第4話 賢帝の死
文字数 1,778文字
向かい風が強く、目を開けられない。開けたとしても、闇以外見えない。坂道を下り、右に曲がり、ほら穴に飛び込む。方向と走行距離はなんとなくわかる。内部は異様に広く、入り組んでいるようだ。独り歩きにしがみつくほか、僕にできることはない。
「王様には興味ないんだったよな!」
叫んでみれば、返答があった。
「まあな」
「なら、何が目的だ! 押し入ってまで葬式で何を為す!」
「約束があるんだ」
独り歩きは素直に答えた。
「必ず、暗闇猫に光を届ける」
葬式に近づく。哀悼歌が聞こえてくる。狂おしく、壊れた心で鳴く、泣く。ただ一匹の王の死を悼み、絶叫はかすれ、激情は膨れ上がり無限に上昇する。逝かないで、あなたは偉大過ぎた。暗闇猫を独りにしないで。どうしようもない運命への憤怒、恐怖、寂寥が、闇の洞窟で荒れ狂う。
あらゆる暗闇猫が代わる代わる叙唱を歌う。王との思い出を旋律に乗せ、死に物狂いで愛を語る。命懸けで助けてくれて……子どもといっぱい遊んでくれて……。他の全員が唱和し、涙の歌は延々と重なっていく。完全な闇は歪み、音を立てて崩れ落ちる。雹の如く心を叩き、稲妻の如く心を貫く。
知らずと零れ落ちた涙の音は聞こえない。
暗黒、大風、狂歌。
心が砕ける。
「俺が拒絶する」
独り歩きの毛が逆立つ。魔力が流れ出す。先端に泡が膨らみ、光が灯る。三日月のように淡く白い。完全な闇の中では、その淡さは、大嵐における灯台の明かりよりも頼もしかった。僕は心を取り戻す。光の尊さを改めて知る。
光が洞窟を巡る。叙唱は恨み節へ、唱和は悲鳴に変わる。サングラス、サングラスぅ! 葬式はてんやわんや、乱れた鳴き声が溢れ出す。壁が視認できる。酸化鉄みたいに赤く、脈打っていた。上り坂の出口が薄っすらと浮かび上がり、そして到着する。
一人と一匹は、猛烈な勢いで横穴から飛び出た。
吹き抜けを落下する。囲う回廊は、暗闇猫で満杯だった。七階、六階、五階……いずれも全身の黒い毛並みと胸元の白い毛並み、平和な化け猫がサングラスを掛けている。地面は遠い。階層なんて数えるだけ損だ。一人と一匹が通り過ぎるたび、回廊の暗闇猫は呆気にとられ、サングラスのブリッジを不安げに上げた。
着地すれば、王座の間だった。
黒大理石の王座に、座す王は既にいない。王座の下に安置されているのは、黒いビロードに覆われた棺だ。王家の紋章、暗雲と三日月が刻まれている。その上には三日月型のダイヤモンドを飾った王冠が置かれ、主を失い所在なかった。
僕は独り歩きから降りる。棺まで距離がある。あと数歩、近づきたい。暗闇猫の騎士団は鋼鉄の鎧で武装し、熊手と悪意を一人と一匹に向けていた。ざっと見て二十匹以上、後ろや頭上に控える敵は数百匹か。
正面の猫垣が割れる。隙間より進み出るは、三日月刀を腰に刺した偉丈夫だった。白い毛並みとサングラスのレンズは十字模様、盛り上がる筋肉が鎧を圧迫している。体毛は一本一本エネルギーに満ち、自信と誇りが体長以上に体を大きく見せていた。
「貴様ら、何者だ!」
ファンシーなサングラスに似合わない激高を叫ぶ。
「この場が何を意味するか、知っての狼藉か! 暗闇猫の王・グリマルキン様の顔に泥をつけよって……王の第一の家臣、騎士団長として、侵入者は排除する!」
杓子定規な武人そのものだ。僕は前に出る。
「光の国の独り歩きと、その従者アラン・フリールだ!」
「知らん名だな。弔問客には最悪の部類だ」
「弔問客だって?」
周囲を見渡す。
「暗闇猫だけじゃないか。こんな闇の中でうじうじしているから、誰も見送りに来ないんだよ。王の評判がうかがい知れるね」
「やかましい! 暗闇猫の掟を知らない人間風情が、王を侮辱するな!」
「事実を言ったまでだよ」
もう一歩と擦り寄せた足は、左右から突き出た熊手を前に止まった。団員が油断なく一人と一匹を監視している。会話が途切れたら、即、開戦か。
「フン! 一人だけいるさ、貴重なのがな!」
団長は自慢げに叫ぶ。
「姫様! お願いします!」
棺の影から、白い毛並みを喪服で隠した暗闇猫が出てくる。真珠と星を散りばめたティアラを被り、上品な手袋と靴を身に着けていた。星型のサングラス。いままで出会った粗野な猫たちとは違い、些細な仕草一つ抜き取っても、優雅さがあった。
