった。
だから、舞台と同じくらいの広さの大部屋があって、そこを練習場所にしていた。
だが、僕が二年生のときの秋、部員は同学年の女性の部長、後輩の女性副部長、男子はカケ、そして僕の、その四人しかいなかった。
今じゃ、廃部になるか寸前の演劇部だった。
放課後、僕らが基礎練を終わらせて寸劇をしていると、ゴムサンダルで歩く音が、部室の外から聞こえてきた。
ドアを開けて入ってきたのは、演劇部顧問、セヤ先生だった。
「よぉ! 元気に部活やってるか?」
手をハンドクラップして寸劇を中断させ、部長は言う。
「素足にサンダル。今はもう秋ですよ、先生」
「ミズムシにもならないし、サンダルが一番なんだよ。ははは」
いつものセヤ先生だった。
部活動が一段落すると、副部長の女の子がお茶を人数分用意してトレンチで持ってくる。
僕らはテーブルに座って飲みながら、その日は先生を交えて会話をした。
「おー、そういやるるせ。おまえはギターで弾き語りするんだってな」
「え? ……ええ、まあ」
「あはは。おれもだよ。おれも、悲しいときにはギターを手に取って、弾き語りをする」
部長が笑う。
部長のその笑いは、憂いをおびえていた。
セヤ先生の奥さんはそのとき、大病を患っていたからだ。
悲しいとは、つまり、そういうことだろう、と。
ここに書くのは不適切かもしれないが、そのときには先生の奥さんはもう、助かる見込みは……いや、本筋と逸れるから、その話はやめておこう。
セヤ先生は、僕に言う。
「るるせは東京へ住んでみた方がいい。東京には田舎では考えられないくらい、いろんな奴がいる。よく都会の人間は冷たい、と言うし、最低な奴は本当に最低な奴だが、そのかわり、良い奴もたくさんいる。それをじかに触れて、肌感覚でもわかった方が良い。それで得た経験はきっと、その後のおまえの役に立つだろう」
まさか、そんな話を振られるとは思っていなかったので、僕は驚いたし、先生がそのとき言っていたことはその通りだった。
「るるせ、おまえが好きな詩人は誰だ? ケンジか? 中也か?」
僕は答えた。
「萩原朔太郎です」
「言うと思ってたよ。おれも、萩原朔太郎がフェイバリットだ。詩集ではなにが好きだ?」
「『氷島』、次に『青猫』ですね」
「『氷島』ときたか。あはははは。そりゃぁ、良い」
大きく口を開けて笑ったセヤ先生は、
「じゃ。またな。一年後には、オリジナル脚本の演劇を大会でやるんだろう? 用意はそこにいる部長が一年生の時から構想を練っていた。みんなで、一花咲かせよう」
言うだけ言って、先生は部室を後にする。
ギターの話も、萩原朔太郎がマンドリンという弦楽器の使い手だったことを踏まえて、最初に話題として出してきたのだろう。
「じゃ、寸劇、もう一度やろうかしら」
部長が言う。
「お茶を飲み終えてからにしてください。せっかく用意したのですから」
と、副部長。
僕とカケはストレッチをする。
僕らの時計は、ゆっくりと、だが確かに進んでいた。
〈次回へつづく〉