第5話 ミースがここに立つ理由
文字数 1,403文字
夜が深みを増していく。ペンギンの魔法が切れ、各々拠点の小屋に戻る。ペラ子は明日も早いとアデリんに連れられて帰宅し、コガタんはもうひと狩りと、水を浴びて大洋に出向く。ペンギンは木桶に浸かり、自分の魔力を水に注ぐ。
僕は炉火の傍に立っていた。
「決心はついた?」
静寂を厭うように、ペンギンが話し始める。
「この先も隊員は増やしていくつもり。誰か人間に狩られるかもしれないし、近親婚を繰り返せば種は弱まる。コロニーが大きければ大きいほど、トウゾクカモメに対抗できるしね。無理強いはしないよ。欲しいけど、何かしら本物がなければ、続かない。後悔する。そんなの、ペンギンらしくない」
「……」
もしペンギンが、隣人らしく強引に、相手の意向を一切汲まず、大義の為と復活を強行していれば、話は簡単だったのに。
「ペンギンって、どんな風に啼くの?」
「え? ああ」
ペンギンは笑った。
「こんな風に」
地鳴りのような低く重い声。牛みたいで、絞り出すような声。ゴロゴロ音が不安げに響き、地球唯一の生き残りという孤独に、打ちのめされているようだった。救いを、仲間を、求めているようだった。かすれた叫び声は断末魔の一歩手前だった。
「ずっと聴こえていた声が無くなるって、どんな気分?」
ペンギンは嫌がらず答えた。
「体の一部が無くなった感じ。親友がいなくなった感じ。ずっと何か足りなくて、ふとその空虚を見つめると、よくわからない感情が込み上げてくる感じ。静寂に馴染めなくて、喧騒に飢えている感じ」
何も言えない。どう言ってもどうしようもない。
「私は、あの子の子孫の為に、何かしたかった。追悼、復讐、伝承、どれもあの子の子孫の為にならない。死者は喜ばない。死者は泣かない。死者は望まない。追悼も復讐も伝承も、すべて生者の身勝手。思い出が笑うだけで、本人じゃない。死者だもの、子孫は一羽に至るまで滅んでしまったもの。偽りの正義に救われるのは、自分自身であって、あの子の子孫じゃない」
炉火がペンギンの影を伸ばす。
「あの子の子孫の為という私の身勝手の為に、私は絶滅を覆すの」
影が光無き壁に混じっていく。
小屋全体に這う。
「あなたは、どうして人間をやっているの?」
ペンギンは大真面目にそう尋ねた。
踊る炉火を見つめる。理由なんてない。人間として産まれたから、人間として過ごしてきただけだ。他に選択肢はなかった。選択肢が与えられてはじめて考えて、やはり理由はどこにもなかった。
道義的責任。
人間引退。
子孫の為。
お気に入りの隣人と添い遂げる未来。
咄嗟に大事を選べない、自分の薄っぺらさに腹が立つ。
「ただいま」
アデリんが帰ってくる。かわいい。黒頭巾を被ったように頭から背中にかけて真っ黒だ。脚と嘴以外完全に黒白で、ペラ子やコガタんより太っちょで、ペンギンの特徴をより特徴的にしたような愛らしさだった。瞬きのたび、目を縁取る白いアイリングが三日月へ、黒目が新月へ満ち欠けする。ぼーっとした顔がミースらしく、安心する。
頬は緩み、唇は勝手に動いていた。
「どうして、君はペンギン復活隊に?」
アデリんはよちよちと炉火に近づき、義務的にフリッパーをかざす。
「別に、大した理由じゃないよ」
フリッパーで胸元を擦り、アイリングを三日月に閉じた後、アデリんは答えた。
なんでもない風に。
ほわほわと。
「過去はけして覆らないと、絶望したとき、傍にいたいから」
僕は炉火の傍に立っていた。
「決心はついた?」
静寂を厭うように、ペンギンが話し始める。
「この先も隊員は増やしていくつもり。誰か人間に狩られるかもしれないし、近親婚を繰り返せば種は弱まる。コロニーが大きければ大きいほど、トウゾクカモメに対抗できるしね。無理強いはしないよ。欲しいけど、何かしら本物がなければ、続かない。後悔する。そんなの、ペンギンらしくない」
「……」
もしペンギンが、隣人らしく強引に、相手の意向を一切汲まず、大義の為と復活を強行していれば、話は簡単だったのに。
「ペンギンって、どんな風に啼くの?」
「え? ああ」
ペンギンは笑った。
「こんな風に」
地鳴りのような低く重い声。牛みたいで、絞り出すような声。ゴロゴロ音が不安げに響き、地球唯一の生き残りという孤独に、打ちのめされているようだった。救いを、仲間を、求めているようだった。かすれた叫び声は断末魔の一歩手前だった。
「ずっと聴こえていた声が無くなるって、どんな気分?」
ペンギンは嫌がらず答えた。
「体の一部が無くなった感じ。親友がいなくなった感じ。ずっと何か足りなくて、ふとその空虚を見つめると、よくわからない感情が込み上げてくる感じ。静寂に馴染めなくて、喧騒に飢えている感じ」
何も言えない。どう言ってもどうしようもない。
「私は、あの子の子孫の為に、何かしたかった。追悼、復讐、伝承、どれもあの子の子孫の為にならない。死者は喜ばない。死者は泣かない。死者は望まない。追悼も復讐も伝承も、すべて生者の身勝手。思い出が笑うだけで、本人じゃない。死者だもの、子孫は一羽に至るまで滅んでしまったもの。偽りの正義に救われるのは、自分自身であって、あの子の子孫じゃない」
炉火がペンギンの影を伸ばす。
「あの子の子孫の為という私の身勝手の為に、私は絶滅を覆すの」
影が光無き壁に混じっていく。
小屋全体に這う。
「あなたは、どうして人間をやっているの?」
ペンギンは大真面目にそう尋ねた。
踊る炉火を見つめる。理由なんてない。人間として産まれたから、人間として過ごしてきただけだ。他に選択肢はなかった。選択肢が与えられてはじめて考えて、やはり理由はどこにもなかった。
道義的責任。
人間引退。
子孫の為。
お気に入りの隣人と添い遂げる未来。
咄嗟に大事を選べない、自分の薄っぺらさに腹が立つ。
「ただいま」
アデリんが帰ってくる。かわいい。黒頭巾を被ったように頭から背中にかけて真っ黒だ。脚と嘴以外完全に黒白で、ペラ子やコガタんより太っちょで、ペンギンの特徴をより特徴的にしたような愛らしさだった。瞬きのたび、目を縁取る白いアイリングが三日月へ、黒目が新月へ満ち欠けする。ぼーっとした顔がミースらしく、安心する。
頬は緩み、唇は勝手に動いていた。
「どうして、君はペンギン復活隊に?」
アデリんはよちよちと炉火に近づき、義務的にフリッパーをかざす。
「別に、大した理由じゃないよ」
フリッパーで胸元を擦り、アイリングを三日月に閉じた後、アデリんは答えた。
なんでもない風に。
ほわほわと。
「過去はけして覆らないと、絶望したとき、傍にいたいから」