ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後 4

文字数 3,008文字

ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後
     
岩倉家の庭園に姿を現した不思議な物体。そしてなんとそこから、二十年間
行方知れずとなっていた……昔となんら変わらぬ霧島智子が現れた。


 4 ロリータ野郎と愚連隊

 それから稔は夕食用に、握り飯とカップラーメンを少し多めに購入する。駅に戻ってタクシーを拾えば、二十分ちょっとで自宅マンションのはずだった。
 ところが会計してすぐに、智子がコソッと言ってくるのだ。
「あの……ご不浄って、この辺にありますか?」
 この時、〝ご不浄〟を理解するのに、ひと呼吸ほどの時間が掛かった。それでもすぐに思い出し、智子をコンビニの洗面所に案内してからふと思う。
 ――もし、洋式だったら、ちゃんと用を足せるだろうか?
 そんなことを気にしつつ、外で待とうと店を出てからすぐだった。
「お、ロリータ野郎のお出ましだぜ! 」
 いきなり〝しわがれ声〟が響き渡って、稔は慌てて声のした方に目を向けた。
 すると道の反対側に、若者三人組が地面に座り込んでいる。ニヤニヤしながら稔を見つめ、その周りには瓶やら缶が所狭しと転がっていた。
 ――こいつら、こんな道端で飲んでたのか……。
 となればきっと、智子と稔のやりとりだって見ていたのだろう。
 ――だからロリータ野郎、になるわけか……。
 と、そこまでササっと考えて、何事もなかったように稔は三人から背を向けた。
 そうしていかにも、「まだなのか?」って感じでコンビニ店内へ視線を向ける。
 ところがそんな稔を、彼らはそう簡単には解放しない。
「おいおい、ジジイ! 無視すんじゃねえよ! 」
 さっきよりいくぶん凄みが増して、そんな言葉を投げ掛けてきた。
 ジジイ? 俺はそんなに年寄りじゃない! スッとそんな言葉が思い浮かぶが、そう返してしまうほどには子供じゃなかった。
 とにかくとことん無視を貫き、出てきた智子とさっさとこの場から引き揚げよう。
 そう思っていたのに、そんな望みはあっという間に崩れ去ってしまった。
「年相応のババアじゃよ~、もの足りねえってかあ~?」
 続いて響いたそんな台詞は飴細工のように粘っこい。
「公衆の面前で、あんなガキとイチャイチャしやがって、これからあのお嬢ちゃんと一発か……いいねえ、羨ましいなあ~、ねえねえ、俺たちも交ぜてくんないかなあ? いいだろう? お願いだからさあ~」
 そこまでは、なんとか冷静だったと思うのだ。
 ところが次のひと言ふた言で、稔の感情は一気に揺れた。
「あいつ、けっこうおっぱいデカかったよな」
 ずっと黙っていた一人がそう言って、もう一方がさらに淫靡な言葉で智子について声にした。
「××××! ××××してえ!」
 それはあまりに直接的な表現で、一瞬で彼の冷静さは木っ端みじんに崩れ去る。
 気付けば彼らの前まで駆け寄って、最後に言葉を発した男の頬を力任せに引っ叩いてしまった。三人は一気に立ち上がり、稔の前に立ち塞がるような感じとなる。
 そうなって初めて、稔の目にも三人の姿が露わになった。
 世を拗ねた、不良程度の若者じゃない。
 そんな時代などとっくに過ぎて、まさにチンピラと呼ぶべき存在だ。
 きっと普段から、始終こんなイチャモン付けて、あわよくば金を巻き上げようって輩だろう。
 よほど稔の反応が嬉しかったのか、叩かれていない方の二人は嫌らしいくらいに口角を上げ切っている。一方、稔が叩いてしまった男の方は、逆に微塵も笑ってなかった。
 予想外の出来事に、睨みつける眼球は凄みを増して、怒りのせいか顔下半分が妙にピクピク震えている。
 こうなったらどうしようもなかった。殴り合いなどしたくはないが、かと言ってやられっ放しなどもっての外に決まってる。
 稔はすぐに覚悟を決めて、提げていたコンビニ袋を足元辺りにゆっくり降ろした。
 その時、稔の顔が下向き加減となって、男はその一瞬を逃さない。
 ガツン! まさしくそんな衝撃だった。
 稔は地面に吹っ飛んで、すぐに何かがおっかぶさった。
 と同時に目の前は真っ暗となり、彼は心に思うのだ。
 ――こいつ、素人じゃない……。
 ここまで強烈なパンチを、稔は食らったことがない。
 ボクサー崩れか、もしかしたら空手の有段者なのか……? 
 そこまで思って、やっと視界に光が戻った。慌てて目を見開くと、なんと腹の上にあの男が乗っている。
 このままではやりたい放題ボコボコだ。だからとっさに握り拳を振り上げたのだ。
 ところが拳が届くより前に、男の一発が側頭部を直撃。
 首がゴキッと音を立て、視界が再び真っ暗になった。
 その瞬間、ああ、こりゃダメだ……。そんなことを思ったと思う。
 続いて洗面所にいる智子の身を案じ、頼む、出てくるな! そう念じた途端、さっきとは反対側にもう一発が襲いかかった。口いっぱいに鉄の味が広がって、〝ハウリング〟のような音が頭の中で木霊する。
 このまま次が振り下ろされれば、呆気なく彼の意識は消え失せたろう。
 ところがだった。次の衝撃がなかなか来ない。それどころか腹の重みがフッと消え、稔は貯めていた息をやっとこ吐き出す。
 耳鳴りはひどく、頭の中では音がガンガン鳴っている。
 そんな中、彼は恐々目を開けたのだ。
何が、起きた? そう思うまま、懸命に上半身を浮かして首を捻った。
 するとこの時、男たちは直立不動のままコンビニ店内に目を向け、稔をまったく見ていない。もちろん、何が起きたか分からなかった。
 ただ、彼らの向ける視線の先に、懸命に手を振る智子の姿はあったのだ。

