3-4:多元戦記グラフニール(6)~もう一人の君へ~ 金輪際:著
文字数 4,558文字
道路のいたるところに散らばった瓦礫を避けながら歩いていると、勝利の余韻はあとかたもなく消え失せていく。
俺は世界を救った。しかし英雄になれた気はしなかった。
幾度となく苦しめられてきたパンデモニウムをついに撃破し、
しかし守りたかったはずの町は、幼いころから過ごしてきたこの町は、もはやかつての面影すら感じられないほどに破壊しつくされている。
だけど、帰る場所はどこにもない。
俺たちのたまり場だったスーパーも、文化祭で盛り上がったばかりの高校も、魔神将騎との激しい戦闘によって粉々になってしまった。
町を破壊したのは敵だけじゃない。
あのとき、俺が――パンデモニウムに最後の一撃を浴びせるとき、グラフニールの
わかっていた。
壊してしまえば、もう経営を続けることはできない。
旦那さんを失ってからずっと守り続けてきたあの店を、ほかでもない俺がぶち壊してしまった。
そのうえなにもかも台無しにしたもう一人の共犯者は、俺以上にあの店のビーフシチューを愛していたはずの幼なじみなのだ。
ガラスを割ってしまったときのように二人で頭をさげたとしても、笑って許してもらえるはずがなかった。
「君は今、どんな気分なんだろうな……ミユキ」
するとグラフニールの
……無断で施設を抜けだしたことが、さっそくバレたらしい。
やはり防衛機関の監視から逃れるのは難しいか。
ホログラフィを呼びだすと、眉をつりあげるカタギリ司令の姿が映しだされた。
『勝手な行動は慎んでほしいとお願いしていたはずよね、リュウジ。まさかボディガードを失神させて出ていくなんて……どうして無茶ばかりするの』
『ボディガード? 俺にそんなものが必要だと、本気で思っているわけじゃないですよね。わざわざ監視をつけるなんて、世界を救った人間にすることとは思えないですよ」
俺は不敵に笑う。
グラフニールは魔神将騎のように巨大ではないが、そのぶん携帯性に優れている。
起動鍵の状態ならほぼ生身と同じ、グラフニールを展開したところでせいぜい二メートルほどしかない。
だからもしかすると、
「俺が怖いのか? そりゃそうか、ただの高校生が、都市を一撃で葬りされるほどの兵器を持ち歩いてるわけだし。防衛機関の上層部は、戦うことがどんなことかってこともわからないような大人たちは、そうやっていつまでもビクビク震えていろ」
『待って、あなたは誤解しているわ。私たちはただ……』
「戦争をしているんだろ。俺たちを騙して。――都合のいいときだけ保護者面するのはやめてくれよ。どうして教えてくれなかったんだっ!!」
そうだ、教えてくれるだけでよかった。
それなら覚悟を決められたかもしれない。
こんな気分にならなかったかもしれない。
世界を救ったはずなのに、英雄になったはずなのに――本当に最悪だ。
「シュンも、アキラも、ユウコも、あんたたちのことを信じていたよ。自分たちがなにと戦っているのか、誰と刃を交えているのか知らないまま、最期は笑いながら死んでいったさ。……どいつもこいつも、戦争をやってるつもりなんてこれっぽっちもなかった」
『大人には義務があるの。だから、あなたたちの心を守るために黙っていなければならなかったの。誰でも思念外骨格を装着できるのなら、私が命を賭けて戦いたかった。でもそれができないから、せめて保護者として――』
「俺だって、理屈ではわかっています。だけどやっぱり我慢ならないんです。結局のところ、司令は自分が傷つくのが嫌なだけじゃないですか」
感情が決壊しそうだ。なにもかもが嫌になりそうだ。
どうして俺だけが、こんな気分にならなくちゃいけない。
だからせめて、あなたも傷ついてくれ。
俺と同じように、ずたずたになってくれ。
「……マキちゃんはお元気ですか。来年から小学生ですよね」
『ええ。リュウジお兄ちゃんに会いたいって、いつも言っているわ。あの子、本気であなたと結婚するつもりみたい』
俺はまた笑う。
たった一度しか会ってないのに、司令の娘にとって俺はもはや王子様だ。
「パンデモニウムの搭乗者が、平行世界のマキちゃんだったら――早く殺せと言えますか。あれに乗っていたのがミユキだとわかったとき、ためらいもなく命令したときのように」
『そ、それは……』
「あんたたちがやってるのは、そういうことなんだよ。俺が味わっているのは、そういう気分なんだ。自分の望みを満たすために、別の誰かの首を絞めているだけだ」
だとしても、俺は選ばなくちゃいけない。
答えを見つけなくちゃいけない。
英雄として。男として。
グラフニールの
「贅沢は言いません。今回だけは見逃してください。俺と……あいつを」
すると彼女はなにも言わずに、通信を切ってしまった。
しかし数分後。グラフニールの起動鍵に触れると、防衛機関が都市に張り巡らせている
……まさか本当に、監視を解いてくれるとは。
司令に心の中でお礼とお詫びを言いつつ、町の東端にある海岸へ向かう。
