第5話

文字数 2,165文字

 5、

 歩くのも命がけ。
 大の男ですら完全武装しなければ、とても出歩く気になれないのが、このご時世。
 夕闇が濃くなり、危険度はより一層上昇しているのは云うまでもない。
 ビーストが徘徊し、悪漢どもが目を光らせている。
 命が幾つあっても足りない。
 が、
 その男は、散歩でも楽しんでいるのか、煙草を咥えながら、偶然、ここへたどり着いたといった感じに、気の抜けた面構えをしていた。
 全身黒一色。
 レザーのジャケット、ズボン、ブーツ。
 男はにやりと笑った。
 浮舟葉太郎、ここに登場。
 「お祭り騒ぎが聞こえたんで、来てみたんだが。お楽しみちゅうのところ、お邪魔だったかな?」
 葉太郎は、煙を吐きながら云った。
 が、黒外套の男は応えず、
 「何者だ」
 と云ったっきり、無言のまま葉太郎を見すえていた。
 同じ匂い。
 そういうものを感じ取ったのである。
 「訊く前に、名乗るのが礼儀じゃあないかい」
 それもそうかと思う。
 名前を訊かれたのは、ずいぶん久しいことであったがための無礼。
 葉太郎の飄々とした態度に、黒外套の男は自分でも知らずに微笑していた。
 「私は、自らのことをシックスと名乗っている」
 「製造番号六番ってところか」
 「詳しいようだな」
 「かじっている程度さ」
 ふたりの間合いは、約二間ほどに縮まっていた。
 「おれの名は、浮舟葉太郎。いくあてもない暇人さ」
 「なに、私も似たようなものだ。ふふ、変わったやつだ」
 シックスは外套を脱ぎ捨て、上半身裸になった。
 「本来、私は細身でね。だが、他人から生命力を吸収することで一時的にパワーアップできる」
 超能力者シックスは、物質を操る超能力の他、生命力吸収によって相手の生命を搾り取ることができ、心身疲労を回復させるのと、肉体増強を可能とした。
 巨漢磯田の生命を吸収し、その肉体はひとまわりも、ふたまわりも、巨大化している。
 最高のポテンシャルを得たいま、目の前の男を相手に、久しぶりに本気を出してみようかという気になっていた。
 これまでは、ただ己の心身を満たすため、云わば、食事のために、人間を屠ってきた。
 だが、こいつは違う。
 同格の実力を持つ敵として認めたのだ。
 「これがやめられなくてね。煙草といっしょさ」
 「で、図体がでかくなったからって、なんの意味があるんだい?」
 云いながら、葉太郎は踵で煙草をもみ消す。
 と、踵を離した途端、その煙草が地上から噴出するロケットみたく、葉太郎の瞳へ襲いかかったのだ。
 「おっと」
 片手で受け取るも、今度は、腰のベルトがするすると抜け、蛇にでもなったのか、葉太郎の腕へ巻きつき、強烈なちからで締めつけてくる。
 しかし、尚も葉太郎の顔色は変わらなかった。
 にやりと笑っている。
 「おいおい、ベルトがなきゃ、ズボンが脱げちまうよ」
 そう軽口すら叩くのだから、能力をつかう側としては、絶対の自信をもっているために、いささか拍子抜けしてしまうのである。
 サイキックが自在に操る超常現象的なパワーを前に、恐れなかった者はいない。
 磯田ですらそうだ。
 それがこの男、なにがそうも可笑しくてにやにやしているのか。
 ただの阿保なのか?
 薄気味悪くすらある。
 シックスは、葉太郎の心中を図りかねていた。
 幾筋もの青い線が、こめかみに稲妻模様を描くのと同時、双眸が爛々と輝き、周囲に転がるビルの残骸や、自動車を宙に浮かせた。
 その総量、およそ千トン。
 「無理はするなよ」
 「己の心配をするがいい!」
 シックスのかけ声とともに、宙に浮いた大小さまざまな瓦礫が身動きの取れない葉太郎へ向かって襲いかかる。
 危うし、浮舟葉太郎!
 瓦礫と瓦礫がぶつかりあう激しく鈍い音が周囲に響き、葉太郎の姿は隙間ひとつないであろう死の牢へと閉じ込められたのだった。
 必殺、死岩牢!
 超能力者シックスの心身を激減させるために、多くの生命を吸収したうえでしか使用できない。
 「呆気ない」
 死岩牢により、巨大化していたシックスの肉体は縮んだようであった。
 だが、相手を確実に葬ったのだから、安い代償である。
 たたかいも終わり、外套を手に取ろうとした。
 悪寒が走った。
 背後に目をやると、いつの間に!
 浮舟葉太郎が立っていたのだ。
 無傷である。
 シックスの表情から微笑が消えていた。
 視線は、手に握られた刀から葉太郎の面へ。
 顔つきが違う。
 双眸には得物を逃がすまいとする野生の光が宿っていた。
 不敵ににやりと笑う口もとだけは相も変わらずなのだから、この男、ますます不気味に思えてくる。
 「冷や汗かいたぜ」
 瓦礫が飛んでくるその瞬間、葉太郎は背中に隠していた仕込み刀を抜き取り、片腕を拘束するベルトを切断、瓦礫と瓦礫の合間を跳ねながら、地上に立つシックスの視界から消えるようにして上空へ飛び、その背後へと着地したのだ。
 その時間、ゼロコンマ数秒。
 超人的である。
 口で云いはしたが、実際、かなりの余力を残していた。
 「きさま、たたかう理由はなんだ?」
 シックスが訊いた。
 「何故、訊く。まさか、怖じ気づいたのかい」
 「嬉しいのだよ。この生、まだ意味があったと思える、とね」
 「あんた、ようやくいい表情になったぜ」
 シックスもまた、笑っていた。
 もはや温厚な紳士の微笑みではない。
 狂気に歪んだ笑みだった。
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