5章―3
文字数 2,515文字
森の奥には山が連なっている。登山者もたまに見かけるが、ノレイン達『家族』は麓の丘で遊ぶことが多い。二人はその丘も越え、乾いた山道を登り始めた。
「(間に合わなくなるって言ってたが、何があるんだ?)」
前を行くメイラは、駆け足に近い早足だ。ノレインはぜぇぜぇと喘ぎながら、重い足取りで懸命について行く。その時何かが見えたのか、彼女は目を輝かせて振り向いた。
「ルイン、着いたわ!」
目の前が急に開ける。そこは平らな足場の崖で、先程越えてきた丘が眼下に見えた。そして目線を上げた瞬間、ノレインは息を詰まらせた。
オレンジ色の巨大な夕日が、じわじわと沈んでゆく。麓の森の奥に見える『家』とブロード湖。『家』の先に続く並木道。慣れ親しんだ場所は両腕で抱えられそうなほど小さく、全て見渡せた。
自分が暮らしたこの地は、こんなにも美しい場所だったのか。ノレインは、無意識のうちに涙を零していた。
「間に合ってよかったわ。この瞬間を見せたかったのよ」
メイラはカメラのシャッターを切る。彼女はカメラを下ろし、とびきりの笑顔を見せた。
「ここはあたしが知る限り、この世で一番美しい場所。みんなに教える前に、ルインと二人きりで見たかったんだから」
夕日と同じ眩しいオレンジ色の髪が輝く。ノレインは一気に緊張した。今しかない。覚悟を決め、ゆっくりと声を絞り出す。
「メイラ。君に伝えたいことがある」
語尾が震え、次の言葉が出てこない。彼女は急かすことなく黙って見守っている。ノレインは悔しげに俯いた。
やはり、想いを伝えようとすると体が固まってしまう。だが、今言わないと一生後悔するだろう。ノレインは走馬灯のように流れる
「私は……、メイラのことが好きだ」
メイラは黙ったままだが、そのオレンジ色の両目は次第に潤んでゆく。心に重くのしかかっていた不安はすっかり消え、ノレインはありのままの想いを吐き出した。
「私は君が来る前から、ヒビロと関係を持っていた。でも、君と出会って分かったんだ……これが、『人を好きになる気持ち』なんだ、って」
メイラの頬を、一筋の涙が伝う。
「私は、誰よりも強い君が好きだ。真剣に写真を撮る君が好きだ。いつでも元気をくれる君が、本当に大好きだ。……でも、この気持ちを伝えるのが怖くて、今まで言えなかった。こんな臆病な私を、許してくれ……!」
ノレインは懺悔するように泣き叫ぶ。だが、震える手が頬に添えられ、息が止まりかけた。
「ルイン。あたしも、あなたがずっと好きだったの。初めて会った時からずっとよ。でも、あなたの隣にはいつもヒビロがいた。ルインが好きなのはあたしじゃない、諦めた方がいい……って、思ったこともあったわ」
彼女は自身の目元を拭い、もう片方の手もノレインの頬に添える。
「でも、自分の気持ちに嘘はつけないし、もし振られてもあなたの力になりたかったの。大好きな人が悲しむ姿なんて、見たくないんだから」
ノレインは、[潜在能力]に関する悩みを思い出した。ユーリットからも指摘があったが、やはりメイラも、そのことを気にかけていたのか。
メイラは安堵したように表情を緩め、ぽろぽろと涙を零した。
「それにしても、あたしったらほんとうにどうかしてるわ。リベラの言う通り両想いだったのに、余計に心配しちゃった」
「い、いや、悪いのは私の方……」
「いいのよ! この際ぜーんぶあの『変態』のせいにしときましょ!」
メイラはノレインの両頬を掴んだまま豪快に笑う。涙に濡れた頬が夕日に輝き、ノレインもまた笑顔になった。
どんなに暗く沈んでいても、彼女が傍にいると目の前が輝いて見える。メイラの真っ直ぐな『愛』は、自分の心を照らす太陽なのかもしれない。
こちらの熱視線に気づいたのか、メイラはおもむろに顔を寄せ、ノレインの唇にそっとキスをした。ノレインは慌てふためき、崖から落下しそうになる。だがメイラは片腕で危なげなく自分を引き留め、明るく笑い飛ばした。
「ルインなら大丈夫よ。いつだって、あたしがついてるわ!」
――
その日の夜。ノレインは自室の机に噛りつき、ペンを走らせていた。
アビニア、ウェルダ、ソラ、そしてメイラから教わった[潜在能力]の体験談。崖の上から眺めた壮大な景色。メイラに対する正直な想いも、全てノートに書き綴る。一通り自白した後、ノレインは読み返しながら夕刻の騒動を振り返った。
夕日を見た後は全速力で『家』に戻ったおかげで、夕食に間に合った。決死の告白の余韻が残っていたが、『家族』とは気にせず会話出来ていたように思う。
ヒビロの視線は普段以上に気になったが、心の整理がついた今では、きっぱりと割り切れる。
「(関係を持っていたとしても……私にとって、ヒビロは『友達』だ)」
文章の末尾から三行下に水平線を引く。更に数行飛ばし、これまで得た成果を書き出した。『思い出』、『安らぎ』、『笑顔』、『希望』、そして『愛』。しかし、答えにはまだ辿り着いていない。
「(いや、まだ三日ある。メイラもユーリも、一緒に考えてくれるって言ってたじゃないか)」
以前のように、不安に押し潰される感覚はない。話を聞いて回るうちに分かったのだ。『家族』は皆、自分の味方である。嬉しい時は共に喜び、悲しい時は共に泣いてくれる。『家族』の存在を想うだけで、力が湧いてくる気がした。
諦めてはいけない。ノレインはその一文を力強く記し、ノートを閉じた。
スタンドライトを消すと、夜空の星がくっきりと見えた。ノレインはしばし窓の向こうを眺め、就寝準備を始める。
着替え中、重厚な金属のドアが視界に映る。この重々しいドアとメイラの姿が重なり、ノレインは安心感を覚えた。
「(私も、いつかああなりたいものだな)」
平凡な自分は、メイラのように強くはなれない。だがそれでも、大切な人々を守れるようになりたい。ささやかな願いを抱きながら、ノレインは床に着いた。
【卒業まで、あと三日】
She gave me true love
(それは、紛れもない本当の愛)
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