第25話 帰国の前日
文字数 1,434文字
玄馬さんと愛理姉さんの恋愛の手伝いをし始めて、初めて国籍の違いや差別に気が付いたようだ。咲枝ママは時間があると、僕らに歴史の話をしてくれた。咲枝ママは僕に涙目で言った。
「いつか、喜生ちゃんに機会があったら話そうと思っていたの。傷ついてしまう心や傷つけてしまう心、人間の愚かさを歴史は知っているのよ」
僕は愛なんてよくわからなかったけれど、このとき、咲枝ママがネコの事を大切に思っていることだけはわかった。
「偶然の縁を許してくださった、お父さんとお母さんが素晴らしい人なのね」と僕の両親に感謝をしていた。
【それから、まもなくだった】
突然に韓国の高校に通う話がでた。手続きは完了しているということだった。僕の両親と叔父さんと、どんな話がされたのか、聞いても誰も教えてくれなかった。
学校かえりに、時々、ひとりで、愛理姉さんの手紙を届けるために、ネコの家にいっていた僕は、帰国を伝えられずに、身の置き所がないまま、時間だけが過ぎていった。
気が付けば明日は帰国する日になってしまった。
【ネコに帰国の話をする勇気がない】
それでもネコの顔が見たくて、とうとう最終の電車に飛び乗って、ネコの家の前まで来てしまった。ネコの部屋は薄明かりがついている。
僕は鍵だけは返そう、そう鍵だけ、それで、ちょっと最後にネコの顔が見られたらそれでいい。目的は鍵を返すことなのだから、必要なことだ。と必死に言い訳をしながら玄関をそっと開けた。
ウッチャンズの部屋から入り、いつものようにネコの部屋を見た。
暗くてなにも見えない。いないのか?
忍び足で廊下に出て、リビングのドアを静かに開けようとして、ドアの取っ手に手をかけるとまったく動かない。
「うん?」と何度かガチャガチャと動かしていると、ドアが音もなく開き「ウテヤ」と声がした。驚いてドアの中を覗くと足元にネコが無表情のまま置物のようにヌッと座っていた。
「おお、おい、ネコ、驚かすなよ」
「人の家に泥棒みたいに忍び足で入って来る方が驚くけど」
「お前は本当のネコみたいだな、気配がしなかったぞ」
「お前は気配がしたぞ」ネコの疑いの冷たい視線を感じた。
こいつ勘だけは鋭いからな…。
【僕は取り繕うように】
「はあ、ああ、ネコには負けるよ。おっ流石にエプロンドレスは着てないな。パジャマか?」と言うと、突然ネコはいつものペースに戻り「うん、夜は食べないからね。洋服を汚さない」と得意そうに顎を突き出した。
「それが偉いの?」とあきれた声をあげた僕にはお構いなしに
「ウテヤ、夜中に遊びに来たの?」嬉しそうに聞いてきた。
「ああ、そんなところだ、真夜中に元気だな、眠くないの?」
「夜は人がいないから、好きな事が出来る」
「ネコは夜行性なの?」
「夜行性?そう言われてみればそうかもしれない、ウテも夜行性?」
「いや、いつもは寝ているよ。今日は特別」
「特別?特別ってなにかあるの?」とネコが疑わしそうに、僕を舐めるように見る。
僕は慌てた。
「いや、あ~そうね」鋭いネコの質問に言葉に詰まった。
「なにが特別?」とネコは追及してくる。
僕は口を滑らせてしまった事を後悔した。ネコが特別という言葉にこだわり出した。僕は急いで話題を変えた。
「寒いな」
「夜はストーブを消しちゃうからね」
「寒いのにネコは夜中に起きて何をしているの?」
「今日は本を読んでいた。大人が起きると面倒だから、私の部屋に行こう。本を見せてあげる」とネコは僕を部屋に引っ張って行き布団に座らせた。