梁根衣澄

文字数 1,250文字

『旅は道連れ』 梁根衣澄


 講堂に鳴り響いたチャイムの音を聞いて、須賀はほっと一息ついた。久しぶりに授業に出てみると、90分はびっくりするほど長い。しかも講師が何を言っているのかわからない。長らく授業をサボっていたツケが回ってきた。
「最悪すぎる……図書室でサボりたい……」
 須賀の顔は、いつもに増して死んでいた。午後の授業はないが、気が重すぎる。とっとと帰りたいのに帰る気力すらない。
 生霊と化した彼が向かったのは、先ほど開いたばかりの食堂。洒落たカフェなんかに入る勇気を持ち合わせていない須賀は、最近よく利用するようになったのだ。
 いつものように入口近くで食券を買い、カウンターの方を見遣る。補習日ということもあって人は少ない。須賀は心の中でガッツポーズをした。
「あれ、類くんじゃないか」
 カウンターの中から、エプロンを身に着けた青年が声をかけた。どうも、と返しながら、須賀は食券を差し出す。
「今日もコーヒーだね。砂糖とミルクは一個ずつでいい?」
「うん。それと、類くんって呼ぶのやめて、藪雨さん」
「いいじゃん、知らない仲じゃないんだ――」
 そう言いかけて、藪雨は青ざめた。コーヒーが入っているはずのポットを傾けて硬直している。
「ぼ……僕ともあろう者が、開店前に淹れ忘れるなんて……! 待ってて、類くん! 5秒で作るから!」
「あ、急がなくて大丈夫……」
 ガサゴソと棚を漁る藪雨に、須賀の声は届いていない。必死になってあちこちの棚を探す。
そんな彼に追い打ちをかけるように、フライヤーの前にいた女性が口を開いた。
「あんた、昨日コーヒー豆が切れましたって言ってたでしょう」

 

それからすぐ、エプロンを脱いだ藪雨は「早退しますッ!」と言い放って、駆け足で食堂を飛び出して行った。……須賀を連れて。
「ちょっと、なんで俺まで」
「駅前のコーヒーショップから取り寄せた豆を使っているんだけど、今なら買いに行った方が早い。でも僕は方向音痴だから、駅前まで連れて行ってほしいんだ」
「俺は帰り道だから良いけど、外見てよ」
 藪雨は示された方を見た。
窓を打ち付ける大粒の雨、渦巻く雷雲、そして傘をひっくり返すほどの突風!
「なんで!? さっきまで晴れてたじゃん!」
「本当に、さっきのさっきまで晴れてた。藪雨さんが食堂から出た瞬間こうなった。あんた、まだ何か悪いことしてるの?」
「してないしてない! 僕もういい人だから!」
 藪雨は窓に張り付いて、神に祈るポーズをした。しかし、雨は止むどころか酷くなる一方だった。須賀は、不信感をたっぷり込めた目で見つめる。
「そんな目で見ないで!」
「いやぁ……ね、諦めよう、藪雨さん」
「諦めるわけにはいかない! みんな(須賀くん)が僕のコーヒーを待っているんだ!」
 藪雨はがっしりと須賀の腕をつかんだ。嫌な予感が須賀の胸を埋め尽くす。
「さぁ、走ろう!!!!!!!」
「あぁ……はぁい……」
 こうして二人は、土砂降りの街へと旅立っていった――


 その後は言うまでもなく、双方とも全治一週間ほどの風邪を引いた。

2018/08/29 10:56

harine428

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