第98話 ミッドナイト・ストリートパフォーマンス【5】

文字数 962文字

「自分の人生を、生きているか?」


 僕の軽いMCのあと、僕らの演奏が始まる。
 打ち込みのドラムに、カケのベースが重なる。
 その上を走るように僕がストロークしたオーヴァードライブのテレキャスターと口から紡ぐライム。
 スポットを浴びながら、僕らは剥き出しのコンクリートのビル内に、音を響かせる。
 持ち曲を二曲終えて、僕らのライブでの初ステージが終わった。
 一瞬の間を置いてからの、拍手。
 僕らは拍手に包まれながら、舞台から捌けた。

 正直、この日のことを、僕はいまいちよく覚えていない。
 帰り、終電に乗るために駅へ向かう途中、缶ビールを片手に、僕はカケと一緒に、満天の星空に叫んだ、ということくらいだ。

 僕らならなんでもやれる。
 そのときは、そんな気がしたんだ。
 僕らはどこにだって飛べる気が、したのだ。







「歴史を見てみなさい。苦難の時代ほど、〈ひと〉が輝きを帯びる。だから、大丈夫」
 これは、僕がのちに聴講した大学の先生が、さらにその先生に言われた台詞だそうだ。
 先生がこの国を憂い、尋ねたら、そう答えてくれたらしい。
 ちなみに、その、先生の先生という方を、僕は偶然見かけたことがある。
 良いひとそうだった。
 だから、コーゲツからその方の著書を安値で買って、僕は何度も読み返した。
 未だに、手元に置いてある本の一冊だ。

 世の中、暗いニュースばかりだけども、こういうときに、ひとが輝きを帯びる。
 そして、世界を変えていく。
 僕は「子供の頃にも、将来の夢なんてなかったよ」とは言うが、でも、〈小説で世界は変えられる〉と信じてここまで人生を歩んできた人間だし、これからもその思いは変わらない。
 輝きを帯びる存在の一人に、絶対になってやる、と思って、僕は今も生きている。

 そんな人生を歩むためには、この小説で語る僕の冒険劇は、必要なプロセスだった。
 成功と挫折。
 演劇で成功を手にしたことはあったけど、僕は落ちぶれていき、今も這い上がるために、自分で起き上がるために、頑張っている。
 そんな僕だからこそ、暗い時代にひとが帯びる輝きに、賭けているのかもしれない。
 なにを賭ける?
 決まっているだろ、そんなの僕の全人生だ。

 ライブを終えたとき、僕は、上京してバンドをやろうと思ったのだった。
 それは、必要なプロセスだったのだ、違いない。




〈了〉
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成瀬川るるせ:語り手

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