第6話
文字数 2,873文字
6、
陽は完全に沈んでいた。
今宵は、三日月である。
どこかで断末魔が聞こえた気がした。
葉太郎の刀は、薄闇のなかでよく光っていた。
白熱色にきらめく刃渡り二尺あまりの白刃のまわりには、バチバチと小さな火花が飛び散っている。
「妙な刀だな」
「お気に入りでね」
浮舟葉太郎という男の口ぶりは、どうもひとを食った態度であるのだが、状況が状況だけに、なんだか清々しさすら感じられた。
その姿が、視線の先からシュッと姿を消したかと思えば、白い糸くずのような光とともに、突然、目の前から現れる。
上段から縦一線に走った白刃を、シックスは鼻先ひとつ前で避けてみせたが、はらりと落ちたハットが、切れ目の入ったツバの部分からボッと火が燃えるのには、目を見開いた。
距離を取ろうと、一足飛びに三間も後退したが、やはり、白い糸くずのような光が見えたのと同時、いきなり葉太郎が目の前に現れる。
間髪を容れず、滝登りのような下段斬り。
へそのあたりから、胸板までを朱の線が刻まれ、じわじわ噴き出すように鮮血の虹を描いた。
シックスは仰向けにたおれた。
「…」
葉太郎は、背中に隠してある鞘に刀を納めようとした。
と、どうしたのか、今度は、葉太郎が飛び退いたのであった。
「ふ、ふふ」
なんと、斬ったはずのシックスがぬぅと、なにごともなかったみたいに立ちあがったのである。
しかも、肉体に刻んだはずの朱の線は消えており無傷なのだ。
「驚いたね。あんた、ほんとうにドラキュラ伯爵なんじゃないの」
が、葉太郎ときたら、びっくり箱に驚かされたくらいの反応で、口もとは相変わらず、にやりとさせているのだ。
「ニンニクは大好物だよ」
シックスの肉体はまた一段と衰えていた。
葉太郎の手には、確かに斬った感触が残っている。
死の間際、シックスは己に対してその超能力を駆使していた。
つまり、体力を消耗させ、傷を癒したわけである。
「そうやって、いったいどれくらいの間、無駄に生きてきたんだい」
「きさまが終わらせてくれるんだろ」
言葉を交わした、転瞬!
葉太郎がまたシュッと姿を消したのだ。
シックスの双眸が妖しく爛々と輝く。
目の前に現れてからの、袈裟掛けが決まった…
かと思えたが、葉太郎が斬ったのは瓦礫であった。
「きさま、縮地のつかい手か」
シックスは瓦礫を操り、それを盾としていた。
「ほう、よくご存知で」
縮地。
瞬時に相手との間合いを詰める武術だ。
葉太郎はこの技を極めており、相手の目には消えたように見えるのである。
「そして、その刀。恐らく、電流がながれているのだろ。斬られたとき、ビリッと痺れたよ」
「お察しのとおりさ」
葉太郎がにやりと笑うと、白刃をまとう白熱色が、よりつよくバチバチと火花を散らせた。
その白熱色の正体こそ、電気のながれだと知るのは、斬られた本人だけであろう。
「ふむ、おかげで片手がどうもうまく動かない」
グー、パーを交互に繰り返すシックスの手の平の動きはぎこちなかった。
葉太郎の刀がまとう電流により、斬られるのと同時、神経組織のどこかが麻痺したのである。
「だが」
云い、シックスの双眸が妖しい光を帯びて爛々と輝いた。
躰が動こうと、動くまいと、手足を触れずに物質を操る超能力者シックスにとっては、まったく関係なかったのだ。
が、必殺の技、死岩牢すらも軽く躱したこの男にはなにを飛ばしても無駄のような気がしてしまう。
ならば!
足もとに散らばる石つぶてが、シックスの周囲をぐるぐる旋回しはじめた。
やがて、石つぶての竜巻がシックスを呑み込む。
そして、ふたたび姿を現したとき、石つぶての鎧を装備したシックスがいた。
「ほう、そんな手品もできるのかい」
「つよがりを云っていられるのもいまのうちだ!」
縮地。
そこにもはや浮舟葉太郎はいない。
背後からの袈裟掛け。
しかし、石つぶての鎧に斬撃は疎か、電流すらも通じない。
無防備になった葉太郎の胴に、背面蹴りが直撃した。
石つぶての塊がそのまま胴を殴りつけたようなものだ。
はじめて葉太郎の口もとが閉ざされると、シックスはこれを待っていたといわんばかりの猛攻に打って出た。
度重なる能力の使用により、次第、自らもミイラみたいな容貌へと変化しつつあったが、軽やかに打ち出される連打は、石つぶてで加工されたグローブによって、一撃、一撃に重たさがあった。
ガードはしているも、これに嫌気がさした葉太郎は縮地で一旦、距離を離すことにした。
が、移動したところで、いきなり猛然と飛んできた瓦礫に衝突してしまう。
意識を失いそうになった葉太郎は片膝をつき、ダウンした。
なぜ移動した行方がばれたのか?
