ピリオド5 ・ 1963年 プラスマイナスゼロ 〜  再び 1

文字数 1,508文字

ピリオド5 ・ 1963年 プラスマイナスゼロ 〜  再び


児玉亭の常連客「ミヨさん」や、急に現れた代理人らの資金援助によって、
稔はなんとか一流大学に入学し、社会人となって働き始める。そうして二十年、
いきなり現れた智子を元の時代に帰すべく、彼は再びあの空間に入り込むが……。


  1 昭和三十八年 三月十日

 まさに、小さい頃に乗ったエレベーターのようだった。
 ただしそれより極端で、上から押されるように感じたかと思えば、その数秒後には実際身体が少し浮き上がったように思う。
 彼がフラフラと立ち上がった時、すでに出口は消え去っていた。
 驚いて振り返れば、あの膨らみが眩いくらいに輝いている。まるで爆発寸前の宇宙船のように、七色の光が点滅しながら空間すべてを照らしているのだ。
 ――吹っ飛んだ拍子に、身体のどこかが当たったのか?
 そんなことを思った時には、すでに眩い光は消え去っている。
 音もなく、妙にシーンと静まり返って、
 ――くそっ……ここはやっぱり、あの林じゃないか!
 現れた出口を覗けば、明らかにあの庭園ではなくなっていた。
 ただとにかく、ここが昭和何年であろうと戻るしかない。一時でも留まる理由はゼロだし、元の時代にいる智子のことも心配だった。
 ところがそうは問屋が卸さない。
 ――なんで、扉が閉まらないんだよ!
 それ以前に、知らぬ間に消え去ったパネルが出てこないのだ。
 パネルがなければ数字の色を変えられないし、あの膨らみだって光ってくれない。
 ――一度ここから出ないと、続けては動いてくれないのか?
 それとも単に、一定時間経過しないとダメだってだけか? 
 そうじゃないなら、ただ待っていたって起動しないままということになる。
 とにかく階段を駆け下りてから、すぐにまた戻ってみよう。そんなことを即行決めて、稔は再び外の景色に目を向けたのだ。
 すると……遠くに人影はあるが、幸い誰も彼の方を見ていない。
 今しかないぞ! とっさにそう確信し、階段を一気に駆け下りる。そのまま地面を何歩か踏みしめ、さっさと戻ろうと後ろを向いた時だった。
 目に飛び込んできたのはテレビで見慣れた光景そのもの。
 何人もの警察官がすぐそばにいて、岩を取り囲むようにウロウロしている。 それから当然の成り行きで、そのうちの何人かが稔の姿に目を向けた。
 そこからは、まさにあっという間の出来事だ。一目散に階段を駆け上がり、飛び付くように座席に座った。
 すると思った通りに、壁からパネルが迫り出してくる。この時稔は警官にとって絶対的に不審者で、ちょうど数字を黒くしたところでいきなりだった。
「おい、そこで何をしている!?」
 振り返れば警官二人が覗き込み、一人はすでに飛びかかろうという体勢だ。
 この瞬間、稔の判断は素早かった。数字の横にある突起を思いっきり叩き、
 ――頼む! 動いてくれ!
 そう念じながら出口に向かって飛び出したのだ。
 その結果、警官一人は階段から転げ落ち、もう一人は稔とぶつかり何やら大声を上げていた。
 ちらっと後ろを振り返ったが、あったはずの入り口が消えている。だから動き出したのは間違いないし、後はただただ逃げるだけ。
 ところが木々の中へ走り込んですぐに、何かに足を取られて転んでしまった。
 逃げられない! そんな覚悟を瞬時に思い、彼はとっさに腕を伸ばした。
 木の根の間に手を突っ込んで、心の底から願うのだった。
 ――お願いだから見つからないでくれ!
 次の瞬間、心の声を押しつぶすような衝撃があり、
「確保!」
 そんな大声が耳に届いて、薄れゆく意識で稔は微かに思う。
 ――腕時計は智子が持っている。だからきっと、大丈夫だ……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み