5-6:再来じゃ!! 欧山概念大師の再来じゃあ!! 

文字数 3,401文字

「貴方様はこのたび欧山概念大師(おうやまがいねんだいし)の御霊を継ぎし作家であると認められ、評議会より兎谷三為尊師(うさぎだにみつなりそんし)としてビオトープに招かれました。もしかするとまだ自覚されていないのかもしれませんが、これはとても名誉なことなのです。微力ながら尊師をクラスタに導く手助けをさせていただいたわたしとしても、今回のことは我がことのように喜ばしく思っております」

 まことさんは謝恩会のときのようなくだけた口調をやめて、出会ったばかりのころと同じ丁寧な語り口で、概念クラスタの代表者『美代子』として流暢な挨拶をした。
 彼女をどの名で呼ぶべきか迷ったあげく、やはり以前と変えずに、

「で、今の台詞はどこまでが本当で、どこまでが作り話なのかな。君の名前が変わるのもこれで二度目だし、ぼくとしちゃ素直に信じてあげることができないんだけど、まことさん」
「あら、そのような喋り方をしてはいけません。金色夜叉(コンジキヤシャ)から前もって教えられていませんでしたか? ビオトープに足を踏みいれた以上、貴方様は尊師としての役割を求められるのです。なぜなら多くの読者にとってポスト欧山概念的ライトノベル作家である兎谷三為尊師は、かの文豪と同等にミステリアスかつ威厳溢れる存在でなければならないからです」
「ええ……最初にフランクな感じで話しかけてきたのは君じゃないか。ていうかぼくはいつまで、あの無意味なお芝居を続けなくちゃいけないわけ?」

 相手がまことさんだからか油断して、ぼくは本音をぽろりと出してしまう。
 慌てて周囲を見るものの……彼女と挨拶を交わした時点で金色夜叉さんを含むクラスタの人間はこの場から離れたらしく、今この場にいるのはぼくと彼女のふたりだけだった。
 そして今やカルト集団の教祖様という立場を示したまことさんは、わずかに険しい表情を浮かべたあと、ぼくの問いに対して率直な答えを告げる。

「貴方様のお気持ちはよくわかりますが、当面は文豪らしく振る舞うべきでしょう。わたしもさきほどはつい嬉しくなって気安く話しかけてしまいましたが……ご存じのとおりクラスタには過激な読者が多く存在しておりますので、もし貴方様が彼らの理想とする作者像にそぐわない場合、どういった行動に出るかわかりませんから」
「う、うむ。では君の忠告どおり、しばらくはロールプレイを貫くとしよう」

 真面目な表情でそう答えると、まことさんは小馬鹿にしたようにプッと吹きだす。
 ……いや、へたくそな芝居なのは自覚してるけど笑うなって。
 ぼくが理不尽な反応にがっくりとうなだれると、彼女は再び真面目な表情になって、

「ひとまずクラスタの代表者にして現世に蘇りし大師の御霊を導く巫女、わたし美代子が今から尊師をビオトープの中をご案内いたします。およそ常識的な世界で生きてきた貴方様からすると、幻想的かつ耽美かつ退廃的すぎる欧山概念的世界観の奔流に面食らってしまうかもしれませんが、どうか悲鳴をあげて取り乱したりはせず冷静かつ寛大に対処していただければ幸いです」
「できればご遠慮願いたいところではあるが……どうせそうもいかぬのだろうしな。我が輩としてはなるべく早いところ引きこもりたいし、ちゃちゃっと終わらせてもらおうか」

 ぼくが渋い表情でそう言うと、まことさんは無言でにっこりとうなずく。
 そして相変わらずのイタズラ小僧めいたまなざしで、こう言った。

「でしたら極端にヤバいエリアを中心に見ていきましょう。尊師は当面の間ビオトープに滞在するのですから、ショック療法的に慣らしていったほうがいいかもしれませんし」
「ちょっ……待っ……!?」
 
 本能的に危機感を覚えて後ずさるものの、まことさんはぼくの手をがっしりと握ると、エアポートの外にぐいぐいと引っぱっていく。
 カルト集団が作りあげたマジカルミステリーなテーマパークを、虚言癖のある教祖様が直々にガイドするという、この世でもっとも心がおどらないデートのはじまりだ。





「……で、この人はいったいなにをやっているのだ」
「ごらんのとおり、全身にカブトムシを貼りつけているところですね」

 いきなりパンチが強すぎる住民を紹介された。
 ぼくの目の前にいるのは頭に巻いたハチマキから枯れ枝を生やした半裸の若い男性で、薄茶色の肌に樹液を塗りたくり、虫かごのカブトムシを一匹ずつ身体に貼りつけているところだった。
 唖然として眺めていると、期待に満ちた視線をチラリと向けられる。キツい。

「だからなぜこんなことを……。あ、いや、ロールプレイの一種なんだろうけども」
「左様でございます。彼はクラスタの理念に基づいて、化生賛歌(けしょうさんか)の一篇『桃源郷』に登場する樹精(ジュセイ)の魂を現世に顕現させようとしているのです。作中に登場する樹精はこのように表皮から樹液を分泌し、甲虫たちと共存しているという設定ですから」
「ギギギ……。ソンシニアエテ、ウレシイデス……」

 カブトムシをうじゃうじゃ貼りつけたグルートのような枯れ枝男は、甲高い裏声で握手を求めてくる。これで取り乱すなというのも無理があるものの、すでに金色夜叉さんで耐性をつけていたぼくは、なんとか笑みを浮かべて彼の手を握った。