よく見れば、地面にひろがる砂利が半径十メートルほど、蜘蛛の巣みたいな図面を張り巡らし、葉太郎はそこに足を踏み入れてしまったのだ。
これは一種のレーダーみたいなもので、踏み入れた者の居場所を、能力者であるシックスに知らせるわけである。
脳しんとうを起こしたらしい葉太郎は、なかなかダウンから復帰できずにいた。
「その肉体に巡る生命、頂戴する!」
磯田和馬を屠ったときと同じく、シックスは五指を矛先のように尖らせ、浮舟葉太郎の胴を貫こうとした。
だが、どうしたことだろうか。
まさに胴を貫こうとしたその手がピタリととまってしまったのである。
「なぜ」
そう云いたかったのかもしれないが、言葉を口にすることすらできない。
シックスの躰は発作でも起こしたみたいにがくがくと身震いしていた。
矛先と化した五指よりも速く、葉太郎の剣尖がシックスの胴を突いていた。
わかってはいることだが、石つぶての鎧を貫くことはできない。
ただ、突いただけである。
いよいよ気狂いしたのか、シックスは地面に転げまわりだした。
異様なうめきをあげながら、石つぶての鎧の内部から炎が溢れ出す。
炎の人柱を立て、やがて、灰となった。
シックスは敗れた。
堅牢に見えた石つぶての鎧であったが、所詮、継ぎ接ぎだらけで、葉太郎は石つぶてと、石つぶてのほんの数ミリの隙間を狙い、電流をながし込んだのだ。
さらに、葉太郎の意思ひとつで電圧調整が可能で、シックスの肉体は高圧電流によって発火したのだった。
葉太郎はシックスが羽織っていた黒い外套を拾い、それを灰の側に置く。
そのとき、一枚の写真がひらひら舞い、葉太郎の足もとに落ちた。
可憐な少女の笑顔と、やさしい父親の微笑みが映っていた。
葉太郎は懐から煙草を一本取りだし、火を点けると、灰に立ててやった。
「線香代わりさ。せめて天国では、人間の暮らしを送ってくれ」
その双眸に警戒心が走る。
オオォォォン!
獣たちの叫び声が闇夜に響いてくる。
赤く光る無数の瞳が、駅前広場を覆うようにして囲んでいたのである。
「やれやれ、まともに供養もしてやれないってんだから、嫌になっちゃうね」
葉太郎の口もとがにやりと笑った。
おわり
陽は完全に沈んでいた。
今宵は、三日月である。
どこかで断末魔が聞こえた気がした。
葉太郎の刀は、薄闇のなかでよく光っていた。
白熱色にきらめく刃渡り二尺あまりの白刃のまわりには、バチバチと小さな火花が飛び散っている。
「妙な刀だな」
「お気に入りでね」
浮舟葉太郎という男の口ぶりは、どうもひとを食った態度であるのだが、状況が状況だけに、なんだか清々しさすら感じられた。
その姿が、視線の先からシュッと姿を消したかと思えば、白い糸くずのような光とともに、突然、目の前から現れる。
上段から縦一線に走った白刃を、シックスは鼻先ひとつ前で避けてみせたが、はらりと落ちたハットが、切れ目の入ったツバの部分からボッと火が燃えるのには、目を見開いた。
距離を取ろうと、一足飛びに三間も後退したが、やはり、白い糸くずのような光が見えたのと同時、いきなり葉太郎が目の前に現れる。
間髪を容れず、滝登りのような下段斬り。
へそのあたりから、胸板までを朱の線が刻まれ、じわじわ噴き出すように鮮血の虹を描いた。
シックスは仰向けにたおれた。
「…」
葉太郎は、背中に隠してある鞘に刀を納めようとした。
と、どうしたのか、今度は、葉太郎が飛び退いたのであった。
「ふ、ふふ」
なんと、斬ったはずのシックスがぬぅと、なにごともなかったみたいに立ちあがったのである。
しかも、肉体に刻んだはずの朱の線は消えており無傷なのだ。
「驚いたね。あんた、ほんとうにドラキュラ伯爵なんじゃないの」
が、葉太郎ときたら、びっくり箱に驚かされたくらいの反応で、口もとは相変わらず、にやりとさせているのだ。
「ニンニクは大好物だよ」
シックスの肉体はまた一段と衰えていた。
葉太郎の手には、確かに斬った感触が残っている。
死の間際、シックスは己に対してその超能力を駆使していた。
つまり、体力を消耗させ、傷を癒したわけである。
「そうやって、いったいどれくらいの間、無駄に生きてきたんだい」
「きさまが終わらせてくれるんだろ」
言葉を交わした、転瞬!
