第53話 告白と告白
文字数 3,455文字
健斗が部活を終えて玄関から出ると、校門の前で友里が待ち構えていた。
友里は部活動をしていない。だから彼女がこんな遅い時間まで学校に残っているのは珍しいのだが、過去に似たような状況があったことを思い出した健斗は躊躇なく近づいていった。
「友里、こんなに時間にどうした?」
「……」
問いには答えず、友里は無言のまま健斗の手を掴んで歩き出した。見ればその瞳は赤く腫れ、涙に濡れているように見える。
「お、おい友里、そんなに引っ張るなって。どうしたんだよ、お前」
健斗が困惑して問いかける。けれど友里は全く耳を貸そうとせず、校門を出たところでやっと手を放して正面から睨みつけた。
「ねぇ健斗。14日の放課後なんだけどさ。あんた、部活が終わってから何してたの?」
「えっ? 14日……? ぶ、部活が終わった後はすぐに帰ったぞ」
咄嗟に答えたものの、健斗の顔には明らかな焦りが浮かんでいた。けれど友里は構わずそのまま話を続けた。
「だから帰る前の話だってば。ねぇあんた。誰かと会っていたでしょ? もうネタは挙がってるんだから、誤魔化したって無駄よ」
なぜ友里がそれを知っているのか。
誰かから聞いたのだろうか?
疑問に思った健斗は思わず質問に質問を返したくなったが、咄嗟に思い直した。
「……べ、べつに誰だっていいだろ。お前に教える必要ないし」
「へぇ、言ってくれるじゃない。健斗のくせに生意気だわ」
「な、なんだよ」
「それじゃあ訊くけどさ。あんた、あの時、桜子がすぐ近くにいたの気付いてた?」
「えっ……?」
「あの子ね、あんたが女子からチョコを貰っているのを見てたのよ。出るに出られなくなって隠れてたんだって」
「えっ!」
もとより健斗は口数が多くないうえに不愛想な性格をしている。それが彼を冷静で落ち着いた人物に見せているのだが、その時の健斗は、幼稚園からの旧友である友里でさえ見たことがないほどに狼狽えていた。
もっとも、いまはそんな彼に追い打ちをかけなければならない。友里は心を鬼にして詰め寄った。
「あの子はなんなの? どういう関係?」
「お、お前に関係ないだろ。なんでそんなことまで答えなきゃいけないんだよ」
「そんなの、桜子が泣いているからに決まってるでしょ! それ以外の理由があるなら教えてちょうだい!」
「えっ……!」
「黙ってないで、なんか言いなさいよ!」
あまりの衝撃に健斗が黙り込んでしまう。それでも彼は、必死に口を開いた。
「だ、だってあいつは……俺のことなんて、何とも思ってないんじゃ……」
「何言ってんの、しっかりしなさいよ! あんたがはっきりしないから、桜子だって何も言わないんじゃないの! 好きなんでしょ? 桜子のことが好きなんじゃないの!? 好きなら好きって言ってあげなさいよ! 苦しいのはあんただけじゃない、桜子だって同じなんだからね!」
健斗の言葉を遮って友里が叫び始めた。赤く腫れた瞳からは涙が零れ、それが怒りのためなのか、悲しみなのかが健斗にはわからない。そんな彼を友里が畳みかける。
「あんたにとっての桜子って何なの? そこんところをもう一度しっかり考えてみなよ! わかった!?」
友里と別れた健斗は、家までの道すがらずっと桜子のことを考えていた。
友里の言葉が本当ならば、あの日、あの場所に桜子がいたのだ。自分と真雪の現場に遭遇してしまい、出るに出られなかったに違いない。
あぁ、自分は何ということをしてしまったのか。桜子の目の前で女の子から告白をされて断りもせず、しかも一緒に帰ってしまった。どれだけ桜子を傷つけたのかと想像すると、自分で自分を殴ってやりたくなる。
ふと気がつくと、小林酒店の前を通りかかっていた。この時間なら店は閉まっているはずだが、今日はまだ明かりが点いている。
どうやら店を閉める準備をしているらしく、見れば店の前では金髪の少女が忙しそうに働いていた。
あんなことがあったのだ。思わず健斗が声をかけるのを躊躇する。けれど、声をかけなければ話は始まらない。健斗は決死の覚悟で声を発した。
「よ、よう桜子。お疲れ」
意図せぬ声に桜子はびっくりしていたが、相手が健斗だとわかると微笑んだ。しかしその表情は明らかに硬く、ぎこちなく見えた。
「け、健斗……今帰り? 部活、お疲れ様」
何とか返事を返したものの、そこで会話が途切れてしまう。二人が見つめ合う。そのまま何秒過ぎただろうか。沈黙に耐えられなくなった二人が同時に口を開いた。
「あ、あのさ、桜子」
「ねぇ、健斗」
意図せず同時に声を発してしまい、二人が互いに譲り合う。
「あ……桜子、先に言ってくれ」
「け、健斗の方こそ、お先にどうぞ」
「わ、わかった……なぁ、ちょっと話があるんだけど、そこの公園まで来てくれないか?」
