第27話 僕だけの掟
文字数 1,269文字
「ようは、『恋しく』て死んじゃったのよ。ねえ、ウテヤ『恋しい』って死ぬのかな?」
「『恋しい』ってどういう意味?」
「うーんとね」と、言いながらネコは国語辞書を調べ始めた。
「意味はね、「離れている人や場所、また事物などに強く心を引かれるさま」だって」
「ふーん、難しいけどなんとなくわかる。心を全部持って行かれちゃうのかな?」
「全部はないかも知れないけど、生きることが難しいほどなのだ」
「恋しいって、どれくらい大きな気持ちなのかな?」
「さあ?どうなのだろう、心臓がどきどきするくらいかな?」
「本当?」と突然、僕の洋服の中に潜り込んで、僕の胸に耳を当てる。
【一年前の愛理姉さんの事件以来】
ネコは少しずつ変化し最近は周囲をはばかることなく、突然、僕の洋服の中に頭を潜り込ませて来たり、ににんばおりのように後ろに張り付いたり、顔や首にぺったりくっ付いてキスをしまくったり…。
僕だけの可愛くて嬉しいネコに変身をしていた。
だけど僕の意志で少しでも体を動かすと僕達の心地よい関係が終わってしまうような胸が締め付けられる恐怖があって、ネコにどう対応してよいか困っていた。だからネコが自分から近寄って来た時は身動きしないように僕だけの掟を作った。
そんな僕の戸惑いの気持ちはネコに伝わっているのだろうか?別れを伝えないといけないと思う気持ちと混ざり合って僕は混乱した。
涙も出て来る。僕は涙を見せまいと、僕だけの掟を破って手に少し力を入れて、自分の胸に引き寄せるようにネコの髪をなでた。ネコは身動きひとつしなかった。きっと僕の行動に驚いたに違いない。
ネコはしばらくそのままでいたが、突然
「日本語のクイズです!漢字でいえば本日のウテ君のあやしい行動はどれでしょう?」
①怪しい(あやしい)=普通と違って変だ。
②妖しい(あやしい)=神秘的だ。不可思議だ。
漢字を僕の胸に書きながらTシャツの中のネコは笑った。
僕はとっさに①だと思った。①と答える勇気もなく、帰国することをネコに伝えられず、鍵を返し忘れた確信犯は自分に言い訳をしながらまだここに居る。
「②だな」と僕がいうと「う、切り返せない…。負けた」とネコは僕の胸に顔をうずめた。黙ったままのネコは次の言葉が出てこない。たぶん、ネコは気が付き始めているだろう。
【僕は話題を変えたかった】
国語辞書を見ながら「ネコ、この国語辞書を僕に頂戴」と言うと、ネコが僕の洋服の首のところから手を出して僕の顔を小突きながら「なんで?」と聞き返した。僕は困った。
好き嫌いがはっきりしているネコが『なんで?』と質問するとは思わなかった。
「いや、僕も日本語を勉強するのに、国語辞書が必要だろ?」
「買えばいいでしょ」
「そうだな、買えばいいな」
「買えばいいとわかっているのになぜ聞いた?」ネコの質問が鋭さを増してくる。
「うん、そうだよな。なぜ聞いたのかな?わからないけど…ネコのが欲しい」
ネコの顔は見えないが完全に怪しんでいるのがわかる。簡単に切り抜けそうにない。焦る僕はしどろもどろになった。