ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後   8

文字数 3,952文字

ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後
     
岩倉家の庭園に姿を現した不思議な物体。そしてなんとそこから、二十年間
行方知れずとなっていた……昔となんら変わらぬ霧島智子が現れた。
 

  8 乱入者 

「どうしたの? 大丈夫?」
 智子の声がいきなり聞こえ、稔はそこでようやく目を開けたのだ。
 振り返れば心配そうな顔があり、その先には庭園の景色もしっかり見える。 時間移動などしておらず、数字の色が白に変わっただけだった。
 稔はホッとひと安心。すると現金なもので、急に新たな思いが首をもたげ、彼は迷うことなく智子に告げた。
「あのさ、お腹空かないか? せっかくだから、この時代のレストランとかで食事してから戻ってこない?」
 たった今見知ったことを整理して、落ち着いた場所で智子へ連動したい。そんなふうに考えたのも確かではあった。
 ただ本当のところ、智子を戻せる目処が付き、このまま別れるのが急に惜しくなったというのが実際だ。
 ところが智子にしてみれば、昼飯どころじゃないのだろう。
稔の声にキョトンとなって、すぐに考え込むような顔付きになる。
「あ、そうだよな……」
 ――俺は、何を言ってるんだ!
「ごめん! レストランはなしだ! その代わりにさ、この時代に来た記念に、これを持っていかないか?」
 稔は唐突にそう告げて、腕時計をさっさと外して智子の左手首に巻き付ける。
「ほら、ここを押すとね、時計の中のライトが点くんだ。最新式じゃないけど、いろんな機能が付いててね、けっこう便利な腕時計なんだよ」
 八年前、国内大手から発売された世界初のストップウォッチ付きデジタル時計。西暦からカレンダーまで確認でき、発売当時としてはかなり画期的なものだった。
「……あ、へえ、針じゃなくて、数字がそのまま……それで日付も曜日もわかるなんて、すごいなあ………」
 教えられたところを指で押し、智子はその明るさにずいぶん驚いたようだった。
「でも、こんな高そうなもの、いいんですか?」
 続いてそう声にして、下向き加減になった時計を右手でクルッと押し上げる。
「やっぱり少し緩いね、でもまあ、抜けちゃうほどではないからさ、未来訪問記念に持っていってよ。ただ、他の人には見せない方がいいかも、だけど……」
 そんなやりとりがあってから、あの空間でのことを智子にしっかり説明する。
「最初、八桁の数字は20だった。これは智ちゃんがここへ来た時のままのはずだから、最初の黒い数字が未来へ向かう年数で、長押しして白字になると、今度は逆に、過去へさかのぼる年数になるってこと、だと思うんだ……」
 ――絶対とは言い切れない。それでもここまで分かれば、やってみる価値は充分ある。
 ――20とだけ入れてから、数字は白いままでスタートするんだ。
 ――そうすればきっと、智子は昭和三十八年の三月十日に戻れるはず……。
 そんなことを念じつつ、ついさっき学んだことを稔は智子に話していった。
 そうして残った問題は、彼女の戻るのは事件のあった次の日で、殺人事件のあった場所だということだ。
「きっとね、あの辺りは大騒ぎになっている。警察官がウヨウヨだろうし、戻った途端、とにかくいろいろ聞かれると思うから……」
 気が付いたら次の日になっていた……それ以外のことは、可能な限り知らぬ存ぜぬで突き通す。そんな感じを言い聞かせ、稔は最後の最後に告げたのだった。
「戻ったら、二十年前の俺のこと、ぜひぜひよろしくお願いします……」
 もちろん、何をどうして欲しいってことじゃない。
 ほぼほぼジョークって感じのノリだったのだ。
 ところがこんな言葉に、智子の表情が一気に変わった。
 思い詰めるような顔付きになり、なんとも神妙な声が返るのだった。
「本当に、稔さんには、感謝しかありません……」
 智子は大真面目な顔でそう言ってから、深々首を垂れるのだ。
「俺は何も……」
 稔は慌ててそう応えるが、智子は遮るように首を振る。
「ううん、もし稔さんがいてくれなかったら、わたし、この時代でどうなっていたか分からない。本当に……本当にありがとうございました」
 潤んだ眼差しを稔に向けて、それから少しだけ微笑むように口角を上げた。
「わたし、ずっと思ってたの……ぜんぶ、稔ちゃんのお陰なんだなあって。もしね、あの時誘拐されてたら、もちろん今のわたしはどうなっていたか分からない。稔ちゃんに助けられて、稔ちゃんのおでこに傷が付いちゃって……それでも、稔ちゃんはいつでもわたしの誘いを断らなかったし、そのお陰でいっぱい助けられたの……稔ちゃんと一緒なら、お母さんも外出許してくれたし、稔ちゃんはいっつも明るくて、わたしまで明るい気分でいられたわ……だから、あっちにちゃんと戻れたら、これまで以上に、稔ちゃんのことを大切にする。そうしてきっと、あっちの稔ちゃんと一緒に、あなたとおんなじ大学に入るから……」