 その少し前、智子は最初、稔が店内にいると思っていたらしい。
 だから洗面所から表へは向かわずに、しばらく稔を探して店の中を歩き回った。
 そうしてガラス越しに稔を目にした瞬間、彼は一発目のパンチで吹っ飛ばされる。続いて大柄な男が馬乗りになって、どんな状況なのかを一瞬にして理解した。
「誰か、警察を呼んで! あの人を助けてください!」
 智子は大声を上げながら、通りに面したガラス窓を力いっぱい叩き始める。
 そんな騒ぎに、見守っていた二人がまず気が付いたのだ。
「まずいって、あんなんで通報されたら、あっという間に警官が来ちまうよ。ここ、駅の向こうっ側すぐに交番があるんだ!」
 こんな声に、馬乗りの男の反応は素早い。何事もなかったようにスックと立ってコンビニ店内を一瞥すると、その後は一度も稔には目もくれず、仲間と一緒にさっさとどこかへ消え失せてしまった。
 それからすぐに、あちこち痛むのを必死に堪え、稔はコンビニの店員に平謝りだ。
 タクシーに乗り込み、稔はそこでようやくホッと一息。いつなん時、あの三人組が現れないかと……ずっと生きた心地がしなかった。
 店を後にしてからも、男の顔がなかなか脳裏から離れない。長年の悪行が染みついた人相に、左の頬から耳にかけ、ピンク色に盛り上がった傷痕がある。もしもどこかでおんなじ傷痕と相対すれば、今度こそこの程度では済まないだろう。
 ただとにかく、今は智子のことだった。
 男の顔を頭の中から無理やり追い出し、稔は明るい声で智子へ告げる。
「今夜はゆっくり休んで、明日の朝一番、またあそこに行ってみよう。大丈夫、きっと元の時代に戻れるさ……」
 そんな心許ない言葉でも、きっとそれなりに響いたのだろう。
 稔が黙ってからしばらくすると、智子は知らぬ間に微かな寝息を立てていた。

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