第20話 土下座する人
文字数 1,312文字
「そのことを人に話そうとするから、二人の内緒にしている」
「美宇ちゃんから飛びついているのか?」
「美宇は、喜生ちゃんに飛びついたり、抱きついたり、平気で触っている。喜生ちゃんも嫌がらない。僕は、髪の毛がぐちゃぐちゃになったり、歩くとき、汗疹やけがの薬を塗ったりするときは触るかな?」
「喜生ちゃんは?」
「喜生ちゃんは美宇にも僕にも抱きついて来る。喜生ちゃんの部屋のとなりにウッチャンズ部屋があって、そこで美宇と遊んでいる。僕が学校で遅くなっても大丈夫」
「喜生ちゃんが?そうか、他に特別になにかに反応する事はある?」
「時々、僕達はなにもしていないけど、突然、緊張する。それに逃げ回ったり、泣いたり、抱きついたりする」
「突然か…、事件の記憶が戻れば解決策もあるが…」
「記憶?」
「うん」
「記憶はあるって喜生ちゃんが言っていました」
「記憶がある?」
「うん、全部覚えているって、ただ言わないだけだって」
「犯人も?」
「はい、犯人の顔も覚えているそうです」小介先生は驚いて、考え込んだ。
「先生?」僕は小介先生の反応が不思議だった。ネコは先生にも話をしないのか?
「あ、そうなのか」
「喜生ちゃん、治りますか?」
「うん、先生もっと勉強しないといけないな」
「また、時間があったら喜生ちゃんと一緒に病院に来て話を聞かせてくれるかな?」僕はうなずいた。
【そこに】
看護師さんが診察室に入って来て僕を見た。
そして小介先生を見ると耳元で何かを話した。すると、小介先生が「ここで喜生ちゃん達が来るまで少し待っていてくれる?」といい、僕の返事を待たずに看護師さんを置いて小走りに診察室を出て行った。
僕は看護師さんを見た。看護師さんは「急ぎの患者さんが来たから少し待っていてね」優しく微笑んだ。
しばらくすると、ネコも美宇も戻って来たが先生が戻らない。随分と長い事待っていたような気がするが、三人でいると時間が過ぎるのが早くて、待っていることがなにも気にならなかった。外が暗くなり、母が診察室に入って来た。
僕らは驚いたが、母に連れられて待合室に行くと、玄馬さんと警察、叔父さんと叔母さんがいた。
その脇で、泣きながら土下座し謝る男の人がいた。
美宇も僕も起こっている事に理解ができないまま、異様な雰囲気に立ち尽くしていたが、ただ一人、ネコだけは震えて僕にしがみついていた。
後から聞いた話だと、僕達が出かけた後に、愛理姉さんがネコの家に行く途中で襲われた。待ち合わせをしていた玄馬さんが、愛理姉さんを助けたが、犯人ともみ合っている時に、犯人が崖から落ちて、死亡したとの事だった。
その死亡した犯人は、僕に嫌がらせをした、ネコと玄馬さんの家の中間にある、うちの人だ。泣きながら土下座をしていたのは、犯人の弟の悟志さんだった。
【それから、僕らは会えなくなった】
叔父が強硬に反対して僕らはネコの家に行けなくなったのだ。出会ってから丁度、一年後の五月十一日、ぼくらが一日だけおない年の日にも会えずにいた。
その日、なにをしても落ち着かない僕は、最終電車までひとりで臨海公園から横須賀駅や喜生の住んでいる街を眺めていた。