葉太郎がまたシュッと姿を消したのだ。
シックスの双眸が妖しく爛々と輝く。
目の前に現れてからの、袈裟掛けが決まった…
かと思えたが、葉太郎が斬ったのは瓦礫であった。
「きさま、縮地のつかい手か」
シックスは瓦礫を操り、それを盾としていた。
「ほう、よくご存知で」
縮地。
瞬時に相手との間合いを詰める武術だ。
葉太郎はこの技を極めており、相手の目には消えたように見えるのである。
「そして、その刀。恐らく、電流がながれているのだろ。斬られたとき、ビリッと痺れたよ」
「お察しのとおりさ」
葉太郎がにやりと笑うと、白刃をまとう白熱色が、よりつよくバチバチと火花を散らせた。
その白熱色の正体こそ、電気のながれだと知るのは、斬られた本人だけであろう。
「ふむ、おかげで片手がどうもうまく動かない」
グー、パーを交互に繰り返すシックスの手の平の動きはぎこちなかった。
葉太郎の刀がまとう電流により、斬られるのと同時、神経組織のどこかが麻痺したのである。
「だが」
云い、シックスの双眸が妖しい光を帯びて爛々と輝いた。
躰が動こうと、動くまいと、手足を触れずに物質を操る超能力者シックスにとっては、まったく関係なかったのだ。
が、必殺の技、死岩牢すらも軽く躱したこの男にはなにを飛ばしても無駄のような気がしてしまう。
ならば!
足もとに散らばる石つぶてが、シックスの周囲をぐるぐる旋回しはじめた。
やがて、石つぶての竜巻がシックスを呑み込む。
そして、ふたたび姿を現したとき、石つぶての鎧を装備したシックスがいた。
「ほう、そんな手品もできるのかい」
「つよがりを云っていられるのもいまのうちだ!」
縮地。
そこにもはや浮舟葉太郎はいない。
背後からの袈裟掛け。
しかし、石つぶての鎧に斬撃は疎か、電流すらも通じない。
無防備になった葉太郎の胴に、背面蹴りが直撃した。
石つぶての塊がそのまま胴を殴りつけたようなものだ。
はじめて葉太郎の口もとが閉ざされると、シックスはこれを待っていたといわんばかりの猛攻に打って出た。
度重なる能力の使用により、次第、自らもミイラみたいな容貌へと変化しつつあったが、軽やかに打ち出される連打は、石つぶてで加工されたグローブによって、一撃、一撃に重たさがあった。
ガードはしているも、これに嫌気がさした葉太郎は縮地で一旦、距離を離すことにした。
が、移動したところで、いきなり猛然と飛んできた瓦礫に衝突してしまう。
意識を失いそうになった葉太郎は片膝をつき、ダウンした。
なぜ移動した行方がばれたのか?
よく見れば、地面にひろがる砂利が半径十メートルほど、蜘蛛の巣みたいな図面を張り巡らし、葉太郎はそこに足を踏み入れてしまったのだ。
これは一種のレーダーみたいなもので、踏み入れた者の居場所を、能力者であるシックスに知らせるわけである。
脳しんとうを起こしたらしい葉太郎は、なかなかダウンから復帰できずにいた。
「その肉体に巡る生命、頂戴する!」
磯田和馬を屠ったときと同じく、シックスは五指を矛先のように尖らせ、浮舟葉太郎の胴を貫こうとした。
だが、どうしたことだろうか。
まさに胴を貫こうとしたその手がピタリととまってしまったのである。
「なぜ」
そう云いたかったのかもしれないが、言葉を口にすることすらできない。
シックスの躰は発作でも起こしたみたいにがくがくと身震いしていた。
矛先と化した五指よりも速く、葉太郎の剣尖がシックスの胴を突いていた。
わかってはいることだが、石つぶての鎧を貫くことはできない。
ただ、突いただけである。
いよいよ気狂いしたのか、シックスは地面に転げまわりだした。
異様なうめきをあげながら、石つぶての鎧の内部から炎が溢れ出す。
炎の人柱を立て、やがて、灰となった。
シックスは敗れた。
堅牢に見えた石つぶての鎧であったが、所詮、継ぎ接ぎだらけで、葉太郎は石つぶてと、石つぶてのほんの数ミリの隙間を狙い、電流をながし込んだのだ。
さらに、葉太郎の意思ひとつで電圧調整が可能で、シックスの肉体は高圧電流によって発火したのだった。
葉太郎はシックスが羽織っていた黒い外套を拾い、それを灰の側に置く。
そのとき、一枚の写真がひらひら舞い、葉太郎の足もとに落ちた。
可憐な少女の笑顔と、やさしい父親の微笑みが映っていた。
葉太郎は懐から煙草を一本取りだし、火を点けると、灰に立ててやった。
「線香代わりさ。せめて天国では、人間の暮らしを送ってくれ」
その双眸に警戒心が走る。
オオォォォン!
獣たちの叫び声が闇夜に響いてくる。
赤く光る無数の瞳が、駅前広場を覆うようにして囲んでいたのである。
「やれやれ、まともに供養もしてやれないってんだから、嫌になっちゃうね」
葉太郎の口もとがにやりと笑った。
おわり