 約束するから……と口にして、ちょっと考えるような素振りを見せてから、
「あそこのご不浄、お借りしてもいいですか?」
 智子は離れの方を指さし、囁くようにそう聞いた。
 そうして離れに向かう智子の背中を見つめるうちに、心が一気に震えてしまった。
 ――くそっ……くそっ! くそっ! 
 どうにもこうにも、あまりに智子が可愛すぎた。
 ――いったいどうして! こんなことに……なっちまったんだ!?
 もしもあんな事件がなかったならば……そんな感情が溢れ出し、二十年前、もがき苦しんだ頃そのままに、心が震えて涙が溢れてきそうになった。
 それでも必死に耐え切って、彼は無理やり思うのだ。
 ――智子があっちに戻りさえすれば、一気に万事、解決なんだ!
 今ある稔は別として、あっちの自分は智子との時間を取り戻す事ができる。
 さらにもしかしたらだが、さらなる希望もあるにはあった。しかしそうなる確率は低いだろうし、もしもあったらあったで恐ろしいって気もする。
 だから都合のいい想像などは吹っ切って、涙の痕を両手でゴシゴシ拭い去る。それから再び岩に近付き、マシンのある辺りに手を差し向けた。
 するとやっぱり銀色の扉が現れて、あっという間に変化しながら階段となる。
 ――さあ、いよいよだ!
 そんな気合いを心に思い、稔はさっさと銀色の空間に入り込む。浮かんでいる椅子に腰を下ろし、ほんの数秒間だけ座り心地を楽しんだ。そうして上半身をゆっくり起こし、せり出してくるボードに目を向けた。
 00000020……数字に間違いないし、しっかり白い光を放っている。
 ――これで後は、こいつに軽く触れればいいのか?
 そう思いながら見つめる先に、強い光を放つ盛り上がりがあった。
 ――それとも、力いっぱい押さないとダメか?
 それは数字の並びから少し離れた位置にあり、手のひらで包み込めるくらいの半球体の膨らみだ。
 見たところ、材質は周りの銀色と同じ。ただ少しだけ、放つ光が強いのだ。
 さっき、数字がいきなり白に変わった時のこと……銀色だったその膨らみが、知らぬ間に違う色を発していることに気が付いた。淡いピンクからクリーム色になって、青みがかったかと思えばサッサとグリーン色に変わっていく。
そこから発せられる色とりどりの光こそ、出発できるというサインだろう。彼が立ち上がるまでちゃんと続き、座席が元に戻ってしばらくしてから消え去った。
 数字を反転させれば、この膨らみが光り始める。そう思った通りに、今もしっかり光を放ち、あとは光っているうちに出発するという意思を示せばいい。
 しかし今度ばかりは、数字の時のように確かめるわけには絶対にいかない。
 だから一切手を触れておらず、ここからがまさに一か八かの大勝負だった。
 二十年前、大男もこの膨らみを押すか叩くか何かして、それでも慌てることなく出ていけた。であればそれが稔でも、外に出るくらいの余裕はきっとある。
 そこまで思って、稔が立ち上がろうとした時だった。
 ――あれ? こんなの……昨日もあったかな?
 足元に何か落ちている。見れば革製であろう巾着袋だ。彼は手を伸ばし、真新しい茶色い袋を拾い上げた。そうして中を覗き込み、中身を目にした途端だった。
「おーい、どこにいるんだあ~」
 突然、そんな声が聞こえ、もちろん智子のものではまったくない。
 彼は慌てて立ち上がり、階段上から外を眺めた。
「お、あんなところにいやがった。しかしこりゃあいったい、どうなってるんだ?」
 声の主は階段にいて、すでに真ん中辺りに立っている。
 稔との距離も二メートルと離れておらず、どちらかが足を一歩踏み出せば、互いの拳だって届くくらいの距離なのだ。
 ――どうして? あいつがここにいるんだ!?
 昨日稔の腹に乗っかった男……四発も殴ったヤツが再び彼の前に現れていた。
 階段下には残りの二人もちゃんといて、彼を見上げてニヤニヤ顔を見せている。
 そんな認知とほぼ同時、視界の隅に智子の姿が見えたのだ。
 まずい! と感じた次の瞬間、男が一気に稔に迫った。
 足を大きく踏み出し、その勢いのまま両手で稔のことを突き飛ばす。
 不意を突かれ、彼はいとも簡単にマシンの中に吹っ飛んだ。
 一瞬、意識が遠のきかける。それでもなんとか気を失わず、智子を助けなきゃ! そんな思いにフラフラしながら立ち上がった。
 その瞬間、空間の変化に気が付いたのだ。
 ――うそ、だろ……?
 稔は慌てて振り返る。
 ――やめてくれ……頼む。勘弁してくれよ。
 誰に言っているのか分からないまま……。
 ――どうして……?
 そんな疑問を思うと同時に、
「その後すぐに、キーンって耳鳴りがして、急に気持ちが悪くなったんです……」
 頭の片隅で、そんな智子の言葉が蘇るのだった。
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