「え? あ……うん……いいよ」
公園へ移動した二人は、なんとなく並んでブランコへ腰を下ろした。
幼い頃はこうしてよく一緒に遊んだっけ。いつからそうしなくなったんだろう。
そんなことを桜子がぼんやり思い出していると、健斗が前を見つめたまま静かに言葉を紡ぎ始めた。
「なぁ桜子。前もこうやって話をしたことがあったよな」
「うん。あたしが私立の中学校へ行くって言った時だよね。あの時、健斗は一緒の中学へ行こうって誘ってくれたんだっけ」
「そうだったな。あの時は桜子が大変な時だったから……」
「ありがとう。健斗があの時そう言ってくれたから今も一緒の学校にいられるんだよ」
「いや、俺はべつに……」
健斗はそこまで言うと、居住まいを正して頭を下げた。
「桜子、ごめん。実は俺、お前に謝ることがあるんだ」
「謝ること? なに? どうしたの?」
「バレンタインの日……お前、下駄箱の裏にいたんだってな。俺、気付かなくて樋口からチョコを貰っちゃって……それから……一緒に帰っちゃったし……」
言いながら健斗が桜子の顔を覗き見る。するとそこには、思い詰めたような表情が見て取れた。健斗の胸はざわつき、彼女にそんな顔をさせたのが他の誰でもない、自分であることを思い出して自分を責め始めた。
けれど桜子は、まったく怒る様子もなく短く告げた。
「いいよ、べつに」
桜子はいつもそう言う。つらいこと、悲しいこと、困難なことがあっても決して口に出さずに我慢して、常に相手を許すのだ。
その底なしの優しさに甘える自分がいる。その事実に気付いた健斗が愕然としていると、桜子が真正面から健斗を見つめた。
「――って、前のあたしだったら言っていたかもしれない」
「えっ……?」
「うん、知ってた。だってあたし、健斗があの女の子に告白されるところを見ちゃったからね」
「お、俺は……」
「二人が一緒にバスから降りて来るところも見ちゃったんだ」
「あっ、それは……」
「あたしね、健斗が良ければそれで良いって思ってた。あたしが我慢すれば丸く収まるって、そう思ってたんだ、ずっとね」
「桜子、俺は……」
「でも無理だった。こんな気持ちのままずっといるなんて無理だったの。だってあたしは……あたしは……」
そこまで言うと、急に桜子が言い淀んだ。
地面を見つめたまま黙り込む二人。もはやまったく余裕のない彼らは、ただ自分の言いたいこと、言わなければならないことだけを考える。
黙り込んで1分は経っただろうか。
健斗と桜子は、まるで図ったかのように同時に叫んだ。
「お前が好きだ!」
「健斗のことが好きなの!」
「えっ?」
「はいっ?」
二人は互いに見つめ合い、まるで時間が止まったように身動き一つしなかった。それから言葉の意味をゆっくり理解し合った後に、顔を真っ赤にして伏せてしまった。
桜子の目から涙が零れて地面を濡らす。それに気付いた健斗は、ポケットからハンカチを取り出して優しく桜子へ手渡した。
「もう一度言うよ。俺はお前が好きだ。男として桜子のことが好きなんだ。ずっと昔から」
桜子は受け取ったハンカチで涙を拭いながら、健斗の顔を見上げて言った。
「ありがとう……あたしも健斗が好き。幼馴染とかじゃなくって、女の子として健斗のことが好きなんだよ」
「ありがとう……」
互いの思いを確認し合った二人だが、再び顔を真っ赤にして俯いてしまう。
それから数分経った後に、やっと桜子が再び口を開いた。
「ねぇ健斗。これって『両想い』っていうことなんだよね……」
その言葉を切っ掛けにして、三度二人は顔を俯かせた。
もしも傍から見ている者がいたなら、二人の頭上には立ち昇る湯気が見えていたに違いなかった。
友里は部活動をしていない。だから彼女がこんな遅い時間まで学校に残っているのは珍しいのだが、過去に似たような状況があったことを思い出した健斗は躊躇なく近づいていった。
「友里、こんなに時間にどうした?」
「……」
問いには答えず、友里は無言のまま健斗の手を掴んで歩き出した。見ればその瞳は赤く腫れ、涙に濡れているように見える。
「お、おい友里、そんなに引っ張るなって。どうしたんだよ、お前」
健斗が困惑して問いかける。けれど友里は全く耳を貸そうとせず、校門を出たところでやっと手を放して正面から睨みつけた。
「ねぇ健斗。14日の放課後なんだけどさ。あんた、部活が終わってから何してたの?」
「えっ? 14日……? ぶ、部活が終わった後はすぐに帰ったぞ」
咄嗟に答えたものの、健斗の顔には明らかな焦りが浮かんでいた。けれど友里は構わずそのまま話を続けた。
「だから帰る前の話だってば。ねぇあんた。誰かと会っていたでしょ? もうネタは挙がってるんだから、誤魔化したって無駄よ」
なぜ友里がそれを知っているのか。
誰かから聞いたのだろうか?