「兄様?」
そう呼ぶ声は、震えていた。
「王様には興味ないんだったよな!」
叫んでみれば、返答があった。
「まあな」
「なら、何が目的だ! 押し入ってまで葬式で何を為す!」
「約束があるんだ」
独り歩きは素直に答えた。
「必ず、暗闇猫に光を届ける」
葬式に近づく。哀悼歌が聞こえてくる。狂おしく、壊れた心で鳴く、泣く。ただ一匹の王の死を悼み、絶叫はかすれ、激情は膨れ上がり無限に上昇する。逝かないで、あなたは偉大過ぎた。暗闇猫を独りにしないで。どうしようもない運命への憤怒、恐怖、寂寥が、闇の洞窟で荒れ狂う。
あらゆる暗闇猫が代わる代わる叙唱を歌う。王との思い出を旋律に乗せ、死に物狂いで愛を語る。命懸けで助けてくれて……子どもといっぱい遊んでくれて……。他の全員が唱和し、涙の歌は延々と重なっていく。完全な闇は歪み、音を立てて崩れ落ちる。雹の如く心を叩き、稲妻の如く心を貫く。
知らずと零れ落ちた涙の音は聞こえない。
暗黒、大風、狂歌。
心が砕ける。
「俺が拒絶する」
独り歩きの毛が逆立つ。魔力が流れ出す。先端に泡が膨らみ、光が灯る。三日月のように淡く白い。完全な闇の中では、その淡さは、大嵐における灯台の明かりよりも頼もしかった。僕は心を取り戻す。光の尊さを改めて知る。
光が洞窟を巡る。叙唱は恨み節へ、唱和は悲鳴に変わる。サングラス、サングラスぅ! 葬式はてんやわんや、乱れた鳴き声が溢れ出す。壁が視認できる。酸化鉄みたいに赤く、脈打っていた。上り坂の出口が薄っすらと浮かび上がり、そして到着する。
一人と一匹は、猛烈な勢いで横穴から飛び出た。
吹き抜けを落下する。囲う回廊は、暗闇猫で満杯だった。七階、六階、五階……いずれも全身の黒い毛並みと胸元の白い毛並み、平和な化け猫がサングラスを掛けている。地面は遠い。階層なんて数えるだけ損だ。一人と一匹が通り過ぎるたび、回廊の暗闇猫は呆気にとられ、サングラスのブリッジを不安げに上げた。
着地すれば、王座の間だった。
黒大理石の王座に、座す王は既にいない。王座の下に安置されているのは、黒いビロードに覆われた棺だ。王家の紋章、暗雲と三日月が刻まれている。その上には三日月型のダイヤモンドを飾った王冠が置かれ、主を失い所在なかった。
僕は独り歩きから降りる。棺まで距離がある。あと数歩、近づきたい。暗闇猫の騎士団は鋼鉄の鎧で武装し、熊手と悪意を一人と一匹に向けていた。ざっと見て二十匹以上、後ろや頭上に控える敵は数百匹か。
正面の猫垣が割れる。隙間より進み出るは、三日月刀を腰に刺した偉丈夫だった。白い毛並みとサングラスのレンズは十字模様、盛り上がる筋肉が鎧を圧迫している。体毛は一本一本エネルギーに満ち、自信と誇りが体長以上に体を大きく見せていた。
「貴様ら、何者だ!」
ファンシーなサングラスに似合わない激高を叫ぶ。
「この場が何を意味するか、知っての狼藉か! 暗闇猫の王・グリマルキン様の顔に泥をつけよって……王の第一の家臣、騎士団長として、侵入者は排除する!」
杓子定規な武人そのものだ。僕は前に出る。
「光の国の独り歩きと、その従者アラン・フリールだ!」
「知らん名だな。弔問客には最悪の部類だ」
「弔問客だって?」
周囲を見渡す。
「暗闇猫だけじゃないか。こんな闇の中でうじうじしているから、誰も見送りに来ないんだよ。王の評判がうかがい知れるね」
「やかましい! 暗闇猫の掟を知らない人間風情が、王を侮辱するな!」
「事実を言ったまでだよ」
もう一歩と擦り寄せた足は、左右から突き出た熊手を前に止まった。団員が油断なく一人と一匹を監視している。会話が途切れたら、即、開戦か。
「フン! 一人だけいるさ、貴重なのがな!」
団長は自慢げに叫ぶ。
「姫様! お願いします!」
棺の影から、白い毛並みを喪服で隠した暗闇猫が出てくる。真珠と星を散りばめたティアラを被り、上品な手袋と靴を身に着けていた。星型のサングラス。いままで出会った粗野な猫たちとは違い、些細な仕草一つ抜き取っても、優雅さがあった。
「兄様?」
そう呼ぶ声は、震えていた。