第4話

文字数 3,064文字

 4、

 バルカンとはローマ神話の火の神であり、そこから名づけられた六砲身の回転式連射砲は、一回の発射時間二秒以内に、百から二百発を射出する。
 戦闘機に搭載され、空中戦の主力武器となっていた。
 その重量、約百キロ。
 全長、約二千ミリ。
 人間の規格に合わせて製造されたものでないのは云うまでもない。
 が、
 そいつを軽々と持ちあげ、しかも、片方にはバズーカ砲、胴にはボディアーマーを着用したその男、磯田和馬は瓦礫の山を上り下りしながら、並の成人男性以上の速度で駆けていた。
 驚異的な身体能力をもつ磯田は、まさに人間版バルカンと呼ぶに相応しかろう。
 しかし、いまの磯田に神のような威厳に満ちた姿は見られない。
 大粒の汗を全身から流し、上空めがけバルカン砲をふり回している。
 「姿を見せろ!」
 駆けながら、執拗に追いかけてくる追跡者に向かって叫んだ。
 バルカン砲から轟く銃声にも劣らぬ地響きのような大声に、いままで身を縮みあがらせなかった者はいない。
 が、あざ笑うかのように追跡者は応答しない。
 無言の圧力をかけながら、磯田を見下ろしている。
 約三寸上空に浮かび、クラゲが泳ぐみたいにふわふわと上下に揺れながら、追跡してくるそれらは、地獄の底より進軍してくる悪魔、もとい、地下シェルターで襲撃してきた骸の軍団であった。
 やはり、主導権を奪ったように短機関銃がリードし、骸はといえば、それに運ばれているだけなのだ。
 しかも、あろうことに、それらは磯田の手下であった者である。
 例の如く、干からびた一本木のように黒々としていた。
 暴力によって支配していた手下たちから、まさかこのような形で仕返しされようとは思ってはいなかったであろう。
 息切れのためか、諦めのためか、とにかく、とうとう磯田の巨体が停止したのは、かつて大勢の人々で賑わっていた駅前広場であった。
 柱時計の秒針は、十三時六分を指したままだ。
 磯田は柱時計を背に、躰を固定した。
 「この恩知らずどもが!」
 発狂するバルカン砲。
 磯田の足もとが薬莢で賑わう。
 銃弾の嵐によって、宙を浮く骸やそれをリードする短機関銃は空中分解していく。
 手足、脳髄、目玉、粉々に混ざった五臓六腑が飛び散った。
 すると今度は、分解された短機関銃の部品や、弾倉に装填されていた銃弾だけが宙を漂い、高速で磯田に襲いかかっていくのだ。
 逃げられまいと悟った磯田は頭部だけをバズーカ砲で庇い、あとはされるままにした。
 ボディアーマーを着用しているとはいえ、生身の部分に隙がないとはいえない。
 そこを狙って撃ち込んできた幾弾かが、磯田のダメージとなる。
 「ぐぅ」
 鬼瓦と呼ばれた磯田である。
 致命傷でもない限り泣き言は漏らさない。
 そして、敵の攻撃手段がなくなると辺りがしんと沈黙した。
 「さっさと出てこねえか」
 磯田の警戒網は解かれないままだ。
 五十メートル先。
 敵の姿が見えた。
 黒の外套、黒いハット。
 夢遊病者にも似た双眸。
 夕暮れを背にした男の姿は闇に染まっているようであった。
 【死魔王】が血眼になって捜していた黒外套の男があちらからやってきたのだ。
 「死ねい!」
 二十メートルに接近したところで、バズーカ砲から百ミリ・ロケット弾が噴き出していた。
 直撃コースである。
 が、黒外套の男が手の平を眼前でひろげると、ロケット弾はぴたりと静止したのだ。
 すでに二発目が飛んできていた。
 男の目もとがぴくりと引きつり、こめかみに幾筋もの青い線が稲妻模様を描くと、その二発目も宙で静止させる。
 そして、反撃であった。
 宙に浮いた二発のロケット弾を、磯田へとお返しする。
 爆炎にその巨体が消えた。
 「…」
 息を荒くする黒外套の男は、先ほどよりもやつれていた。
