第3話 ゴスロリちゃん綱渡り【前編】
文字数 1,656文字
渋谷区、円山町。
ナイトクラブ・クラブエイジア。
その夜、僕はクラブエイジアのフロアで独り、踊っていた。
踊る、といっても、身体をゆさゆさと、くゆらしていただけだったけれども。
このゆらゆら身体をくゆらすのが、フロアで踊る、ということなのである。
フロアは薄暗い。
ステージもあって、そこにDJブースもあるのだが、スポットは照らされていない。
客の入り、だが。
実はこの夜のクラブエイジアは貸し切りで、押井守監督の映画『イノセンス』の公開前の、プレス向けパーティだったのである。
よって、フロア内にいるのは関係者で、客は、その意味ではいない。
ひとの入り、という意味ではそこそこで、でも、踊っているような奴は僕くらいしかいない。
だいたいのひとはフロアの外でパーティの本編が始まるのを待機している。
踊っていて、疲れた僕は動きを止め、暗いフロア内を見渡す。
すると、もう一人だけ、踊っている阿呆がいた。
それは、僕が通っていた学校の後輩のゴスロリの女の子だった。
ゴスロリのその娘は、ドラム叩きだった。
僕の人生では、異様にドラマーと遭遇する確率が高く、この日より少し前までは、やはりドラマーの女の子が僕の部屋に居候していた。
居候は、いわゆる〈仮歌のお姉さん〉で、商業の仕事で歌うこともあった。
それどころか、インディーズ映画の主題歌のボーカリストの仕事もこなしていた。
ボーカルでありドラマーでもあるという、マルチプレイヤーだった。
だが、その夜、クラブエイジアにいたのは、そのドラマーではなく、背の低い、可愛げがある年頃の、後輩のゴスロリ少女ドラマーだった。
ゴスロリを目視した僕は、ジーンズのポケットからくしゃくしゃになったドリンクチケットを取り出し、カウンターでビールをもらい、きびすを返しフロア内で踊っているゴスロリちゃんに声をかけた。
「やぁ」
「あ。るるせ先輩」
「なにしてんの?」
「なにって、踊っているんですよ」
「どうやってここに入ったの」
「るるせ先輩こそ、どうやってここへ?」
「竜さんからパー券もらって入った」
「パー券?」
「パーティチケットのこと」
「ああ。なるほど。でも、竜さんから?」
「いや、正確には竜さんが大槻ケンヂさんからチケットをもらって、出られないから僕に代わりに行ってくれって言われて。それで出向いたってわけ」
「高橋竜さん、大槻さんのバンド『特撮』のサポートベーシストですもんね」
「一緒に踊ろう」
「いやらしい意味じゃなく?」
「もちろん、いやらしい意味じゃなく、だよ」
そんな会話をゴスロリちゃんとしていると、ステージが照らされた。
プレスの記者や関係者たちが一斉にフロアに入ってきて、ステージを観る。
僕らも、ステージを観た。
袖から、〈バトー〉というキャラのゴム製マスクを被った人物が、おもちゃのマシンガンを持ってステージ中央に現れた。
バトーはマシンガンを連射する動作をした。
それからバトーは雄叫びを上げ、マスクを脱いだ。
現れたその人物は、今夜のパーティの主役・押井守監督だった。
一斉にあがる拍手。
そう、これはクラブイベントではあるが、押井守監督が今度、世に放つ映画『イノセンス』のパーティなのだ。
こうして、イベントは始まった。
ゴスロリちゃんは僕の方を向いて、言う。
「今度、二人でお酒を飲みに行きましょう。良い店知っているのです。一回、ちゃんとるるせ先輩と話をしてみたかったのですよー」
「ちなみにさ、ゴスロリちゃんは誰からパー券もらったの?」
「シンキさんからです」
「あー。『アニメタル』のサポートドラマーさんから……か」
「わたしとお酒飲みに行くの、嫌ですか?」
「君とならいやらしい意味でもオーケーだよ」
「いやらしい意味じゃなくて、です!」
「はいはい。わーったよ。それに、危ないことしたらシンキさんにぶち転がされちゃうよ」
こうして僕は、ゴスロリちゃんとお酒を飲みに行くことになった。
いやらしいことはなにひとつない、健全な酒盛りをすることとなったのだ。
