第14話 派遣の人

文字数 3,433文字

 夕方。
腰に工具をぶらさげた工事担当者が二人、車から降りて来る。

 ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が男達を見ている。

工事の責任者が店内で、

 「失礼します! 配線工事に来ました」

静子さんがカウンターから明るく出迎える。

 「あ、お待ちしておりました」

工事担当者、

 「忙しいとこすいません。事務所に入らせてもらいま〜す」
 「どうぞ。あッ、オーナー、ご案内して」

具流氏が、

 「ハーイ。いやいやいやいや、大変ですねえ。うちの事務所、狭くて汚いの」

すると工事の責任者が後ろに付いて来る男性(助手・派遣の人)に、

 「オメー、脚立(キャタツ)は?」
 「あッ、忘れた」
 「大丈夫か? オメー・・・」

 事務所の中で二人が早速(サッソク)打ち合わせ。
具流氏は手持ち無沙汰で二人を見ている。
すると責任者の男性が具流氏を見て、

 「すんません。この店の配線図をお借り出来ますか?」
 「ハイセンズ?」
 「あれ? オーナーさんですよね」
 「え? あッ、まあ。あ、配線図ですよね! え〜と、配線図、ハ・イ・セ・ン,ズ。え〜と、・・・ちょっと待って下さい」

具流氏は書類棚を探しまわる。
そこに石田さんが退勤するため事務所に戻って来る。

 「お、石田サン! 良い所に来た。わるいけど店長に店の配線図はどこにあるか聞いて来てくれる」
 「は~い」

暫くして石田さんが事務所に。

 「机の上の右の書類ケースの、二段目の下から三枚目ッす」
 「なにッ?」
 「そこのケースの二番目の引き出しを開ければ、下の方に有りますって」

具流氏は机の上の書類ケースを開けて探し始める。

 「あれ〜? 下の方? あ〜あ、・・・これだな」

工事責任者に店内の配線図の写しを見せる具流氏。

 「これですか?」
 「・・・そうですね。ちょっとお借りします」
 「どうぞどうぞ」

アルバイトの様な男性(助手)は配線図をチラッと見て、事務所を出て行く。
責任者の男性が大声で、

 「お〜い! オメー、分かったのかー」

偉そうに片手を挙げて出て行く助手の男性。
石田さんが出て行った助手の男性を見て責任者に、

 「バイトッすか?」

男性の受け答えに腹が立っているのか、生意気な石田さんを見て、

 「アンタと同じ!」

 助手の男性が出て行った後、入れ違いに夕勤のアルバイトの女子高生二人(杏子さんと弘美さん)が、息を荒げて出勤して来る。
杏子さんが事務所の壁の時計を見て、

 「セーフ! 一分前」

弘美さんはスポーツバックをテーブルの上に放り投げ、急いでストコン画面をタッチする。
画面の時間を見て、

 「ああッ、 ヤッベー! 四五分だ」 

弘美さんは腕時計を見て、

 「なんだよ、この時計。遅れてるジャン! ッたくう。オエーが悪いんだよ。アイス喰いてえなんて言うから」
 「アタシじゃないよ。あのナナの店員がつり銭間違えるからだよ。トロイ店員。アイツ、見た事ねえから新人じゃね?」

事務所内は突然、女子高の部室のように騒がしくなる。
と、椅子に座り、タバコを吹かしながら週刊誌を見ている石田さんが、

 「ウルセーッ! いつまでもガキやってんじゃねえ」

弘美さんが、

 「あッ、石田サン。居たの」
 「イタノ?」

石田さんは弘美さんをムカついた顔で睨(ニラ)む。
弘美さんが、

 「あッ、ごめんなさい」
 「おい。ナメた口きくんじゃねえ。オレはオマエ達より先輩だからな」
 「失礼しました。・・・あれ? ソコの人は」
 「電気屋だ」
 「違うよ。ユニホーム着たオジサン!」
 「バ~カ、オーナーさんだ」
 「オーナー? ええ? この店いつからオーナー店に成ったの?」
 「ウルセェー! オマエ等はただ働いてれば良いンだ。よろしくお願いしとけ。バーカ。教授だぞ」
 「キョウジュ?」
 「オマエ等、バカを教育しに来たンだよ」

具流氏は三人の会話を呆気(アッケ)に取られて聞いている。
杏子さんと弘美さんは具流氏の前まで来て、

 「始めまして、佐伯杏子(サエキキョウコ)です。よろしくお願いしま~す。教授」
 「アタシは池辺弘美(イケベヒロミ)でーす。ヒロミって呼んで下さい」
 「アタシはキョウ子で良いです」