「コンゴトモヨロシク……ゴホッゴホゴホッ!!」

 裏声を出すのがきつかったのか、彼は盛大にむせてしまう。堰をするたびに肌に貼りつけたカブトムシがボトボト落ちてきて、それを慌てて拾う様子がなんとも不条理だった。
 まことさんが無表情で眺めているのもしんどい。
 誰かこの状況にツッコミを入れてくれ。

「樹精を再現しようとしているビオトープの住民はほかにもおりますが、現在では彼が一番完成度が高いかもしれません。以前はもっとすごい方がいらっしゃったのですけど、原作を忠実に再現しようとするあまり自力で肌から樹液を分泌しようと考え、大量の蜜を服用する生活を続けた結果、重度の糖尿病にかかり現在はクラスタの施設にて療養中です」
「そ、そうか……。どうコメントしたらいいかわからんぞ……」

 というわけで樹精の男と別れ、次のエリアに向かう。
 道中、まことさんと並んで歩いていると、平凡なビオトープの住民(つまりカブトムシを貼りつけていない人間だ)とすれ違うことがあった。
 彼女がクラスタの代表というのはやはり事実らしく、住民たちは平伏したように手を合わせる。
 そしてぼくの名前が紹介されると、彼らは感激のあまり地面に頭をつけるのだ。

「嗚呼……! 現世に蘇りし大師の御魂が貴方様の頭上に見えまする……!!」
「再来じゃ!! 欧山概念大師の再来じゃあ!! お願いします!! 新作を!! 我らささやかな読者に化生賛歌の新作を授けたまへ!!」
「う、うむ……。善処しよう。気が向いたらな」

 そして彼らと別れたあと。眉間にしわを寄せてひょこひょこと文豪ウォークを続けるぼくに、まことさんが挑発的な声音でこう囁きかけてくる。

「多くの読者にああして崇拝されるのは、作家冥利に尽きますでしょう。尊師が長年求めてきた理想の生活がこのビオトープにあるのではございませんか?」
「やめてくれ。我が輩は普通に作品を楽しんでもらえればそれでいいのだ。おおげさに崇拝されるのもこんな芝居を続けるのも、まったくもって居心地が悪い」
「しかしいずれ、それが当たり前のことになりましょう。尊師が小説を書くたびにクラスタの信者は感涙し、熱意のこもった賛辞を贈るのですから」
「でも彼らが求めているのは、本当にぼくの新作なのかな。欧山概念のではなく?」
  
 ロールプレイを忘れてぼくがそうたずねると、まことさんは困ったように曖昧な笑みを浮かべる。そして逡巡したのかわずかに間を置いたあと、静かにこう答えた。

「同じことです。わたしが美代子であるように、今はあなたが欧山概念なのですから」
「……どういう意味だよ、それ」

 しかしまことさんはぼくの問いに沈黙を返し、やがて前方を指さした。
 見ればうっそうと茂る林の先に、なにやら大きな建物が見える。
 白い壁で特徴がなく、しかしどことなく不穏な気配があり、いかにもカルトの施設といった感じだ。 
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登場人物紹介

兎谷三為


売れない新人ラノベ作家。手にしたものに文才が宿る魔術的な原稿【絶対小説】を読んだことで、百年前の文豪にまつわる奇妙な冒険に巻き込まれる。童貞。

まこと


オカルト&文芸マニアの美人女子大生。金輪際先生の妹。

紛失した絶対小説の原稿を探すべく、兎谷と協力する。

欧山概念


百年前に夭折した文豪。

未完の長編【絶対小説】の直筆原稿は、手にしたものに比類なき文才を与えるジンクスがある。

金輪際先生


兎谷がデビューしたNM文庫の看板作家。

面倒見はいいものの、揉め事を引き起こす厄介な先輩。

僕様ちゃん先生


売れっ子占い師。紛失した絶対小説の行方を探すために協力してくれる。

イタコ霊媒師としての能力を持つスピリチュアル系の専門家。アラサー。

河童


サイタマに生息する妖怪。

肉食植物である【木霊】との過酷な生存競争に明け暮れている。

グッドレビュアー


ベストセラーのためなら作家の拉致監禁、拷問すら辞さない地雷レーベル【ネオノベル】の編集長。

裏社会の連中とも繋がりがあるという闇の出版業界人。

田崎源一郎


IT企業【BANCY社】の代表取締役。

事業の一環として自社のAIに小説を書かせている。


田中金色夜叉


欧山概念を崇拝するあまりカルト宗教化した読者サークル【概念クラスタ】の幹部。

欧山の作品に登場した妖怪になりきるために全身をゴールドのポスターカラーで塗りたくっている。

川太郎


欧山概念の小説【真実の川】に登場する少年。

赤子のころに川から流れてきた孤児であるため、己が河童だと信じている。

リュウジ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】の主人公。

最強の思念外骨格グラフニールに搭乗し、外宇宙の侵略者たちと戦っている。

ミユキ


金輪際先生の小説【多元戦記グラフニール】のヒロイン。

事故で死んだリュウジの幼馴染。

外宇宙では生存しており、侵略者として彼の前に現れる。

ライル


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の主人公。

勇者の生まれ変わりとして育てられたが、のちに偽物だと判明する。

マナカン


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】のヒロイン。

四天王ガルディオスとの戦いで死んだライルを蘇らせたエルフの聖女。

真の勇者ユリウスの魂を目覚めさせるために仲間となる。



聖騎士クロフォード


兎谷の小説【偽勇者の再生譚】の登場人物。

ライルの師とも呼べる存在。

ガルディオス戦で死亡し、魔王軍に使役されるアンデッドになってしまう。

お佐和


欧山概念の小説【在る女の作品】に登場する少女。

病弱ゆえ外に出ることができず、絵を描くことで気分をまぎらわせている。

やがて天才画家として評価されるが、創作に没頭するあまり命を削り息絶えてしまう。

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