俺が愛を告白したあの場所で――もう一人のミユキは待っているはずだ。
◇
「遅かったじゃない。すっぽかされたと思ったわ」
「俺が、デートの約束を? 事故で死んだほうのリュウジはそんなにズボラだったのか」
笑えない冗談を言ったはずなのに、もう一人のミユキはクスクスと笑う。
目の前に君がいることが信じられなくて、だから他になにもいらないとすら思えてしまう。
もしかすると彼女のほうも、俺と同じ気持ちでいるのかもしれない。
「ここで夕日が沈むまでいっしょにいたときのこと、覚えてる?」
「忘れるわけないさ。もう一度そうするために、俺はずっと戦ってきた」
「……わたしも。皮肉な話よね」
あの日と同じように、地平線の向こうに浮かぶ夕日は沈みつつあった。
だけど海にはもう一つ、とてつもなく大きな塔のようなシルエットが佇んでいる。
あれはコアに
グラフニールの一撃がもし、ほんのわずかにずれていたら――俺はなにも知らないまま、もう一人のミユキを蒸発させていただろう。
すると俺の心を読んだうように、彼女はちょっと困った顔で笑った。
「あのまま倒されていればよかったのかも。そしたらこんなに苦しくなかった」
「俺はいやだよ。なにも知らないままだなんて」
自然と、お互いに向かいあって、しばし見つめあう。
君の頬に触れたかった。
あの日と同じように抱き寄せたかった。
なのに、どうしてもそれができない。
目の前にいるのはミユキなのに――なぜか彼女を、裏切ってしまう気がして。
心の奥に、ほんのわずかに、ざわざわと、違和感が募る。
「結婚してください、って俺が最初に言ったんだよな。今にして思うと、いきなりプロポーズだなんて気が早すぎるよな」
「ええ……忘れちゃったの? ずっといっしょにいよって、わたしが言ったのに」
「じゃあ、あのとき君にプレゼントしたのは?」
「なんか変なぬいぐるみ。ぶっちゃけセンスは最悪」
「ちがう、俺があげたのはペンダントだ。ぬいぐるみとさんざん迷ったあげく、ハート型のやつを」
「どっちにしろ反応に困っちゃうよね。でも、嬉しかったはず。デートの前日、わたしが最初にふるまった手料理は?」
「なんか無駄に辛かったような。ガパオライスとかいう……タイ料理だ」
「残念、普通にカレーです。でもめっちゃターメリック」
俺は苦笑いを浮かべる。
どっちにしろ無駄に辛そうだ。
お互いしばし見つめあって、そしてようやく納得することができた。
「やっぱりあなたは、わたしの知っているあなたではないのね」
「そうだね。君だって、俺の知っている君じゃない」
望んでいたものが手から離れてしまったはずなのに、なぜかほっとしてしまう。
君も同じ気持ちなのだろう。
だからこうして穏やかに、語りあうことができる。
「もしかすると今日、あなたはそれを確認したかったのかな」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。正直なところ、今だって迷ってはいるさ」
たぶんもうすぐ、四次元魔界人の放った
ここで見逃せば、パンデモニウムとは別の魔神将騎を駆る彼女と、再び刃を交えることになるだろう。
それくらい、俺にだってわかっている。
だからだろう、ミユキから緊張した気配が感じられる。
いざとなれば俺を迎え撃とうと、なにかしらの武器を携帯していることは明白だ。
「……で、どうするわけ? わたしを捕まえようとしても、ここで見逃したとしても、結局は戦うことになると思うの」
「だとしても見逃すほうを選ぶさ。君の顔を見つめながら武器を構えるのは、難しいから」
俺はミユキとやり直すために、ずっとずっと戦ってきた。
シュンがアスタロットと相打ちになったときも、上層部の判断ミスでアキラが犠牲になったときも、ユウコが俺に愛を告げながら次元の渦に呑まれたときも――歯を食いしばり、この手に刃を握り、グラフニールの駆動脚で、血塗られた道を踏みしめてきた。
きっと目の前にいる君も、別の世界にいた俺とやり直すために、ずっとずっと戦ってきたのだろう。
俺の仲間を殺したやつといっしょにランチを食べて笑ったり、俺が殺したやつに好きだと言われたことだって、あったのかもしれない。
「……本当の意味で心が通じ合えるのは、あの日いなくなったミユキじゃなくて、今、目の前にいる君なのかもしれない」
「うん、わたしもそう思った。あなたとやり直すことができれば、わたしはきっと幸せになれると思う。だってそうでしょ? リュウジはこの気持ちを理解できないはずだし」
俺が君をミユキと呼ばないように、君も俺をリュウジとは呼ばない。
俺はどんなことがあっても、ミユキを蘇らせると誓った。
たとえもう一人の君の心臓に刃を突き刺すことになったとしても、俺はミユキとやり直すために戦うだろう。
だから君もリュウジとやり直すために、目の前にいる俺と戦う道を選ぶはずだ。
「君の幸せを祈るよ。自分の幸せを祈るのと同じくらいに」
「わたしもあなたの幸せを祈るわ。自分の幸せを祈るのと同じくらいに」
つまりはそれがすべての、答えだった。