〈次回へつづく〉
ナイトクラブ・クラブエイジア。
その夜、僕はクラブエイジアのフロアで独り、踊っていた。
踊る、といっても、身体をゆさゆさと、くゆらしていただけだったけれども。
このゆらゆら身体をくゆらすのが、フロアで踊る、ということなのである。
フロアは薄暗い。
ステージもあって、そこにDJブースもあるのだが、スポットは照らされていない。
客の入り、だが。
実はこの夜のクラブエイジアは貸し切りで、押井守監督の映画『イノセンス』の公開前の、プレス向けパーティだったのである。
よって、フロア内にいるのは関係者で、客は、その意味ではいない。
ひとの入り、という意味ではそこそこで、でも、踊っているような奴は僕くらいしかいない。
だいたいのひとはフロアの外でパーティの本編が始まるのを待機している。
踊っていて、疲れた僕は動きを止め、暗いフロア内を見渡す。
すると、もう一人だけ、踊っている阿呆がいた。
それは、僕が通っていた学校の後輩のゴスロリの女の子だった。
ゴスロリのその娘は、ドラム叩きだった。
僕の人生では、異様にドラマーと遭遇する確率が高く、この日より少し前までは、やはりドラマーの女の子が僕の部屋に居候していた。
居候は、いわゆる〈仮歌のお姉さん〉で、商業の仕事で歌うこともあった。
それどころか、インディーズ映画の主題歌のボーカリストの仕事もこなしていた。
ボーカルでありドラマーでもあるという、マルチプレイヤーだった。
だが、その夜、クラブエイジアにいたのは、そのドラマーではなく、背の低い、可愛げがある年頃の、後輩のゴスロリ少女ドラマーだった。
ゴスロリを目視した僕は、ジーンズのポケットからくしゃくしゃになったドリンクチケットを取り出し、カウンターでビールをもらい、きびすを返しフロア内で踊っているゴスロリちゃんに声をかけた。
「やぁ」
「あ。るるせ先輩」
「なにしてんの?」
「なにって、踊っているんですよ」
「どうやってここに入ったの」
「るるせ先輩こそ、どうやってここへ?」
「竜さんからパー券もらって入った」
「パー券?」
「パーティチケットのこと」
「ああ。なるほど。でも、竜さんから?」
「いや、正確には竜さんが大槻ケンヂさんからチケットをもらって、出られないから僕に代わりに行ってくれって言われて。それで出向いたってわけ」
「高橋竜さん、大槻さんのバンド『特撮』のサポートベーシストですもんね」
「一緒に踊ろう」
「いやらしい意味じゃなく?」
「もちろん、いやらしい意味じゃなく、だよ」
そんな会話をゴスロリちゃんとしていると、ステージが照らされた。
プレスの記者や関係者たちが一斉にフロアに入ってきて、ステージを観る。
僕らも、ステージを観た。
袖から、〈バトー〉というキャラのゴム製マスクを被った人物が、おもちゃのマシンガンを持ってステージ中央に現れた。
バトーはマシンガンを連射する動作をした。
それからバトーは雄叫びを上げ、マスクを脱いだ。
現れたその人物は、今夜のパーティの主役・押井守監督だった。
一斉にあがる拍手。
そう、これはクラブイベントではあるが、押井守監督が今度、世に放つ映画『イノセンス』のパーティなのだ。
こうして、イベントは始まった。
ゴスロリちゃんは僕の方を向いて、言う。
「今度、二人でお酒を飲みに行きましょう。良い店知っているのです。一回、ちゃんとるるせ先輩と話をしてみたかったのですよー」
「ちなみにさ、ゴスロリちゃんは誰からパー券もらったの?」
「シンキさんからです」
「あー。『アニメタル』のサポートドラマーさんから……か」
「わたしとお酒飲みに行くの、嫌ですか?」
「君とならいやらしい意味でもオーケーだよ」
「いやらしい意味じゃなくて、です!」
「はいはい。わーったよ。それに、危ないことしたらシンキさんにぶち転がされちゃうよ」
こうして僕は、ゴスロリちゃんとお酒を飲みに行くことになった。
いやらしいことはなにひとつない、健全な酒盛りをすることとなったのだ。
〈次回へつづく〉