疑問に思った健斗は思わず質問に質問を返したくなったが、咄嗟に思い直した。
「……べ、べつに誰だっていいだろ。お前に教える必要ないし」
「へぇ、言ってくれるじゃない。健斗のくせに生意気だわ」
「な、なんだよ」
「それじゃあ訊くけどさ。あんた、あの時、桜子がすぐ近くにいたの気付いてた?」
「えっ……?」
「あの子ね、あんたが女子からチョコを貰っているのを見てたのよ。出るに出られなくなって隠れてたんだって」
「えっ!」
もとより健斗は口数が多くないうえに不愛想な性格をしている。それが彼を冷静で落ち着いた人物に見せているのだが、その時の健斗は、幼稚園からの旧友である友里でさえ見たことがないほどに狼狽えていた。
もっとも、いまはそんな彼に追い打ちをかけなければならない。友里は心を鬼にして詰め寄った。
「あの子はなんなの? どういう関係?」
「お、お前に関係ないだろ。なんでそんなことまで答えなきゃいけないんだよ」
「そんなの、桜子が泣いているからに決まってるでしょ! それ以外の理由があるなら教えてちょうだい!」
「えっ……!」
「黙ってないで、なんか言いなさいよ!」
あまりの衝撃に健斗が黙り込んでしまう。それでも彼は、必死に口を開いた。
「だ、だってあいつは……俺のことなんて、何とも思ってないんじゃ……」
「何言ってんの、しっかりしなさいよ! あんたがはっきりしないから、桜子だって何も言わないんじゃないの! 好きなんでしょ? 桜子のことが好きなんじゃないの!? 好きなら好きって言ってあげなさいよ! 苦しいのはあんただけじゃない、桜子だって同じなんだからね!」
健斗の言葉を遮って友里が叫び始めた。赤く腫れた瞳からは涙が零れ、それが怒りのためなのか、悲しみなのかが健斗にはわからない。そんな彼を友里が畳みかける。
「あんたにとっての桜子って何なの? そこんところをもう一度しっかり考えてみなよ! わかった!?」
友里と別れた健斗は、家までの道すがらずっと桜子のことを考えていた。
友里の言葉が本当ならば、あの日、あの場所に桜子がいたのだ。自分と真雪の現場に遭遇してしまい、出るに出られなかったに違いない。
あぁ、自分は何ということをしてしまったのか。桜子の目の前で女の子から告白をされて断りもせず、しかも一緒に帰ってしまった。どれだけ桜子を傷つけたのかと想像すると、自分で自分を殴ってやりたくなる。
ふと気がつくと、小林酒店の前を通りかかっていた。この時間なら店は閉まっているはずだが、今日はまだ明かりが点いている。
どうやら店を閉める準備をしているらしく、見れば店の前では金髪の少女が忙しそうに働いていた。
あんなことがあったのだ。思わず健斗が声をかけるのを躊躇する。けれど、声をかけなければ話は始まらない。健斗は決死の覚悟で声を発した。
「よ、よう桜子。お疲れ」
意図せぬ声に桜子はびっくりしていたが、相手が健斗だとわかると微笑んだ。しかしその表情は明らかに硬く、ぎこちなく見えた。
「け、健斗……今帰り? 部活、お疲れ様」
何とか返事を返したものの、そこで会話が途切れてしまう。二人が見つめ合う。そのまま何秒過ぎただろうか。沈黙に耐えられなくなった二人が同時に口を開いた。
「あ、あのさ、桜子」
「ねぇ、健斗」
意図せず同時に声を発してしまい、二人が互いに譲り合う。
「あ……桜子、先に言ってくれ」
「け、健斗の方こそ、お先にどうぞ」
「わ、わかった……なぁ、ちょっと話があるんだけど、そこの公園まで来てくれないか?」
「え? あ……うん……いいよ」