具流氏はまぶしそうに二人を見て、

 「キョウ子とヒロミ? ここは『キャバクラ』じゃないからなあ〜・・・」

威勢の良い挨拶に戸惑いながら、

 「僕は具流です。よろしく。確か、池辺サンて『学習院』ですよね。頑張って下さい」

弘美さんは自分の制服を見て、

 「ええッ? よく分かりましたね。さすが教授!」

石田さんはタバコの先の灰を灰皿に叩きながら、

 「気取ったバカが行く学校だからだよ」
 「ヒドイ。 教授、何か言って下さいッ!」
 「ウルセェ、早く着替えろ! 店長が待ってるぞ」

杏子さんが、

 「ええッ! 店長? カウンターに居たシト(人)?」

石田さんはタバコの煙を天井に向かって吐き、

 「美人だろう・・・」 

弘美さん、

 「ビジン? おばさんジャン」
 「あッ! オーナー、コイツの時給下げちゃって良いッすよ」

弘美さんは焦って、

 「あッ、いや、お母さんみたいな人ですね」

杏子さんと弘美さんは急いでユニホームに着替える。 
杏子さんが、

 「キョウジュって、幾つですか?」

石田さんが杏子さんを睨んで、

 「キョウジュ? サンぐらい付けろ。先生だぞ?」
 「あッ、すいません。教授サン」

具流氏は突然の杏子さんの質問に戸惑い、

 「えッ? あ、四二かな?」
 「オーナーサンって四二歳スか? 若く見えますね。三八位かと思いましたよ」
 「三八? 嬉しいね。時給上げてやんなくちゃ」
 「ようよう、ドンドン上がってくるぞ」
 「あッ、石田サンは、これからの仕事をよ~く見てからね」

杏子さんが、

 「四二歳ですか? パパと同じトシ」

具流氏が、

 「お父さんは、何をやっているの?」
 「丸の内のホテルで、コック長をやっています」
 「へえ〜、コック長か・・・」

具流氏は眩(マブ)しい二人の女学生を見詰めている。
ユニホームに着替えた杏子さんと弘美さん。
具流氏の前に来て、

 「それじゃあ、教授サン! よろしく」

具流氏は突然、椅子から立ち上がり右手を差し出す。 
杏子さんが、

 「えッ! 握手ですか?」

すると具流氏は突然、右手の小指を立てる。

 「何ですか? コレ」
 「うん? 指切りだ」
 「ユビキリ?」

杏子さんは恥ずかしそうに、右手の小指を具流氏の指に絡める。

 「・・・はい」

弘美さんも右手の小指を突き出す。
弘美さんは具流氏のユニホームの袖口から覗く腕時計を見て、

 「いい時計してますね」

具流氏は自分の腕時計を見て、

 「あ、これ? ま〜な」
 「ロレックスですか? パパと同じ」

弘美さんは小指を絡ませる。
具流氏は二人を見て、

 「頑張って下さいね」

杏子さんと弘美さんが元気良く、

 「はいッ!」

二人は賑やかに事務所を出て行く。
と、直ぐに杏子さんが事務所に戻って来る。
具流氏が、

 「どうした?」
 「オーナー。この店、変な客が多いから気を付けてね」

石田さんが、

 「ウッセー! 早く仕事しろッ!」

 石田さんが椅子に座りノンビリとタバコを吹かしながら、天井の中を覗く工事人を見ている。
責任者が、

 「もう少し左! ヒダリーッ! ヒダリが分かんねえのか? ・・・そう。コードを通して・・・早く通せッ! ・・・良いよ」

天井の蓋を閉め、脚立から降りて来る責任者の男性。
具流氏を見て、

 「終わりました。じゃ、オーナーサン、ここに検印を御願い出来ますか」

 「えッ! もう終わったんですか?」
 「とりあえずパイプの中にコードを通すだけですから」
 「あ〜あ。じゃッ、その紙を貸して下さい。今、押して来ますから」

具流氏が事務所を出て行く。
暫くして具流氏が売り場から戻って来る。

 「お待ちどうさまです。ハイ、これ」

責任者は書類を確認して、

 「じゃッ、終わりましたのでこれで失礼します」

そこに助手(派遣)の男性が戻って来る。
工事の責任者は助手の男性のメガネを見て、

 「オマエ、片方のレンズどうした」
 「あッ、さっき、天井を覗いてたら外れちゃって」

呆れた顔で助手を見る責任者。

 「オメー、本当に大丈夫か? 」

責任者は脚立をたたみながら、

 「すんません・・・。ジャ、帰ります」

事務所を出て行く工事に来た男達。
具流氏が、

 「あ、ちょっと待って下さい。コレ!」

具流氏が売り場から持参した缶コーヒーを助手の男性に渡す。
責任者が、

 「アン、もうすいませんネ〜」

助手(派遣の男性)が一言、

 「ウッス」
                    つづく
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