 だが、男は焦らず、ゆっくりと懐にあるケースを取り出すと、そのなかに入っている錠剤を一粒、口へ放り込む。
 すると、見る見るうち生気に満ち、眼光に爛々とした輝きが取りもどされるのであった。
 が、その瞬間、破壊的な衝撃に襲われ、男は瓦礫に吹き飛ばされていた。
 ブーメランのように回転してきたバズーカ砲が、男に衝突したのだ。
 バズーカ砲は地面に転がると、ビースト自らの本能で四肢を露出させ、大筒の頭部を男の吹き飛んでいった方角へ向けながら、忠犬のように主が来るのを待っていた。
 燃え尽きたボディアーマーを脱ぎ捨て、黒こげとなった巨体を露わにした磯田は、ビーストのもとによっていくと、ふたたびバズーカ砲として手に装備した。
 愛用してきたバルカン砲が破損しているのをチラと見て、舌打ちを鳴らした。
 「たしか、この薬がお前たちの糧だったなあ。その気味の悪いちからをつかうたび、弱っていっているみてえだから、不便だよなあ」
 吹き飛ばされた際に男の手から落ちたケースを拾い、黄色く濁った歯を見せながら意地悪く笑うと、収納されている錠剤を地面にばらばら落とし、ゾウのような巨足で踏みにじっていく。
 錠剤はバリバリ鳴りながら、粉々になった。
 瓦礫のなかから立ちあがってきた黒外套の男は、埃を払いながら、その様子を夢遊病者にも似た双眸で、ただじぃと見ているだけであった。
 「なにが目的だ、喪服野郎」
 磯田は云いながら、警戒しつつ、射程圏内まで歩いていく。
 「品に欠けた言動だ。元軍関係者かな? きみたちはむかしからそうだ。我々を丁重に扱うことをしらない」
 「応えろよ」
 バズーカ砲を構えながら磯田は云った。
 「応えてもしかたあるまい」
 「ああ、そうだな。いまからくたばるやつに訊いてもしかたねえか!」
 引き金をひいた瞬間、爆炎に巻き込まれていたのは磯田であった。
 巻き込まれる直前に、磯田の目はカッと見開き、バズーカ砲が内部爆発したのを見たが、ときすでに遅しであったのだ。
 黒外套の男はやせ細っていた。
 ただ、眼光だけが爛々と妖しく輝いていた。
 地べたにたおれ、息も絶え絶えの磯田の脳裏をよぎったのは、かつて戦場でたたかった異能の者たちのことであった。
 いま、眼前に立つ男同様に、多くの兵士たちを屠った、その人間とは到底思えぬ超常現象的なパワーが、超能力であることを、一介の軍人にすぎなかった磯田は知らない。
 そして、戦場を震撼させたこの者たちこそ、超能力のつかいて超能力者であることを。
 「私は手足を触れることなく、物質を自在に操ることができる。対象の物量に応じて、私自身の心身を疲労させてしまうのだがね。ビーストを操るのもひと苦労なのだよ」
 きさまら人間は…そう、つぶやいたあと、
 「私の心身を満たすための家畜に過ぎないのだ!」
 男は五指を矛先のように尖らせ、磯田の胴を貫いた。
 男が五指を抜かずにそのままの状態でいると、次第に、体重二百キロの磯田の肉体が萎んでいくのである。
 「お、おお」
 男は快楽に唸った。
 磯田の体内から、男の体内へと血が流動でもしているというのだろうか、萎んでいく磯田とは対照的に、男は生気に満ちていく。 
 磯田の強靱な巨体は見る影もなく、干からびた一本木のような骸と化していった。
 恐るべき怪奇現象である。
 先の地下シェルターといい、磯田を追いかけ回した手下のなれの果てといい、すべては、この黒外套の男の仕業だったのだ。
 これこそが、超能力者のふるう恐るべきパワー、超能力であった。
 男は貫いたままの手を薙ぎ払い、干からびた磯田を真っ二つにした。
 「まるで、ドラキュラ伯爵じゃあないか」
 声。
 食事を終えた男は、夢遊病者にも似た双眸をそちらへ向けた。
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