公園へ移動した二人は、なんとなく並んでブランコへ腰を下ろした。
幼い頃はこうしてよく一緒に遊んだっけ。いつからそうしなくなったんだろう。
そんなことを桜子がぼんやり思い出していると、健斗が前を見つめたまま静かに言葉を紡ぎ始めた。
「なぁ桜子。前もこうやって話をしたことがあったよな」
「うん。あたしが私立の中学校へ行くって言った時だよね。あの時、健斗は一緒の中学へ行こうって誘ってくれたんだっけ」
「そうだったな。あの時は桜子が大変な時だったから……」
「ありがとう。健斗があの時そう言ってくれたから今も一緒の学校にいられるんだよ」
「いや、俺はべつに……」
健斗はそこまで言うと、居住まいを正して頭を下げた。
「桜子、ごめん。実は俺、お前に謝ることがあるんだ」
「謝ること? なに? どうしたの?」
「バレンタインの日……お前、下駄箱の裏にいたんだってな。俺、気付かなくて樋口からチョコを貰っちゃって……それから……一緒に帰っちゃったし……」
言いながら健斗が桜子の顔を覗き見る。するとそこには、思い詰めたような表情が見て取れた。健斗の胸はざわつき、彼女にそんな顔をさせたのが他の誰でもない、自分であることを思い出して自分を責め始めた。
けれど桜子は、まったく怒る様子もなく短く告げた。
「いいよ、べつに」
桜子はいつもそう言う。つらいこと、悲しいこと、困難なことがあっても決して口に出さずに我慢して、常に相手を許すのだ。
その底なしの優しさに甘える自分がいる。その事実に気付いた健斗が愕然としていると、桜子が真正面から健斗を見つめた。
「――って、前のあたしだったら言っていたかもしれない」
「えっ……?」
「うん、知ってた。だってあたし、健斗があの女の子に告白されるところを見ちゃったからね」
「お、俺は……」
「二人が一緒にバスから降りて来るところも見ちゃったんだ」
「あっ、それは……」
「あたしね、健斗が良ければそれで良いって思ってた。あたしが我慢すれば丸く収まるって、そう思ってたんだ、ずっとね」
「桜子、俺は……」
「でも無理だった。こんな気持ちのままずっといるなんて無理だったの。だってあたしは……あたしは……」
そこまで言うと、急に桜子が言い淀んだ。
地面を見つめたまま黙り込む二人。もはやまったく余裕のない彼らは、ただ自分の言いたいこと、言わなければならないことだけを考える。
黙り込んで1分は経っただろうか。
健斗と桜子は、まるで図ったかのように同時に叫んだ。
「お前が好きだ!」
「健斗のことが好きなの!」
「えっ?」
「はいっ?」
二人は互いに見つめ合い、まるで時間が止まったように身動き一つしなかった。それから言葉の意味をゆっくり理解し合った後に、顔を真っ赤にして伏せてしまった。
桜子の目から涙が零れて地面を濡らす。それに気付いた健斗は、ポケットからハンカチを取り出して優しく桜子へ手渡した。
「もう一度言うよ。俺はお前が好きだ。男として桜子のことが好きなんだ。ずっと昔から」
桜子は受け取ったハンカチで涙を拭いながら、健斗の顔を見上げて言った。
「ありがとう……あたしも健斗が好き。幼馴染とかじゃなくって、女の子として健斗のことが好きなんだよ」
「ありがとう……」
互いの思いを確認し合った二人だが、再び顔を真っ赤にして俯いてしまう。
それから数分経った後に、やっと桜子が再び口を開いた。
「ねぇ健斗。これって『両想い』っていうことなんだよね……」
その言葉を切っ掛けにして、三度二人は顔を俯かせた。
もしも傍から見ている者がいたなら、二人の頭上には立ち昇る湯気が見えていたに違いなかった。